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#59 スイコの告白

「あ、さっきの変な人」


 振り向いた妹は思わず口走って、俺の後ろに隠れる。

 声の主はホウカだった。さっき校庭で見た時は取り巻きが多かったけど、今は一人だ。


「よう。生徒会長様がこんなところで何してんだよ。暇なのか?」


「時間が空いたので軽音部の様子を見に行くところです。あなたは女児を誘拐しようとしているのですか?」


 ホウカが妹を見据えて冷たく言う。


「失礼なことを言うな、こら。何でわざわざ文化際で誘拐なんぞしないといけないんだよ。ステージが中止になるだろうが」


「それはつまり、ステージがなければ誘拐するということですか」


 こいつは、意味のない揚げ足取りしやがって。


「うぉ!」


 急にシャツの裾が後ろから引っ張られ、俺と妹の位置が交換される。


「あんたでしょ。兄を変な道に引き込んだのは」


 おおぉぉ! 妹が俺を兄と呼んだぞ。ついに俺は兄として認められ、長兄としての威厳を確立したわけか。

 うーん、感動だ。


「何ですか、あなたは。この男は元々変な男です。むしろこの男のせいで私が変な道に引き込まれたくらいです」


 おい。自分から引き込まれたんだろうが。


「兄は元々根暗で社交性のない自分の殻にこもった社会不適合者なんだ。誰かに殴られて入院したり、勝手に東京行ったりなんかしない。あんたがそそのかしたんだ」


 ただの悪口か?


「社会不適合者なのは合っています。しかしこの男は私の言うことなどまるで聞きません」


 合ってません。それに少しは言うこと聞いてるだろうが。


「あんたと今の兄は同じニオイがする。あやしい」


 犬かな?


「失礼です。この不燃ゴミと同じ臭いがするとは聞き捨てなりません」


 失礼なのはおめーだよ。


「同じだ」


 不燃ゴミを否定しろよ。


「ほうか様!」


 ホウカの犬である夏目が、何やら人をぞろぞろと引き連れて現れた。


「この女児がうっとうしいので、ご学友に引き取っていただけますか」


「はっ!」


 ホウカの指示に応えた夏目は妹の友達を素早く説得し、妹はどこかへと連れられて行った。


「待て! 話は終わってない! 青い髪、許さない!」


 両腕をがっちりと固められた妹の遠吠えが校舎に響き渡っていく。


「夏目。元の仕事に戻りなさい。進行の遅延は許されません」


 夏目は軽く会釈して、去っていく。去り際に俺を一瞥したが、特に何も言わなかった。


「あなたの妹は年長者に対する躾がなっていないようですね」


「随分と都合よく夏目と妹の友達が来たな」


「わたくしを誰だと思っているのですか? あなたのことなど知り尽くしています」


 こっわ! ストーカーですかね、こいつは。じゃあ試しに。


「俺が一日何回ナニするか知ってるか?」


「………………」


 ホウカは微動だにしなかった。家畜に向けるような冷たい目をしていた。


「そ、それより野球部が荒れているらしいな。今日は大丈夫なのか?」


「校外での話です。校内では何も起こさせません」


 随分な自信だな、おい。


「軽音部のステージで何かあるかもな。俺らは相当恨み買ってるだろうし」


「相良氏をステージ近くに待機させるよう手配しています。それに恨みを買っているのは殆どあなたです」


「え、そうなの? 俺そんなに悪いことしてないでしょ。お前みたいに危険球退場とかしてないし」


「お前ではありません。名ばかりでもあなたが監督でしたし、あなたが潰したファーストはかなりの重症です」


 ふーん。どうでもいいけどさ。


「まあいいや。じゃあ俺は行くぞ」


「待ちなさい」


 その場から去ろうとすると、ホウカから呼び止められる。


「何処へ行くのでしょう」


「屋上だよ」


 ホウカは腕を組んで、目を閉じる。

 あん? 何やってんだ、こいつ。

 しばらく待っているが、ホウカは動く様子がない。


「おい――」

「あなたはスイコさんとどうなりたいのでしょう」


 いい加減しびれを切らして呼びかけようすると、それに合わせるようにホウカが口を開く。


「意味が分からねーよ」


「わたくしがわざわざスイコさんの好意を伝えた意味を理解出来ない程愚かでもないはずです」


 ホウカの言いたいことは分かる。だが、俺の頭には何も浮かんでこなかった。


「真面目に考えなさい。スイコさんはあなたの答えを待っています」


 ホウカはそれだけ言うと、悠然と軽音部へ歩き去った。


「おい! 軽音部では阿法の話題を出すなよ!」


 俺は何も答えなれなかったのが癪で、ホウカの背中に向かって声を張り上げた。



 いつも閑散とした屋上は、いくつもの出店で賑わっていた。

ただ、校庭と比べて風に吹き晒される屋上はかなり寒い。故に豚汁、うどんそば、スープなど温かいものを売っている店が殆どだった。


 スイコはすぐに見つかった。フェンスの金網に手をかけて、お空を眺めていた。午前中なのにたそがれてい

るようだ。


「だーれだ?」


「うわぁあ!」


 俺の強襲目隠しに、スイコはマジビビリして身をすくめた。


「あ、ごめん」


 予想以上のスイコの反応に思わず謝った。

 振り返ったスイコは目を丸くして、頬をみるみる紅く染めた。


「もしかして風邪でも引いたの?」


 スイコの額に手をかざそうとすると、素晴らしい反射速度で逃げられた。

 ショック!


「か、風邪とか引いてないから!」


 甲高い声でスイコが主張する。


「そう? 脅かしてごめん。悪気はなかったんだ。これ持ってきたから飲もう」


 床に直置きしていた紙コップ二つを持ち上げる。すぐそこで売っていたはちみつレモン。何となく喉に良さそうなので買った。


「あ、ありがとう」


 エサに釣られる猫のように恐る恐るスイコは近づいてくる。


「君には驚かされてばっかりだね」


 スイコは微笑みながら紙コップを受け取った。

 思ったよりは緊張とかしてないみたいだ。良かった良かった。

 今日のステージのことを聞きたかったけど、ストレートに聞いて緊張されてもなんなので、別の話題から攻めよう。


「親父とかお姉さんは文化際に来ないの?」


「う、うん。多分来てると思うよ」


 歯切れの悪い答えだな。何だよ多分って。

 親父とか絶対来るよな。ついでにスイコに近づく男どもを潰して回りそうだ。


「去年ね。お父さんに絶対来ないでって言っちゃったから。結局来てたみたいだけど」


 去年ねぇ。去年というと、スイコが酷かったというステージか。

 コトコがいなくて、スイコが停滞していた時期だったはずだ。自分の情けない姿を家族に見られたくなかったのだろう。


「今年は来てもらえば良かったのに」


「歌とか聞かれたくないし」


 部活後にコトコとカラオケで練習していたが、スイコの歌は結局どうにもならなかった。でも腹をくくったようで、歌を拒否することはなくなった。

 今年はコトコもいるし、フォローしてくれるだろう。


「ステージをビデオとかに撮っていい?」


「駄目!」


 即効で拒否された。

 何でだよ。ちょっとくらいいいじゃん。せっかく今日のためにビデオカメラ買ったのに。

 まあ、いいか。


「じゃあ、しっかり目に焼き付けるよ」


「う、うん。そういえばさ」


 ぬるくなったはちみつレモンを一口飲み、スイコは何気なく俺に問うた。


「聞きそびれちゃったんだけどさ。私の家に来た理由は何だったのかな」


 言われるまで忘れていた。スイコの親父や阿法のことですっかり頭の端に追いやられていたよ。

 スイコの家に行ったのは、過去に俺がスイコに告白したかどうか聞くためだ。こんな事聞いたらおかしい奴だと思われるだろうな。もう思われてるかもしれないけど。


 しかし、今はあんまり言いたくないなぁ。ステージを前にして動揺させたくないし。

 さっきのホウカの言葉が思い浮かぶ。無意識的に逃げてんのか、俺は?


 何かムカついてきたぞ。


 できるだけ今日の夕飯を語るよにさりげなく軽い感じで言ってみよう。


「いやー俺ってちょっと記憶喪失でさ。スイちゃんに告白とかしたことあったかなぁ、とか思ったりして」


「げふっ! げほっ! げほげほ!」


 スイコは飲んでいたジュースでむせた。


「大丈夫?」


 もっていたハンケチを差し出す。

 スイコは黙ってそれを受け取ると、口の周りをぬぐう。


「…………」

「…………」


 スイコはそっぽを向いたまま、口を真一文字に結ぶ。


 やっぱりマズイことを聞いてしまった。今、唐突に思い出したけど、球技大会の前に体育館裏でスイコと二人だった時にも、似たようなことあったな。

 やっぱりやめよう。今日言うことじゃなかった。


「今のは冗談だから、忘れていいよ。それより――」

「あった」


 話を逸らそうとしたら、スイコが答えた。


「あったよ。去年の文化祭の後にさ」


 やっぱり今は俺が告白した後だったのか。胸につかえていたものが一つ取れた。

 じゃあ、スイコは俺のことを前から知っていたわけか。何で黙ってたんだろう。


 む? スイコの表情が見えん。百八十度反対を向いちゃたよ。

 なので彼女の正面に回り込む。


「あっ」


 すかさず回れ右された。

 もう一度回り込む。

 また半回転された。


「ねぇ、スイちゃん。こっち向いて。恥ずかしがらーなーいでー♪」


 あ、素直にこっちを向いたぞ。


「あったよ。去年の文化祭の後に」


 スイコは頬に朱をそそいで、同じ言葉を繰り返す。いつか街まで行って駅前演奏した時みたいにガチガチに緊張していた。


「スイちゃん。深呼吸しよう。はい、スーハースーハー」


 自分の胸に手を当てて、スイコに深呼吸を促す。

 スイコがなんとか落ち着くのを待ってから、言葉を選ぶ。


「そうだったんだ。スイちゃんは元々俺のことを知ってたんだね」


 スイコはためらいがちにコクリと頷く。


「俺と阿法が初めて軽音部に来たとき、言ってくれれば良かったのに」


「そ、その、言い出しにくくて。君が、何というか、何でもない風だったから」


 あん? 俺のせいなのかよ。

 スイコは肩の荷が下りたように深く息を吐く。


「やっと言えた。ずっと言いたかったんだ。君と体育館の裏で会った時に言おうかと思ったんだけど、今言えた」


 球技大会前のことか。

 スイコが顔を上げて俺を直視する。興奮高揚をストレートに表す俺に対する期待に満ちた瞳で。

 俺は聞かなくてはいけない。


「それで俺はスイちゃんに何て言ったの」


 これまでずっと知りたかったことを聞いた。


「うーん、教えてあげない」


 スイコが明るく言う。


 え? おい! 教えてくれないのかよ。


「あ、もうお昼だね。私は練習に戻るよ。ステージ見守っててね」


 スイコは時計を確認すると、足早に立ち去ろうとする。

 そして少し離れたところでピタリと立ち止まった。


「私が今音楽を続けてるのは、君のおかげなんだよ」

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