#48 勝負の果てに生まれたもの
「おお、これはこれは」
なかなか下衆な真似する奴だな、ホウカは。
廊下の一角。放課後にも関わらず掲示板には生徒が群がっていた。遠目から覗くと、新聞部発行の号外の見出しにはこう書かれていた。
『新生徒会長惨敗!!』
左上にはデカデカと写真が掲載されている。栄坂の剛速球の食らって泡を吹きながら失神しているチンのドアップが。
ひでぇな。これじゃあチンが登校拒否になっちまうだろ。まあ入院中で当分出て来れないんだけど。
小見出しには青連院ホウカの生徒会長復帰が報じられている。新聞部のインタビューにも応じていて、その中の一節にはこう書かれていた。「彼は生徒会長の重責に耐えられなかった。新しい環境で頑張ってもらいたい」
彼の新しい環境とはどこだろうか。病院かな?
生徒会室に行ってみるか。
球技大会からわずか一日でこれだ。この記事は事前に用意されたものなのだろう。当然ホウカの手によって。
「うーす」
生徒会室の扉を開けると、中にいた全員がこちらに目を向ける。
「何をしにきたのですか。帰りなさい」
「帰れっす。同じ空気吸いたくないっす」
「よう。球技大会でまったく役に立たなかった生徒会のお二人さん」
対面早々ムカつくことを言われたので、言い返した。
「わたしはほうか様の代わりを立派に果たしました!」
夏目が突っかかってくる。
「ほう。マウンド上で泣きべそをかくのが生徒会長様のすることなのか」
「ゆ、許せません!」
夏目は顔を真っ赤にして机を乗り越えようとするが、
「止めなさい夏目」
ボスの一喝で、大人しくなった。
「それで何の用でしょう。前生徒会長の放置した雑務が山のように溜まっていて忙しいのですが」
ホウカは相変わらずの冷たい態度で、俺の来訪を邪険にする。
「溺れた犬をさらに沈めるのもいいけど、ほどほどにしとけよ。あんまり派手に動いて軽音部の立場を悪くするのだけは止めろよな」
野球対決では形振り構わない行動に出たので、多方面から相当な恨みを買っている可能性がある。俺が言えた立場ではないんだけど、これ以上そういう連中を刺激しないほうがいい。
「わたくしが何のために生徒会長に復帰したと思っているのですか」
いや、知らねーよ。権力を振りかざして偉そうにしたいだけだろ。
「ほうか様は軽音部のことをちゃんと考えておられます。心配はいりません」
おっ、誰だこいつ。と、思ったが見覚えがあった。
昨日も見たしな。
「あんたは料理研究会の――」
「一年の更科です。本日より生徒会書記としてほうか様にお仕えすることとなりました」
一回戦でホウカがデッドボールを食らわせた女子だった。全体的に細く虚弱そうだが、ホウカが入れたのならそれなりに有能なんだろう、多分。
なるほどね。チンを生徒会から放逐して、この子を代わりに入れたのか。
「軽音部で待っていて下さい。後で顔を出します」
ホウカはそれだけ言うと、机上の書類の束に目を落とす。
夏目や冬村にガルルルゥと睨まれる中、俺は生徒会室を後にした。
文化祭まで後二週間。球技大会が終わると一気に文化祭ムードになる。各教室では出し物などに向けて、放課後に作業する生徒が目立つ。
思えばかつての俺はこの時期も普段と変わらず帰っていた。文化祭で周りがワイワイやってるのが気に食わなかった。文化祭当日ってどうしてたっけ? サボっていた記憶しかない。
今もクラスでどんな催し物をやるかすら知らないが、軽音部のステージを見るために、少なくとも学校を休むことだけはしないだろう。
「むっ」
廊下の先を見ると、いつも俺をボコる例の三人組がいた。今は二人しかしないけど。居ない一人は入院しているらしい。
二人も俺に気付いたようで一瞬目線があう。
が、それだけだった。
いつものように「よう、ちょっと金貸してくれよ」だとか「ちょうどサンドバッグを募集してたところだった」などと気安く声を掛けて、ヘッドロックで校舎裏に連れて行かれることはなかった。
二人は俺に気付くときまりが悪そうに斜め下方四十五度を向いて、そそくさと俺の横を通り過ぎて行った。
なんだありゃ。何か悪いものでも食ったのか。
まあいいか。
軽音部の部室に入ると阿法がいた。部員たちが練習しているのを壁にもたれかかって見ている。
「調子はどうだね。病院に行ったのであろう?」
「もう大丈夫だ」
俺はそれだけ言った。
昨日大会が終わってから病院に行ったが、間の悪いことに休診日だった。なので今日の午前中に学校を休んで病院に行った。
その日あったことをありのまま話すと、年老いた医者は癇癪を起こした。己を大事にせんかこのドラ息子が! って感じで切れた。そんなに気が短いと長生きしないよ? と返すと、もう十分生きたわ、たわけが! とまた説教が始まった。
俺がまだ十七歳のガキならば、うるせえジジイだな、とっとと引退して盆栽でも刈り込んでろよ、と思っただろう。しかし俺はちゃんと一から十まで聞いた。老人の言葉の端々から推察だが、どうやら息子さんを亡くしてるらしい。この老人は怒りっぽいのかもしれないが、少なくとも本気で心配しているようだった。
老人はもう体育の授業も出るな、と診断書を突きつけた。
俺ってそんなにやばいのかな。
「どうかね、この曲は?」
「あ?」
阿法の言葉で思考が中断される。
「聞いてなかったのかね? 彼らの曲だよ。文化祭で披露すると思うがね」
すまねぇ、聞いてなかった。
ちょうど演奏が終わったようで、誰も音を出していない。
ギターストラップを肩に掛けたままのスイコがこちらを見ている。
手を振ってみると、彼女は笑顔を浮かべて大げさに両手を振ってくれる。
どうやら元気そうだ。
良かった。
昨日は試合が終わった後で速攻スイコを病院に連れて行ったが、元気がなさそうだった。どこか痛いのか、と聞いても「大丈夫だから」と言って下を向くばかりだから、心配してた。
いくらステージが出来るといっても、そこにスイコがいなければ何の意味もない。
ここにこうしてステージが用意され、スイコがそれに向けて練習している。素晴らしいことだ。
「お前も昨日は良くやったよ」
「何だね、急に」
「昨日はギリギリだったからな。お前がいなければ勝てなかったぞ」
「君が褒めるとは気色が悪い限りだ。まあ、素直に感謝されておこうか」
阿法はまんざらでもなさそうだった。
それから俺らはしばらく軽音部の演奏を眺めていた。
そして、気になった。
「スイコは何で歌わないんだよ」
三曲ほど通して演奏を聞いたが、歌っているのは全部コトコだった。ボーカルもやっていたことがあるようで、素人から見てもかなり上手い。
「スイコはいつ歌うんだよ」
ステージではコトコとスイコが同じくらい歌うんだろ。歌えよ。
「はよ歌え」
「さっきから何をブツブツ言っているのかね」
阿法が不審そうに
「いや、スイコがさっきから歌わないからさ」
「なら言ってくるがいい。歌え、と」
「強制はしたくない」
「ワガママな奴だ。ならば黙って待ちたまえ」
すぐ傍の扉を開く。
「ちょっと来なさい」
扉から顔を半分だけ出したホウカが俺を手招きする。
「ヤダよ」
俺が出て行っている間にスイコが歌うかもしれないだろ。
俺の拒否にスイコは少しムッとしたが、黙って部屋に入ってくると、俺の隣に立つ。
ホウカの横顔を見る。
思えば俺が何もしなければ、こいつは今頃ここにはいなかったんだろうな。俺のせいでこいつの未来は変わった。それが些細なことなのか大きなことなのかは分からない。
もしかしたらこうやって学校に引っ張ってきたことで、ホウカは今後悲惨な目に遭うかもしれない。特にそういう予感があるわけではないけど、俺がこいつの人生を捻じ曲げたのは確かだ。
「あなたは気付いていますか?」
ホウカが急に言葉を発する。視線は軽音部員の方を向いたままだ。
「何を」
「どうやら伊庭さんはあなたに懸想の気持ちがあるようです」
「まあ、俺みたいな危険人物は消したくなるだろうな」
薬打っちゃったし。
きっと一生許せない存在だろうな。
「伊庭さんはあなたのことを好いているようです」
ホウカは言い直した。




