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#6 スイコストーキング2

「あーーー、うん」


 端的に言うなら、


「下手だな。縦笛しか吹き鳴らしたことのない私でも分かる。あれはただのお荷物だ」


 阿法がばっさりと切って捨てた。スイコに聞こえたらどうすんだよ。

 ここは軽音部の部室。俺らはあてがわれた椅子に掛けて彼らの演奏に耳を傾けていた。

 俺がさっきの授業のように窓から覗こうとしたら、


「そんなことする必要もあるまい。見学希望と言って堂々としていればいい」


 と阿法は俺の制止も聞かずに、ズカズカと部室に入っていく。


 軽音部は全部で四人。さっき部長らしき三年の人から紹介があった。本来四人いたが、一人は辞めたらしい。ベース兼ボーカルが一人、ドラムが一人。それからスイコがギター。女子はスイコのみで他二人は男。二人とも三年生。


 うーん。なんか演奏がぎこちない。というか、もしかして緊張してる?

 だから嫌だったんだよ。俺らがいない方が素の演奏が見られて良かったのに。

 俺は阿法に肘打ちするが、奴はまったく居に介していないようで、演奏する三人を注視している。


 俺は改めて三人の演奏を聴く。

 阿法がはっきりと言ってしまったが、正直なところ俺も同じ感想をもった。

 俺も音楽は聞くだけので、楽器がどうこうとか詳しくは良く分からない。でもベースやドラムなどがしっかり下支えをしているのに、ギターが全くそれに応えていない。


 スイコのインタビューを聞いたことがあるけど、ギターは高校から始めたと言っていた。ということはもう始めて一年になるはず。一年だとこんなものなのか?

 演奏が終わる。俺らの感想が伝わったのか、それとも自覚しているのか、三人ともなんとなく居心地悪そうな顔をしていた。


「ど、どうかな。そんなに上手くはないんだけどさ。毎日ここで頑張ってるよ」


 ギターをぶら下げたままスイコが俺らの元までやって来る。


「うむ。はっきり言わせてもらぐふぁ!」


 俺はさっきの三倍の勢い(当社比)で阿法のわき腹に肘打ちした。


「いやぁ、大変興味深く拝見させていただきました。当方音楽には不慣れでございまして、演奏の巧拙に関して口を挟むべき立場ではありませんので、ただただ感銘を受けた次第でございます」


「え、あ、うん」


 立て板に水のごとくまくし立てる俺に、スイコは若干引いたようだった。


「君、一体何の真似だ」


 わき腹を押さえた阿法が涙を浮かべて抗議する。俺は阿法の首根っこをつかまえて引き寄せた。


「阿法君は少々黙っていような。余計なこと言ったら仕上げるよ?」


 会社の隠語なんぞ分かるはずもなかったが、何となく雰囲気が伝わったのか阿法は口をつぐむ。

「そ、それで二人は軽音に興味あるの?」


 俺らのやり取りが終わるのを待ってスイコが聞く。


「はい。とても興味があります」


 嘘ではない。


 スイコを真正面から見る。なかなか可愛い。シャープさのない丸みを帯びた顔立ちは、メジャーデビューしてからの尖った印象とはかなり違う。ツインテールを後ろで捻ってまとめたような髪型もその雰囲気に合っている。とてもジャカジャカとエレキギターをかき鳴らす子には見えなかった。そのミスマッチもまた良し。


「君は何か楽器やってたの?」


 横から三年の先輩が聞いてくる。ベース兼ボーカルの人だ。歌が上手かった。


「全くやったことありません。飲み会の余興で素股ギターをやらされたことはあります」


「え? 飲み会、素股ギター?」


 真面目そうな先輩は俺の台詞に少し引いた。


「あ、いや、嘘です冗談です」


「どうして軽音に興味もったの?」


 小太りのドラムの人もいつの間にか俺の隣にいた。ありがちな新人への質問攻め。新人じゃないけど。


「先輩はどうしてドラムに興味をもったんですか?」


「俺か。俺はジョン・ボーナムに憧れてさ」


 小太り先輩は照れくさそうに頭をかく。

 誰だろう。有名なドラマーの人かな。後で調べるか。


「自分はヘックが好きなんです」


「へー、いいよねヘック。俺もよく聴くよ」


 小太り先輩は嬉しそうにノッてくる。


「どんなバンドですか?」


 スイコが小太り先輩に聞く。


 知らんのかい!!! お前が入るバンドだよ!!


 うん、でも、まぁ、音楽に興味のない学生ならこんなものなのか。軽音部員が知らないのはどうかと思うけど。


 最初に会ったときにも思ったけど、この先輩方は自分が思い描いていた軽音部員とは違って、大人しく控えめな人たちだった。少なくともパンクでロックで演奏中に楽器を叩き割ったり、聴衆と喧嘩を始めるたぐいの人種ではない。


 俺たちはしばらく軽音部員と他愛もない世間話をしてその場を辞した。スイコは喋れば喋るほど普通の女子高生で、新しい部員になるかもしれない俺たちのことを色々と聞いてきた。


「おためごかしは彼らにとって良くないよ、君」


 並んで歩いていた阿法がわき腹をさすりながら批判する。


「うるせえ。何でもかんでもストレートに言えば良いと思うなよ。たまにはカーブやスライダーも使えよ」


「君がやっているのは敬遠だよ。キャッチャーには何も良いことがない。ストライクゾーンに放りたまえ」


 高校生に言い負かされました。自分も一応は高校生だけど。


「いきなり演奏してくれ、とか言われたら相手も緊張するだろ。多分あれは普段の実力の半分も出てないぞ」


 悔しかったので話をすり替える。


「人の前で演奏するのが彼らのやることだろう。それが緊張で実力が出せないのでは話にならない」

「はい」


 はい。


「それで、これからどうするつもりかね。伊庭スイコについては十分知れたと思うが」


「いや、まだ足りない。もう少し続ける」


 むしろここからが本番だ。



 翌朝の職員室。ハゲ教師は俺を見るなり嫌な顔をした。


「お前はなぜ授業に出ないんだ」


 この一言で朝っぱらから俺の気分は害された。

 昨日も授業をサボったことで、散々親に説教されたことを蒸し返されたからだ。担任か誰かが、親に密告したらしい。何でいい歳こいて二日連続で親に説教されにゃならんのだ。


 なんか段々ムカついてきたぞ。もうこいつはハゲ教師からハゲに降格だ。

 ハゲは相変わらずスポーツ新聞片手に競馬欄のチェックに勤しんでいた。仕事しろよ、こいつ。


「先生、お借りした金を返しにきました」


 俺は先生に二千円を渡す。


「何だこれは。俺が貸したのは千円だ」


「はい。実は教えて欲しいことがありまして。B組の伊庭さんの住所が知りたくてですね」


「つまり、これは賄賂か?」


 ハゲは悪い顔をして、札をヒラヒラさせる。


「はい。受け取っていただけますでしょうか」


「馬鹿かお前は」


 札を投げつけられる。


「今月に施行された個人情報保護法は知ってるな。正当な理由なくして個人の情報を渡すわけにはいかん」


「伊庭さんが好きなんですが」


 ハゲは俺の発言を聞くなり爆笑する。朝のホームルーム前の職員室。教師がたちが何事かとこっちに注目する。


「そうかそうか。ならば伊庭に直接聞くのが一番だな」


 ハゲは俺の肩をバンバン叩いて高笑いする。

 やっぱ駄目だ。まあいいか。


「そうですね。その通りです。では」


 頭を下げて、教室に戻ろうとして思い出す。


「先生、それ」


 ハゲが新聞にグリグリとチェックしていた春の天皇賞の予想馬。


「リンカーンはきませんよ。馬単10-17が買いです」


「10? スズカマンボなんて駄馬がくるわけないだろ」


「騙されたと思ってこの千円で買って下さい」


 俺の記憶では13、14番人気がワンツーフィニッシュした世紀の大荒れレースだ。


「当たったら何かおごってくださいね。では」


 教室に戻る。昨日あれだけ怒られたので、今日は大人しく授業を受ける。阿法は相変わらずいなかった。あいつは学校に何しに来てるんだよ。


 授業の間、俺はこれからの計画を立てた。

 阿法が三時間目から姿を見せたが、あいつ、教壇の真正面なのに堂々と寝てやがる。俺も眠いので少し寝た。自由に寝られるって素晴らしいことだな。


「おい」


 誰かに頭を小突かれて起こされた。

 顔を上げると見覚えのある顔が三つある。時計を確認するといつの間にか昼休みだった。


「俺らの昼飯買ってこいや」


「山田。悪いんだけど眠いからもう少し眠らせてくれないかな」


 すかさず胸倉をつかまれる。


「俺たちに餓死しろってのか、おおっ?」


「ごめんよ、斉藤」


「誰だよ、斉藤って」


 俺は再び校舎裏に連れていかれてボコボコにされた。金はロッカーに隠したので取られなかったが、どうやらそれがかなりお気に召さなかったらしく、おとといよりも執拗に痛めつけられた。

 推測するに俺はいつもこの三人の昼ご飯を買ってきていたらしい。しかも俺の金で。酷いと思わないかい?


 さすがに身体がしんどかったので、保健室で休んだ。午後の授業はブッチしてしまったが、まぁ午前中は出たから許してよ、お袋。

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