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#58 文化際の始まり2

「ねぇ、お茶飲みたい」


 栄坂と別れた後。軽音部に向かう途中で、妹がコスプレ喫茶の看板を凝視しつつ言った。


「おーそうかそうか。じゃあ自販機でお茶でも買ってやろう」


 購買に戻ろうとすると、シャツを引っ張られる。


「ここにあるから」


 妹が目の前のコスプレ喫茶を指差す。


「そんなに入りたいのか?」


 無言で頷かれた。

 まあいいか。


 扉の前で寒いのにスクール水着を着た『男』が客引きしていた。

 すぐさま目が合ってしまい、教室に引きずり込まれる。


 うわぁ……。

 嫌な予感はしてたけど、コスプレしてるのは全員男だった。しかも女の格好で。

 コスプレ喫茶が溢れる文化際に警鐘を鳴らすべく意表をついたのかもしれないが、完全にスベッっている。こんな気色悪い空間の空気はなるべくなら吸いたくない。


 見ると、妹の顔が引きつっていた。


「帰るか?」


「い、いや、いい」


 入ると言った手前引っ込みがつかなくなったのだろう。

 うーん。こんなんじゃ客も来ないだろう。

 周りを見回しても誰も……お、窓際の一番隅にカップルがいる。


 イケメンと相良女史だった。


「よう。ステージ前なのに余裕だな」


 お帰りなさいませご主人様、と裏声で叫ぶメイド姿のゴツイ男を無視して、二人に声をかける。


「おはよう。午前中は自由時間で、音合わせは午後からなんですよ」


 イケメンが爽やかな笑顔とともに隣の椅子を引いて俺たちを迎え入れる。

 相良女史はいつもの不良スタイルだ。

 俺がイケメンの横に座ると、妹はビビリながら相良女史の隣に腰掛ける。


「そうなのか。じゃあ今軽音部には誰もいないのかよ」


 せっかく行こうと思ったのに。


「いえ、多分僕以外のメンバーは全員いると思いますよ」


 じゃあお前も出ろよ、と言いかけたが、折角の文化際だしこういう時間も必要だよな。


「それよりその子は誰ですか? またナンパしたんですか?」


 イケメンが妹を見て言う。


 またとは何だ、またとは。ナンパなんかしたことないわ。


「この子は俺の妹だ。イケメンはナンパしたいのか。だったら今度連れてってや――」


 俺が言い終わるか終わらないかのうちに、相良女史が前にあったガラスコップを握りながら粉砕する。


「良子さん、そんなことしたら駄目ですよ。ナンパなんかしないですから」


 イケメンは笑いながらコップの欠片を回収しつつ、相良女史が怪我していないか確認する。

 すげえなイケメン。何だよその余裕は。心臓飛び出るかと思ったんですけど。

 妹もポカーンと口を開けている。


「注文は何にするの」


 変な制服を着てリボンをした気色悪い男がオーダーを取りに来る。やたら上から目線で偉そうな態度だった。


「早くしなさいよ」


 机にあったメニューを見ていると男ウェイトレスがせっついてくる。

 うぜえぇ。

 妹は紅茶、俺はギンギンドリンクとやらを頼んだ。


「大人しく待ってなさい」


 殴っていいか、この男ウェイトレス。接客する態度じゃないだろ。


「ああいうキャラなんですよ。怒っちゃ駄目ですよ」


 あーそうかい。もうどうでもいいわ。

 飲み物が来るまで、イケメンと相良女史の近況を聞いた。


 最近は文化際が近いこともあってイケメンは部活一辺倒だったが、部活が終わると必ず相良女史が彼を迎えに来ていた。彼女はどちらかと言えば甲斐甲斐しい部類のようで、イケメンが憧れていた彼女とは少し違ったが、それでも二人は上手くいっているようだ。


 相良女史の威圧感はだいぶ鳴りを潜めたが、いざとなったら球技大会で見せてくれたような豪放振りを発揮してくる。イケメンからしても俺からしてもとても頼もしい人だ。


「音楽は楽しいか?」


 無理やり軽音部に押し込んだ身として一度は聞いておきたかった。


「楽しいですよ。ギターのお二人はとっても上手いですし、勉強になります」


 イケメンは嬉しそうに言う。


「そうか。将来はギタリストになれるといいな」


「ええー、何言ってるんですかぁ」


 冗談だと思ったらしく、イケメンは笑う。


「相良先輩はどうですか。イケメンがギタリストになったら」


 相良女史は目を閉じて腕を組む。きっと想像しているのだろう。


「悪くない」


「だってさ。良かったなイケメン」


「からかわないで下さいよ」


 イケメンはやっぱり笑っていた。



 あんまり長居しても二人の邪魔になるので、適当なところで切り上げた。ちなみにギンギンドリンクはただの栄養ドリンクだった。


「さっきの怖い人は何なの」


 コスプレ喫茶ではほぼ置物だった妹が愚痴る。イケメンが何度か話しかけてくれたが、相良女史にビビッたらしく縮こまっていた。


「聞いて驚け。あれこそがこの学校の裏ボスだ。逆らったらさっきのコップみたいな末路を辿るぞ」


 妹は顔を逸らしてそれ以上何も言わなかった。怖がらせたかな?

 軽音部の部室前までたどり着いた。中から楽器の音が聞こえる。

 いつものようにゆっくり扉を開けると、先輩たちとコトコが演奏中だった。


 いやぁ、今までで一番迫力がある。皆真剣そのものだ。普段温和な先輩方も一端のロッカーっぽい顔になっている。

 妹が目を丸くして棒立ちしている。いい反応だ。

 演奏が終わるのを見計らって拍手とともに彼らへ近づく。


「いい感じに仕上がってますね」


 音楽に関しては良く分からないが、適当に言ってみた。


「やあ、来てくれたのか。君たちのおかげで今年は相当いい演奏が出来そうだよ」


 ベース担当の部長がうっすら汗をかきながら満足そうに言う。


「それは良かったです。コトコもどうよ、調子は?」


「名前で呼ぶんじゃねーよボケ」


 こいつは相変わらず口が悪いな。緊張してる様子もなく、自然体だ。


「それよりスイちゃんはどこに行ったんだ。見当たらないけど」


「スイなら屋上だぜ。気持ちを落ち着けたいんだとさ」


 今からすでに緊張してるのかよ、あいつは。


「その子は誰なんだい?」


 サモハン先輩が俺の横にいた妹を指差す。


「妹ですよ。ほら挨拶だ」


 俺が背中を押すと、妹は皆に向かって軽く頭を下げた。

 すると、コトコが悪い顔になる。


「妹ちゃんよ。こいつはとんでもない悪党だぜ。家族の縁を切るなら早い方がいいぜ」


「おい、いらんことを吹き込むな。……こいつの言ってることは嘘だからな」


 妹をコトコから隠して弁解しておく。


「悪党……」


 妹がつぶやく。

 よし、行こう。ここにいてもロクな事にならない。


「それじゃあ練習の邪魔になるんで失礼します」


「おい待てよ」


 そそくさと出て行こうとすると、コトコに呼び止められる。


「阿法は来ないのか?」


 阿法が学校を去った日。一番ショック受けてたのがこいつだったな、そう言えば。


 事情はきっちり話したのに、その後も何回か聞かれた。

 コトコと阿法の間に何があったんだろうな。


「来ないな。多分数年は帰ってこない。お前は阿法が好きなのか?」


 部室の空気が一瞬にして凍った。

 サモハン先輩が俺の首根っこを捕まえて、部室の端に連れて行く。


「君ぃ、はっきり言いすぎだよ。少しはオブラートに包んでだな」


 汗臭いんだよ、このデブ。顔を近づけるな。


「あんなボンクラのどこがいいんですか? 部長の方がカッコ良くないですかね?」


「と、とにかくステージ前なんだから、あんまり刺激しないでくれよ」


 はいはい、分かりましたよ。

 まだ固まってるコトコをほっといて部室を後にした。


「あのさ」


 妹が眉根を寄せている。


「あんた、学校でどんな悪いことしてるの?」


「いや、何もしてないって。俺は品行方正で質実剛健の五里霧中だから」


 なんとなく知ってる単語を並べてみた。


「嘘つき」


 妹の突き刺すような視線が痛い。

 さて、スイコは屋上にいるって言ってたな。屋上に行こう。


「待ちなさい」


 後ろから聞き慣れた声がした。

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