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#52 俺とは何者だったのか

「なんだって?」


 放課後。三人組を呼び止めた。今は二人しか居ないけど。

 俺の言葉を聞いた山田はよく聞き取れなかったと言わんばかりに耳をこちらに向ける。


「俺は何で貴様らに殴られていたのか聞いてんだよ山田。はやく答えろ」


「山下だって言ってんだろクソボケが。生徒会が野球部の頭を押さえたからって調子乗ってんじゃねーぞ」


 いや、そんなの関係ないんですけどね。

 不満やるせない山田を見て、ホウカと野球部の間にどんな取り決めがあったのだろうと想像する――やめた。どうでもいいや。


「そう怒るなよ。ほら、ジュース買って来てやったから、これでも飲んで機嫌直せよ」


 賞味期限の切れたピクニックを二人に渡す。

 二人は互いに目を合わせると、一瞬間があったが、


「あん? そんな物に釣られると思うなよ」


 と言いつつ二人は受け取るだけは受け取った。


「で、理由は何だよ」


 二人は顔を見合わせてから、代表して山田が話すことになった。

 やけに素直だな、こいつら。


 どうやらこの三人組はクラスでも手に付けられない暴れ者で、教室中で暴力を振るってはカツアゲしていたらしい。ある時、俺が三人組に言った。「そんなクソつまらないことしてて楽しいか?」

 その言葉に激昂した三人は以後、俺を集中的にいたぶるようになったらしい。


「え、そんだけ? たったそれだけの理由で俺は殴られまくってたわけ? もっと深遠で思慮深い崇高なる理念があると思ってたんだが」


「あるわけねーだろそんなの。それに加藤はてめえにアバラ折られたんだから五分五分だ」


 球技大会で佐藤はあばら骨を三本折ったらしい。俺がやったんだが、試合中のことなので全く悪いとは思ってない。当然は反省もしていない。


「別に仕返しをした訳じゃねーよ。ファーストにボケッと突っ立ってるのが悪い」


「き、貴様!」


 山田が歯をむき出してこぶしを震わせる。今にも俺に殴りかかりそうだ。


「おい。今手出したらやばいって」


 後ろの一人が山田を羽交い絞めにする。

 うーん。しかし案の定聞いても何の意味もなかったな。


「てめえ! 生意気なんだよ。そのスカした態度が気に食わねーんだよボケが」


 山田が暴れて騒ぎ出す。


「もうどっか行けよ。うぜえんだよ」


 残りの一人が慌てて俺と山田を遠ざけるように間へと入る。

 うーん、駄目だったな。一人の時を狙おう。

 何も得られない気もするけどさ。


 

「今いいよな蛸島たこじま?」


「誰だよそれ。俺は冴木だよ。全然ちがうじゃねーか。というかわざとやってんだろ、それ」


 放課後。三人組の一人、蛸島が一人でいるところを狙って声をかける。


「名前なんかどうでもいいよ。それより俺ってどんな奴だった?」


「あん?」


 蛸島は俺を小馬鹿にしたように半笑いになる。


「お前らにしこたまブチのめされたせいで半年以前の記憶がないんだよ。ほら、これは手付け金だよ。とっときな」


 蛸島の胸ポケットに折り曲げた諭吉をそっと差し入れる。


「マ、マジかよ」


 蛸島はお札を広げて本物かどうかを確認している。

 失礼な奴だな。偽札なんか作れねーよ。


「いい話を聞かせてくれたら、もう一枚支払おうではないか」


 俺が懐からもう数枚の諭吉を取り出すと、蛸島はあっさり陥落した。

 場所を変えて、誰も来ない校舎裏で蛸島の話を聞く。

 話を聞くといっても、そこには漠然とした目的しかない。スイコに告白するような「俺」とはどういう人間だったのか。それを知ればいつ、どこで、どんな告白をしたのかが分かるかもしれない。



 よくある話だ。生意気なことを抜かした奴を締め上げる、という日常。

 本当はその場で終わりのはずだった。生意気なことを抜かした奴を校舎裏で血祭りに上げて、情けなく地べたに這いずらせてから謝罪の言葉を吐かせ、献上品を巻き上げれば、大抵の奴は大人しくなる。そこからは立派なATMだ。金が出てこない場合は袋叩きにする。


 しかしこいつは違った。金を自分から出そうとはしなかった。それどころか一切謝らない。敵意のこもった視線のみを俺らに向けてひたすら殴られ続けた。そしてこいつはどんなに殴られても、怪我を負ってもそれを誰にも言わなかった。理由は分からない。


 一度、虫の居所が悪かった加藤が勢い余って腕の骨を折った。それでもこいつは何も言わなかった。担任に怪我をした理由をきかれたこいつは、一言「階段から落ちた」と嘘をついた。なぜ嘘をついたのかは知らないが、それを理由に俺らが手を緩めることはなかった。


 そして、進級して約一ヶ月がたった頃。こいつの態度が急に変わった。瞳に映る敵意が失せ、表面上に薄ら寒い卑屈が現れた。


 その態度の変化を見て、加藤は小馬鹿にされたと受け取ったみたいだが、俺からするとこいつの人が変わったようにしか見えなかった。しかし結局のところ、こいつが殴られ続けることには変わりなく、こいつも前と同じように反抗することもなかった。



 蛸島の話は終わった。

 終わったが、よく分からなかった。

 話を聞いても俺はただ意地を張っていただけにしか思えない。


「最初の話なんだけどな。何で俺はお前らに突っかかっていったんだ?」


 俺の質問に蛸島は「そんなこと俺が知るか」といった顔をする。

 うーん。もう少し詳しく聞くことにするか。

 引っかかるのは三人組に突っかかって行ったところだ。

 俺は普通そんなことしない、と思う。


「『俺が生意気なことを抜かした』ってところをもう少し詳しく聞かせてくれ」


「そんなこと覚えてねー。半年も前の話だ」


「若いのに痴呆かよ。いいから思い出せ」


 という感じでただ頭ごなしに「思い出せ」と言っても思い出すわけないので、色々誘導してみる。

 放課後なのか、授業の合間なのか、どこで、俺の態度、どんな具合に生意気だったか、エトセトラエトセトラ。思い出すまでしつこく食い下がった。


 蛸島ははじめ面倒くさそうにしていたが、俺がネチネチと粘着するので、目をつぶって唸りながら思い出し始めた。


「あーーそういえば、思いだした」


 蛸島は喉に詰まっていた魚の骨が取れたような顔をする。


「ギターを売り飛ばす話してたんだ。確か」


 蛸島によると、放課後に廊下で喋っていたらギターを背負った奴が通りかかったので、そいつのギターを売り飛ばそう、という話になったらしい。去年の文化際ステージは酷かったし、ギターの持ち腐れだろうみたいな事を言って佐藤が笑っていた。


 めちゃくちゃな事言いいやがるな、こいつら。

 そこで俺が突っかかってきたらしい。


 …………うーむ。


 なんというか、そのギター背負って通りかかった奴ってスイコだよな、どう考えても。この出来事があったのが半年以上前の二月頃。この時はすでにコトコは軽音部におらず、軽音部員のギター担当はスイコ一人だった。さらに文化際のステージが酷いと言ったら、これはもう一人しかいない。


 ん? 何かおかしくないか。


 この俺の行動。多分、スイコの事を知ってての行動だよな。というか、そうじゃないと俺の行動が意味不明だ。俺は赤の他人のためにこんな行動をする人間ではない。記憶がないとはいえ、人格が変わっているわけでもあるまい。変わってないよな?


 つまり、この半年前の時点で俺はスイコを知っていたことになる。それもただ知っていただけじゃない。スイコの危険を察知して(るかどうかは分からないけど)、助けに入るくらいだ。


 これは俺が考えていた予想と違う。


 俺がスイコに告白した理由。これはスイコの演奏や歌によるものだと考えていた(多分、歌)。コトコが復帰する前の状態のスイコに俺が感銘をうけるだろうか、いや受けない。……たぶん。

 うーん。でもこの俺の行動は確かにスイコを庇っているように思える。


 もしかして、半年以上前の時点で俺はすでにスイコに告白してる?

 いや、それはないか。スイコは俺に対してそんな素振りまるでない。

 いやいや、スイコのことだ。俺が告白したことを忘れているのかもしれない。

 いやいやいや、知っていても告白はしてないのかも。


 あーーーーーーーーーー!! 分からん。


 考えても埒があかない。

 スイコに聞きに行こう。

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