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#61 最期の時

 目を開くと、煌々とした光が差し込んでくる。


 意識が朦朧として、なかなか覚醒しない。この感じは多分麻酔が効いているのだろう。身体が上手く動かせない。口にはでかいマスクのようなものがついていた。


 ここは病院か


 周りから計器類の断続的な音が聞こえてくる。どうやらまだ死んでいないようだ。

 急に視界の光が遮られる。誰かが俺をのぞき込んでいるシルエットだった。


 妹だ。ほろほろと涙をこぼしている。また泣かせてしまったのか。ずっと昔にもこんなことあったな。幼稚園の頃だっけか。うーん、これ以上思い出せない。


 何か弁解しようにも上手く喋れない。

 取り合えずうーうー唸ってみる。

 俺が唸るので、妹が顔を近づけて俺の言ってることを聞き取ろうとする。


「大丈夫だから」


 やっとこれだけ言えた。まったく説得力がないことを除けば上出来だ。

 妹の後ろからお袋も顔も見える。心配ばかり掛けたみたいで申し訳ない気持ちになる。


 ……しんどい。


 もう一度を唸って妹を近くに呼び寄せる。


「ホウカはいるか? 青い髪の女」


 妹は視線を落として、しばらく何も言わなかったが、やがて小さく頷く。


「ここに呼んでくれ」


 俺の言葉に応えて妹が黙ったままその場を離れていく。

 少しでも気を抜くと、意識が拡散していく。

 これは長くはもちそうにない。


 ホウカが現れた。学校の制服姿のままだった。神妙な顔でこちらを見ている。


「よう。文化際をほっぽり出していいのかよ?」


「問題ありません」


「ステージはどうなった?」


「無事終わりました。今頃、軽音部の方々は打ち上げをしていることでしょう。あなたが来るのを待っています」


 その言い方だと、俺の言ったことを守ってくれたようだな。スイコはこの事を知らない。

 そうか。無事に終わったか。良かった。


 左腕に意識集中させる。

 うーん、持ち上がらん。仕方なく指を少し動かす。


「ほら、握手だ。ステージ成功を祝ってさ。腕が上がらないからお前が握れ」


「お前ではありません。わたくしに命令しないで下さい」


 と言いつつホウカは俺の左手とベッドの間に手を差し入れる。

 手が冷たいな、おい。


「前に言ったこと覚えてるか。十二月八日だ」


「新規上場株のことでしょうか?」


「いつか、合宿でお前は不要とか言っていたが、金は必要だ」


「…………」


「スイコの傍に俺はいない方がいい。転校でもしたことにしといてくれ」


 さすがに無茶か。

 でも、そう思ったら気が楽になってきた。ホウカに任せればきっと大丈夫だ。


「いたたたぁ……」


 ホウカの手に力がこもる。

 こいつ! 俺の手を握りつぶすつもりか。


「ふざけないで下さい。格好つけてるつもりですか? 許しません」


「容赦ないな、お前。少しはいたわれよ」


「わたくしはあなたを手放す気はありません」


 どっかで聞いた様な台詞吐きやがって。

 ふぅ。疲れた。


「どこへもいかないで下さい」


 俺が急に黙ったせいか、ホウカは顔を曇らせる。


「……俺は弱い奴だったんだ。嫌な仕事から逃げるために麻薬に手を出して、そして逃げられなくなった。スイコの歌だけでこれまで生かされていた気がする」


 ホウカの手を握り返す。まるで力が入らなかった。


「スイコのことを助けてやってくれ。あいつが手の届かないような存在になっても、お前なら」


 最後の気力を振り絞る。


「お前もいつかは親父さんの前で堂々とした自分を誇れるといいな」


 まぶたが自然と降り、意識が混濁していく。

 ホウカが何か言っているが、もう聞き取れない。


 スイコはこれからどうなっていくのだろうか。彼女の成長を見守りたかった。ヘックにいた時とはまた違う彼女になるのだろう。




 願わくは、スイコが健やかに生きていけますように。

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