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#57 文化際の始まり1

「あのさー、どこまで付いてくるつもりだよ。友達と来たんならそいつらと回れよ」


 文化祭当日になった。

 我が校の文化際は一日しかない。しかもわざわざ休日にやるので一部の在校生にはいたく不評だ。その反面、校外からの来客が多数訪れるため当日は人がごった返す活況振りだ。

 妹が学校の友達を伴ってやってきたのだが、友達をほったらかして俺を監視するように付いてくる。


「別にいいでしょ。何か文句あるの」


 いや、いま文句言ったんだけど。俺の話を聞いてましたか?


「東京で何してたの。どうせロクな事じゃないと思うけど」


「しつこいなぁ。大学の見学って言っただろ。ほら、俺って真面目じゃん。将来を見据えて早めに自分の行く大学を見ておいたのさ」


「嘘つき」


 まるで信じていない妹の冷たい反応。まあ、十割方は嘘なんだけど。


 東京から帰って来た日。せっかくお土産に買ってきた銘菓ひよこは踏み潰されてしまった。ついにお袋がガチ切れして、俺はベランダに叩き出された。クソ寒い夜空の下で一夜を明かすことになったのだが、夜中の一時くらいにひょっこりと妹が現れて毛布と温めた牛乳を黙って置いていったので、凍死せずに済んだ。


 だから翌日にお礼の意味を込めてサーティーワンアイスを買って帰った。そしたら「寒いからいらない」とつれなく拒否された。寒い日にガンガンに暖房かけた部屋で食うアイスが美味いんじゃないか。風流が分からない奴め。仕方なく冷蔵庫にしまっておいたら、いつの間にか無くなっていた。


 という話はどうでもいいのだが、妹がこのように付いてくるのは俺が学校で何をしてるのかを見極めるという理由があるらしい。つまり監視だ。

 校庭に設置された出し物を物珍しそうに見ながら、やれジュースを買えだの、わたあめを食わせろだの、うるさいことこの上ない。軽音部のステージは午後の最後なので、せっかく午前中は適当に寝てようと思ったのに。


「うわっ、変な人がいる」


 妹が急に変な声を出す。


「どこだよ」


「あれあれ」


 妹が指差す先には人だかりの中心にいる人物。


「あー、あれね。あれはこの学校の危険人物だから近づかない方がいい」


 軽音部の様子でも見に行くか。


「こんなところにおったか」


 校舎に入ろうとしたところで濁声に呼び止められる。

 競馬狂いのハゲ教師だった。そういえば球技大会では世話になったな。こいつの審判のおかげで勝ったようなものだ。


「なんでしょうか、ハ……先生」


「なんだその女子は。不純異性交遊は関心せんな」


 ハゲは妹を見て目をしかめる。


「堅いこと言わないで下さいよ。今日はお祭りなんですから。で、何か用ですか」


「おお、お前に言っておいた方がいいと思ってな」


 急に神妙な顔をしたハゲは不穏なことを話し始めた。

 どうやら野球部がここ最近荒れているらしい。校内では何もないが、校外での暴力沙汰が頻発しているようだ。球技大会で軽音部に負けてから特に酷くなっているという噂だ。


「少年院にぶち込んだらどうですか?」


「いやー、上があまり問題にしたくないって言うからな」


 ハゲが弱ったように言う。そんな内情を生徒に愚痴るのはやめてくれ。


「とにかく、今日は他校の生徒も大勢来ている。野球部が諍いを起こす可能性もあるからな」


「なぜそれを俺に言うんですか」


「焚きつけたり、火に油を注ぐようなことをするなよ。ただでさえお前は奴らに恨まれているからな」


 ハゲはジャージのポケットに手を突っ込んで去っていった。

 野球部ねぇ。例の三人組(二人だったけど)は普通に大人しかったけどな。


「あのさ」


 妹が俺の制服の端を引っ張る。


「あたしは妹なんだけど?」


「急にどうした。そんなに主張しなくても妹の座は揺るがないぞ」


「違う。さっきのおっさんに妹って言えば良かったでしょ」


 不純異性交遊がどうこう言ってた話か。それはどうでもいいでしょ。


「競馬狂のハゲにおっさんは失礼だぞ。あれでも学年主任のれっきとした教師だ」


 妹は「ハゲの方が失礼じゃん」と小さくぼやくが、それ以上何も言わなかった。

 校舎の中に入っても人がいっぱいだった。教室ではクラスの出し物や部活の展示などが行われている。大人気で超満員の出し物がある一方で、誰も寄り付かないような寂しい展示会場もあった。


「おっ。ちょっと寄っていいか」


 廊下から物色していると、教室の端で一人佇む男を見つけた。


「よう。やってるな」


 園芸部唯一の部員、栄坂だった。小規模の部活は一つの教室をいくつかに区切って会場にしている。園芸部は机三つをつなげて、そこに小さい鉢植えや種を並べていた。


「軽音部に行かなくていいのか?」


 栄坂は俺を軽音部のマネージャーか何かと思っているらしい。


「これから行くよ。それより栄坂に渡したいものがある」


 俺は内ポケットから封筒を出して栄坂に渡す。


「何だこれは」


 中身を確認した栄坂は訝るように問う。封筒の中にはお金が入っている。


「球技大会の礼だ。渡そうと思って忘れてた」


「こんな大金は受け取れない。それに俺は金のために引き受けたわけじゃない」


 栄坂は俺に封筒を付き返そうとする。


「そう言うな。俺の感謝の気持ちを受け取れよ。その金で種でも買って園芸部に一花咲かせろ」


 栄坂はしばし俺と封筒を交互に見ると、やっと受け取ることを了承した。そして、


「好きな物を選べ」


 机の上に並べられた鉢植えや種を俺に勧めた。

 好きな物って言われてもなぁ。花なんて特に興味ないし。


「好きなの選んでいいぞ」


 妹に押し付けた。


「え、いいよ別に」


「遠慮するな。俺からの誕生日プレゼントだ」


「あたしの誕生日三月なんだけど……」


 妹の顔に何か諦めにも似た笑いが浮かんでいる。いや、これは怒ってる笑顔か。


「あ、ごめん。本当は知ってるぞ。三月二日だろ?」


 今思い出した。良かった良かった。妹は無反応だけどさ。


「これにする」


 妹はどれでもいいとばかりに一番手前にあったユニパックを手に取る。中には小さく細長い粒がいっぱい入っていた。


「何の種だ、これ」


「たんぽぽだ」


「たんぽぽってその辺に生えてるじゃねーかよ」


「これはエゾタンポポという在来種だ。普通は黄色の花を咲かせるが、これは赤みがかった紫の花が咲く。偶然見つけて育てている」


「ふーん。これって食えるの?」


「茎はお茶になる。葉はサラダなどにすると美味しい」


 相変わらず植物に関しては打てば響く奴だな。


「詳しくはこれに書いてある。育て方も書いてあるから良く読め」


 栄坂に渡された紙にはたんぽぽについてびっしり細かく色々と書いてあった。というか手書きかよ。というか一つ一つの花についてこれを書いてるのかよ。


「お客は結構来るのか?」


「二人が今日はじめての客だ」


 いや、俺らは客じゃないけどな。あんま流行ってないみたいだな。


「じゃあ行くわ。軽音部のステージ見に来いよ」


 栄坂が軽く頷くのを見て俺らは教室を後にした。


「あ、ちょっと待ってて」


 俺は妹を廊下に残して小走りで栄坂の元に戻る。財布からレシートの切れ端を出して、携帯を見ながら走り書きする。


「ほら、これ」


 メモを栄坂に渡す。


「何だこれは」


「伊庭スイコのメアドと電話番号」


「なぜ俺に」


「ステージ前で緊張してるだろうから、時間が空いた時に電話かメールしてやれよ。喜ぶぞ」


 栄坂は何か言いたげに一旦口を開くが、俺の顔を見て押し黙った。


「じゃあな」


 廊下に出ると妹が真顔で俺を見つめる。


「あんたって友達いたんだね」


 失礼な奴だな。

 栄坂が友達か、と言われると微妙なところではあるけど。

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