#49 文化祭の前に
「今頃ご飯か?」
我が家のダイニングで夕飯を食っていると、妹がやってきた。どうやら妹もこれからご飯らしい。
時刻は夜九時。
お袋はすでにご飯を終え、リビングでのんびりテレビを見ている。
なんかここのところ、こういうシチュエーションが多いな。
「今日のトンカツは美味いぞ。冷めてるけどな。野菜もたっぷり食えよ」
妹のトンカツ皿にボウルから野菜をどっちゃりと移す。トンカツがキャベツで埋もれる。
「こんなに食べられない」
「わがままは良くない。いっぱい食べないと大きくなれないぞ」
「……じゃあ、これもらう」
妹は俺の皿からトンカツ一切れをヒョイと奪い去る。
「ああ、最後の一切れが」
なんてことするんだよ。最後に取っておいたのに。
妹は俺から奪ったトンカツを得意気に頬張る。
まあ、いいか。俺の飯なくなっちゃったけど。
「なに?」
妹の摂食行動をじっと観察していると、妹は居心地悪そうにこちらを見る。
「お前は好きな奴とかいるのか?」
「は?」
妹は箸を止めて俺を胡散臭そうに睨む。
「は? じゃなのうて。中二なんだからクラスに好きな奴の一人や二人ぐらいいるだろ?」
「…………知らない」
間があったな。つまり気になる奴がいると。
「たとえ話なんだけど、その好きな奴はさあ、お前の好意を知ってるんだよ。でもその好意には応えられない。それとなく拒否するんだよ、そいつは」
「そんな奴好きにならない」
にべもない。
「いや、たとえ話だからもうちょっと聞いてよ。ここまでだとどこにでもある普通の振った振られたの話なんだよ。でもそいつはお前のことが好きなんだよ。なのに拒否するんだよ。もしこんな状況になったらお前ならどうする?」
「意味が分からない」
キャベツを口に運びながら俺の言葉を反芻して出した結論がそれだった。
まあ、確かに意味が分からないよな。
「意味が分からないから、何で拒否するのか聞く」
「それは教えられません」
「じゃあ蹴る」
そう言うと、テーブルの下で妹が俺のすねを軽く蹴っとばす。
「俺を蹴るな、俺を。暴力に訴えると嫌われるぞ」
「じゃあ何で私が好きなのかを聞く」
おっ、少し面白い答えが返ってきた。
「ほぉ。何でそんなこと聞くんだ」
「好きな理由が分かれば拒否する理由も分かるかもしれない」
「なるほどね。でも残念でした。好きな理由も教えてくれません」
俺の言葉に妹はムッとしたようだ。
「そんな奴もう嫌い」
そうなればいいんだけどねぇ。
妹はそっぽを向いて温めなおした味噌汁を飲む。
「あんたたちまだ食べてるの? 片付かないからさっさと食べてちょうだい」
テレビを見ていたお袋がダイニングにやってくる。
「文化祭の準備もいいけど程々にしときなさいよ」
お袋は俺ではなく妹に言っている。俺は以前からずっと遅かったので今更何も言われない。
「あんたももうちょっと早く帰りなさい」
と思ったら言われた。
「俺も文化際の準備で忙しいんだよ」
嘘だけどね。
「嘘おっしゃい。どうせ何もせずにサボってるんでしょう」
よくご存知で。さすが母親。
「高校の文化際っていつあるの」
「来週よ」
妹の質問に対してお袋が答えた。何でお袋が知ってんだよ。学校からのプリントとか一切渡してないのに(渡してないどころか、学校から持って帰ってきてすらいない)。
「じゃあ私も行く」
妹がなにやら宣言した。じゃあって何だ、じゃあって。
☆
文化際まで一週間。球技大会の苛烈さから、野球部が軽音部に対する何らかの妨害を仕掛けてくると踏んでいたが、そうはならなかった。
ホウカが生徒会に復帰したことで強権を発動し、野球部との間で何らかの裏取引を行ったらしい。
内容までは教えてもらってないが、ステージが邪魔されないならどうでもいい。俺がクラスの三人組に絡まれなくなったのには、そんな理由があった。
というわけで、文化際まで俺には特にすることがなかった。いや、授業はあるのだけど。
しかし実のところ身体が重い。合宿でスイコにボコボコにされて以降、特に鎖骨が痛いのだが、球技大会が終わって全体的に身体がだるい。なので授業なる過酷な苦行に耐えられる状況ではない。お袋の小言がうっとおしいのは承知で、屋上で寝ることにした。保健室は満員だったので。
よく晴れたいい日よりだ。かなり寒いのでコートも持ってきた。
「なーにやってんだよ、こんなところで」
気持ちよく寝ているところを起こされた。
逆光に金髪が煌いている。
コトコだった。
「授業中だぞ。ギターなんか持ち出して何するつもりだ」
コトコは背中にギターケースを背負っていた。
「ギター弾くから早くどっか行け」
なんでだよ。俺が先に寝てたんだけど。
もういいや、無視無視。
俺は横になったまま目を閉じる。
コトコもこれ以上俺に絡んでこようとはしなかった。俺が寝てるっていうのに勝手に弾き始める。
あんまりうるさくすると、聞きつけた教師が来そうだ。
うわっ、ギター弾きながら歌い始めやがった。スイコにもこれくらいの太い神経があればいいのに。
あらためて聴くと歌うまいな。コトコが歌ってるのは自作の曲だった。歌詞が随分前向きだ。コトコの家で見つけた鬱々とした才能に対する僻みを書き連ねたものとは大きく違った。
「なぁ」
曲が終わったところで聞いてみた。
「スイコとのことはもう大丈夫なのか?」
そんな簡単にはいかないと思いつつも尋ねる。阿法の奴も時間が解決する、とか言ってたな。
「前に言ってたぜ。音楽は誰かと競争するもんじゃないって」
コトコの表情は穏やかだった。吹っ切れたとまでは言えないが、コトコは自分の中で何かを変えようとしているのだろう。
「お前はプロになりたいのか?」
「何だよ、いきなり」
「どっちだよ」
茶化すつもりは一切ない。
「分かんねーよ。そんなこと決めてない」
プロなんてなれるわけないだろ、とは言わないのか。
「卒業してからもスイちゃんに付いててやってくれないか。出来ればずっと一緒にいてくれ。お前が居れば少しは安心だ」
何でそんな事を言うのか、意味が分からない。コトコはそんな顔をする。
少し性急だったか。
「ところでスイちゃんの調子はどうよ。ボーカル練習は順調か?」
軽音部の練習の後に、コトコはスイコとカラオケで練習している。
「昨日は何で軽音部に来なかった」
コトコが何を言っているのか分からなかった。俺の質問は無視かよ。
「スイがずっと気にしてたぜ。『今日は来ないのかな』ってさ」
話をはぐらかすつもりか?
「ふーん。それでボーカル練習は順調か?」
あまり聞かれたくないことなのか、コトコの目が泳ぐ。
「…………順調ではない。上達する気配がないぜ」
「そういうことはもっと早く言えよ。ちゃんと教えてんのか?」
「あたしに教えられることなんかあるかよ。自分だって我流だぜ」
ボーカルをスイコに押し付けておいてその言い草かよ。
「具体的に何が駄目なんだよ。上達しないって言っても色々あるだろ」
「声は悪くないから、後は思いきりの良さを何とかすれば、なんとかなるぜ」
俺はスイコとダブルデートした時のことを思い出す。
カラオケでの棒読みは何だったのか。知らない人がいて緊張しているだけかと思っていたけど、コトコの前でもそんななのか。
『伊庭さんはあなたのことを好いているようです』
おととい聞いたホウカの一言がよみがえる。
本当は文化際までスイコには近づきたくなかったが、そうも言ってられない。
「今日も部活終わった後にカラオケ行くんだろ? 俺も行くから部活終わったら連絡しろ。スイコには黙ってな。言うと来るなって言われそうだし」




