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#60 知らない答えを知った

 軽音部のステージが始まろうとしている。


 体育館では一日を通して演目が続いていて、現在は演劇部のハムレットが大詰めを迎えている。壇上のみにスポットライトが当てられるので館内は暗い。


 俺は軽音部のステージをどこで見るべきか。少し考えて、普通に観客席から見ることにした。

 以前、スイコに告白した俺は多分観客席からステージを見ていたはずだ。結局スイコは俺がどんな告白をしたのか教えてくれなかった。観客席から見ていれば何か思い出すかもしれない。


 演劇部の劇が終わり、壇上の幕が閉じられる。

 幕間は五分。

 用意されたパイプ椅子はほぼすべて人で埋まっていた。うちの生徒や外部からの来客、大人から子どもまでいっぱいだ。仕方ないので椅子の後ろで立って見ることにする。


 コトコが戻ってきて、イケメンも加わった新生……えっと、軽音部ってバンド名とかあったっけ? まあ何でもいいや。とにかく新しい軽音部としての初お披露目だ。


 持ち時間は三十分で、演奏するのは四曲。三曲はコピーで一曲がオリジナル。


 昨日だったか、最近の軽音部の評判をそれとなくホウカに聞いてみた。某男子いわく、「ステージのためなら何でもするのか」。某女子いわく、「怖い人がいっぱいいて怖い」。某ハゲ教師いわく、「問題ばかり起こす奴らだ」。某坊主いわく、「あのクソガキ、俺にバット飛ばしやがっていつか○○す」。


 ロクなもんじゃなかった。軽音部って評判悪かったんだな。先輩方は大人しくていい人たちなのに。きっとコトコ辺りのせいだな。先生に逆らって金髪とかにしてるし、万引きはするし。


「電話出ろよ」


 息を切らした妹がいつの間にか隣に立っていた。何となく殺気立ってるな。携帯を確認すると妹からの着信が二十件くらいあった。


「よう。友達と文化際を楽しんできたか?」


「別に。さっきの青い髪の奴は何なの」


「ああ、あれ。あれは軽音部の特別顧問だ」


「生徒会長でしょ」


 知っているなら聞くな。


「あの人が彼女なの?」


「おっ、嫉妬しているのか? 心配しなくても妹の座は揺るがないから安心しろ」


 妹の頭をくしゃくしゃと撫でると、うっとうしいとばかりに払いのけられる。


「ここで何してるの」


 ホウカの話はもういいのかよ。


「これから軽音部のライブが始まる。せっかくだから見ていけよ」


 二人して舞台に目を向けると、ちょうど幕が開いていく。


「あっ……」


 壇上はバタバタしていた。先輩二人とイケメンはすでに演奏できる体勢だったが、スイコとコトコが居ない。壇上の三人が舞台袖を不安そうに見ていた。


 と、思ったら慌しく二人が出てきた。


 スイコはペットボトルを片手にコトコに頭をはたかれながら登場する。ステージに現れたスイコが悠長に水を飲みだして、コトコが「後にしろバカ」と再びスイコの頭を叩く。


 観客から失笑が漏れる。


「なにあれ」


 妹が呆れた様子でつぶやいた。


「あーあー、こんにちは。軽音部です」


 スイコが真ん中で喋っている。てっきりその役はコトコがやると思っていた。


 それにしてもあの格好は何だ。いつかダブルデートの時に見たやる気のない白無地ティシャツにハーフパンツ。家でくつろ時のぐ格好じゃないか。あれがスイコの中でイカした格好なのか? 誰か止めろよ。


 それに対してコトコの格好はライダーズジャケットみたいな黒革のつなぎだった。ちなみにイケメンは相良女史リスペクトな格好をしていた。統一感とかまるでないな。


「それじゃあ始めまーす」


 何とも気の抜ける挨拶だ。


 軽音部員の紹介とか、聴衆を引き込むような軽快なトークとかないのかよ。まあ、まるで緊張してないみたいで良かったけど。というか屋上で会った時は緊張してなかったか、スイコの奴?


 サモハン先輩のカウントで演奏が始まった。体育館中にギターの音が響き渡る。

 スローテンポな曲だった。ギターが三人もいるのでコピーする曲もそういう編成でやってる洋楽を選んだらしい。

 英語で歌ってるよ。残念ながら歌ってるのはコトコだけど。何回も聞いてるけど上手いものだ。女にしては低い声だけど、それがかえって良かった。

 しかしこの古い曲を知ってる人がいるのだろうか。俺も知らなかったし、これじゃあ親世代向けだろう。案の定、妹は無表情でステージを見つめている。


 一曲目が終わり、インターバルなしで次の曲に入る。

 次はなんとイケメンがボーカルをやった。正直上手くない。前曲でコトコが見せ付けたからかもしれないけど、覇気がない。初めてのライブであがっているのかもな。相良女子に怒られるぞ。


 三曲目はまたコトコがボーカル。今度は若い世代でも知っている比較的最近の邦楽だった。

 スイコはこの三曲で主旋律を弾いていた。いつか部活見学で見た彼女とはまったく違う。少なくとも弾くことに関しては人前でも物怖じしていない。


 むしろ楽しそうだ。ノビノビと演奏している。

 三曲目が終わると、次の曲にいかずにスイコがマイクに近づく。

 壇上が静かになり、観客のざわつく声が耳に入る。


「皆さん、こんにちは」


 スイコが演奏前よりも高揚したように弾んだ声をあげる。


「私たちは現在五人で活動してますが、一年前は今ここにいるドラムとベースの先輩と私の三人だけでした」


 スイコが部長とサモハン先輩に目を向けると、彼らが自己紹介とばかりに軽く音を出す。


「一年前の演奏を覚えてる人がいるか分からないですが、私は未だに自分の失敗を覚えています」


 去年の文化際ステージのことか。俺はまったくと言っていいほど覚えていない。映像が残っていたら良かったのにな。


「それから二年になって池君が加入しました。初心者でしたが、私にとって脅威のライバルです」


 スイコの合図でイケメンがギターをかき鳴らす。と、同時に観客席から黄色い声援が飛ぶ。

 何モテだしてんだよ、あいつ。


「そして、私にギターを教えてくれたひーちゃんが戻って来ました」


 スイコはギターを弾かずに聴衆へ頭を下げる。


「最後の曲はひーちゃんが作った曲です。その曲に私が勝手に歌詞をつけました。聞いて下さい!」


 スイコのギターソロから曲が始まる。




 そして、それを聞いて俺は思い出した。この曲を聞いたことがある。それもこの場で。つまり俺が高校一年の時、つまり遥か十年以上前に聞いた曲だ。




 スイコが歌い出す。まるで進歩のない棒読みの歌い方だ。

 歌詞の先の方まで思い出す。当時は分からなかったが、今なら分かる。これはスイコがコトコに宛てた歌だ。

 コトコが曲だけ残して軽音部を去った後に、スイコが歌詞を付けたのだろう。


 もちろん直接的な表現はしていないけど、軽音部に戻ってきて私のそばにいて欲しいという願いが、その歌詞から読み取れた。


 自分の心臓の鼓動が高まってくるのを感じる。

 未だに俺はスイコに何と告白したのか正確に思い出せない。しかし何となく分かった。当時の俺はこの歌詞に著しい共感を覚え、彼女に告白まがいの感動を伝えたんだ。

 大切な者を失う悲しみを俺は知っている。それは妹も同じで、お袋も同じだ。


 それほどスイコの歌詞には真に迫ったものがあり、切実なものだったのだ。

 胸の辺りから何かが込み上がってくるのを感じる。


「ッ!」


 それは唐突に起こった。


「お前が悪いんだからな」


 俺の耳元で囁く怨嗟の響きには聞き覚えがあった。確か、佐藤?

 後ろにあった声主の気配はすぐに消える。それと、同時に背中に刺すような痛みが広がる。

 左手で確認すると、あった。かなり大きい刃物らしき物が俺の背中にマジで刺さっている。

 目だけで隣を確認する。妹はこちらに気付いていない。ステージを食い入るように見つめている。悟られないように、ゆっくりと一歩ずつ俺は後ろに下がる。


 体育館は暗幕に覆われていて暗いので、誰にも気付かれずに済む。今この場でステージをぶち壊したくない。


 痛みが先鋭化していく。ナイフが肺まで達しているのか、呼吸も覚束ない。


 体育館の外に出る。幸いなことに周囲に人はいなかった。

 もっと人が居ないとことに移動したいが、身体が思うように動かない。


 立っていられなくなり膝をつく。目の端にこちらにやってくる人影が映る。


 あいつは。どこにでも現れる奴だな。

 背中を見せないように体勢を変える。


「こんなところで何をしているのでしょうか。もうステージは始まっているは――」


 ホウカは言葉を切って俺に駆け寄ってくる。


「騒がxいでxれ。まxxテxジがx終xってない」


 駄目だ。まともに喋れない。


 俺の背中に回り込んだホウカは素早く携帯でどこかに連絡している。俺はホウカの手首をつかむ。


「スxコxにx黙っxいてxれ」


 俺は力尽きるとその場に身体を伏し、意識を失った。

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