#47 ステージへの道13-決勝⑥-
生徒会ナインが色めき立つ。
「おい、こら!」
「てめえ! ふざけんな!」
「○すぞ、おおぉっ!」
そこらじゅうから罵詈雑言がやってくる。
俺は飛んでいったバットを悠然と回収しに向かう。
三橋が待ち構えるようにグラブを外す。
「待て待て、三橋!」
ファーストからすっ飛んできた佐藤(?)が三橋の肩をつかむ。
「ここで暴れたら金がパアになるぞ。そいつは後で痛めつければいいから今は抑えろ」
俺は目線も合わせずに黙って二人の横をすり抜ける。二塁付近に落ちたバットを拾おうとしたが、セカンドのガキがバットを蹴る。
バットはショートに転がる。ショートの小僧が嫌らしい顔をしてバットをサードの方へ蹴る。
サードのまるこめ坊主がさらにバットを蹴ろうとしたが、三塁ベースに居た相良先輩が素早く拾い上げて空振りする。
「ありがとうございます」
ゆっくり歩いてサードまで行き、バットを受け取る。
「三振したらホームに突っ込んで下さい」
戻り際に相良先輩にささやく。聞こえるか聞こえないかギリギリの声で。
「お前なぁ、次同じことしたら退場だぞ」
「はいはい」
ハゲ教師がもううんざりだ、とばかりに警告する。
もう通用しねぇよ、あんな事。
カウントツーナッシング。完全に追い込まれた。
しかし追い込んだ方の三橋は余裕のある表情ではなかった。今のバット投げに沸点を突き破ったようで、目が異常に血走っている。
さて、あのゴミ野郎はどの辺を狙ってくるだろうか。大体予想はつく。
三橋がキャッチャーのサインも待たずに振りかぶる。
狙い通り。三橋は俺の頭部目掛けて投げてきた。
予想していた俺は頭を引っ込めつつ、スイングする。
ボールはキャッチャーの捕球領域を外れた。ミットに当たって後ろに逸れる。
俺はすぐさま一塁に走る。一瞬だけ三塁方向を見ると、相良先輩はすでにスタートを切っていた。三塁と本塁の半分まで来ている。
「スイちゃん、二塁に走れ!」
スイコに向かって大声で叫ぶ。彼女は多分振り逃げを理解していない。
俺の声に呼応して、スイコは二塁へ走る。
「はっはっ、馬鹿が! 間に合うわけないだろ」
三橋が俺の無謀な走りを笑っている。
そう。ボールが逸れたといっても、ミットには当たっていた。キャッチャーはすぐにボールを捕って投げられるはずだ。
俺では一塁には到底間に合わない。
「ホームは無理だ」
「一塁!」
生徒会チーム内野から指示が飛ぶ。
どうやら三塁の相良先輩は上手くやったようだ。
キャッチャーの送球が俺を軽々と追い越す。待ち構えていたファーストの佐藤(?)がこれを捕球する構え。
俺は前傾姿勢になり、全力疾走する。
佐藤が左手を掲げてボールをキャッチする。
球審のアウトコール。
俺はさらに速度を上げた。
「死にさらせやぁ!」
ファーストのいかにも狙って下さい、といわんばかりの左脇めがけてショルダータックルをかました。
身体ごとファーストに突っ込み、そのままファーストに寄りかかって倒れる。
まだだ。
これだけでは刺せない。
地面に落ちる力を利用して、ファーストのわき腹に肘で全体重をかける。
「ぐふぁっ!」
ファーストが轢かれたガマガエルのような声をあげる。
俺は立ち上がってジャージの埃を払う。
ファーストの佐藤は脇を押さえて悶絶している。
「ア、アウト。これはれっきとした守備妨害だ」
塁審の体育教師がアウトを宣言する。
「あっそう」
いやいや、そこに苦しがっている生徒がいるんだから助けろよ。アウトをコールする前にさ。やった本人が言うのもなんだけど。
「てめぇ!」
いきなり胸倉を引っ張られる。三橋がいつの間にかここまで来ていた。
「わざとやっただろ!」
耳元でキーキー騒ぐなよ、うっとうしい。わざとに決まってるだろ。
「いやぁ、試合中に熱くなるって良くあることですよね」
俺は出来る限り穏やかに言った。これ以上突っかかってきたら、こいつもぶん殴りそうだ。
「てめぇ、ふざけんな!」
駄目だこいつ。完全にぷっつんしちゃてるよ。
俺はすぐ近くにいるマッチョの体育教師に助けを求める。
懇願は届いたようで、俺と三橋の間にマッチョが割って入る。
やっと開放された。
ファーストの佐藤はまだ地面と仲良くしている。まあ、トドメも刺したし、当分は起き上がれないだろう。
何にせよスリーアウトチェンジ。
☆
佐藤は担架で運ばれて退場した。
三回裏、生徒会チームの攻撃。3対11と大量リードを許している。
「本当に大丈夫? 守備とか大変だよ。もう腕とか動かさない方がいいって。あ、なんなら固定とかする? 俺そういうの慣れてるからすぐ出来るよ。痛くない? 包帯とかも巻こうか。冷やすといいよね。コールドスプレーあるから全部使おう。ねぇ、病院行かない?」
「だ、大丈夫だから」
俺はあまりにしつこかっただろうか。
スイコは顔を引きつらせて首を横に振る。
「私もデッドボール食らったんだぜ。心配はなしかよ」
コトコが何か言っている。
知らねーよ。唾でもつけとけ。
「もしかして、まだ私が投げるのですか?」
ピッチャー交替とでも思っていたのか、夏目は俺の元にやってくる。
「ああ」
夏目の目が言っている。もう投げたくない、と。
「でも……」
「でももストもあるか。監督が投げろと言ったら選手は投げるんだよ。さっさと投球練習始めてこい」
「……うっ」
夏目はうめき声を上げつつ、トボトボとマウンドに向かう。
普段生意気な奴が萎れるのは見ていて気持ちがいいな。
「それともお前が投げるか?」
親の敵のように俺を睨んでいた冬村に聞く。
冬村は顔を背けて守備に向かう。
俺は知っている。あいつはひたすらバントの練習のみをしていて、まともにボールを投げられない。いくら運動神経が良かろうが何も練習していないので、さすがにピッチャーは出来ない。
「本当に出るの?」
俺は止めた方がいいと何度も言ったが、かえってスイコは意地になったみたいで、この回も守備についた。
まあ、ライトだから何も起こらないだろう。
予想通りというか、生徒会チームはラフプレーに走り出した。いや、ラフプレーではないか。
大差がついていて、もう真面目にやる必要がないのも原因の一つだろう。
俺みたいにスイングと同時にバットを投げてくる奴。俺のみたいに予告ホームランする奴。俺みたいに守備妨害をしようとする奴。空振りしたフリしてバットでキャッチャーの頭を殴る奴。
そんなふざけたプレーだったので夏目は前イニングより早くアウトを稼ぐことが出来た。それまでに四点取られたが。
「ピッチャー交代」
俺は唐突に宣言する。
投球数が増えて元々酷かった夏目のコントロールは見るに耐えなくなってきた、という建前で。
「あんたが投げるんすか?」
内野陣がマウンドに集まると冬村が不満そうに聞く。
「この中でピッチャーやる奴なんて決まってるだろ。なあ、栄坂」
栄坂の肩をポンポン叩く。
「俺か」
指名された栄坂は驚くこともなく淡々としていた。
「何もストライクを取ってこいなんて言わねーよ。よーく見ろ」
俺はバッターボックスで素振りしているチンを指差す。
「横幅はちと狭いが高さは百八十センチもある。あれなら当てられるだろ?」
内野陣から「いや、ないわ」「どういうことですか?」などの不平が漏れる。
だが栄坂は違った。
「生徒会長に当てればいいのか?」
「話が早くて助かる」
「勝つためか?」
「当然だ」
「そうか。ならばやろう」
よし、決まりだ。
夏目は栄坂の代わりにサードへ。取り合えずイケメンに夏目の守備をカバーするように言っておく。
栄坂は阿法とサイン交換を打ち合わせて軽く投球練習をする。
「ふっ、誰が出てきても同じでおじゃる。返り討ちじゃ」
三打席ノーヒットの奴がなんか言ってるよ。夏目にすら討ち取られてる分際で、軽音部チームの秘密兵器から打つつもりか?
ツーアウトランナー二塁。バッターはチン。
おっと。ランナーがいるにもかかわらず栄坂は思いっきり振りかぶった。
ボールは外角高すぎ大暴投。
阿法がジャンプして捕球しようとしたが、全然届かなかった。
二塁ランナーは三塁へ。
生徒会ベンチは栄坂の素晴らしい暴投っぷりを指差して笑っている。
「いい感じだ。その調子でいけ」
マウンドに寄って栄坂を鼓舞する。
栄坂は無表情で頷く。
ピッチャー投球二球目はまたしても外角高めに暴投。だが、阿法のキャッチできる範囲だった。
三球目は会心のど真ん中ストレート。
あまりの速さにチンは振り遅れる。
マジでいい感じだ。ボールが徐々に内角側にいってる。
そして四球目。ボールは一気に内角に切れ込んだ。吸い込まれるようにチンの左肘のやや下。わき腹の一番弱いところにジャストミートする。
「ぶへやぁ!」
チンは珍声とともに吹き飛ばされるようにして後ろへ転がっていく。
「あばばばばぁぁ」
「デ、デッドボール……」
泡を吹いて白目をなっているチンを見て、ハゲが死球を宣言。
あーあ、あれはやばいね。肋骨いってるよ。
さて、生徒会チームのベンチがキレて殴り込んでくると思ったが、そうはならなかった。
全員が口をあんぐりと開いて、目を魚のように見開いている。
「おい! そこに落ちてる奴を回収しろよ。次に死にたい奴は早く打席に立てや!」
誰も何も言わない。なんか急に大人しくなったな、こいつら。
ハゲ教師がチンの様子を見ているが、目を覚ましそうもない。
「やったな。本当はコントロール抜群なんじゃないの、お前?」
俺が称えても、栄坂は涼しい顔で倒れているチンを眺めている。
「あいつは大丈夫だろうか」
どう見てもヤバイと思うぞ。入院二ヶ月は固いな。
「大丈夫大丈夫。死んでないから」
しばらくすると野球部の控えが担架をもってきてチンを運んでいった。今日は担架が大活躍だな。
「あとは適当にワンナウトとってくれ。もうぶつけなくていい」
次のバッターはおっかなびっくり打席に入りショートゴロ倒れる。
四回表、軽音部チームの攻撃。3対15。
試合は終わった。
生徒会チームは守備に九人を揃えることが出来なかった。
生徒会チームの登録人数十三名のうち、阿法が一人、相良先輩が一人、ホウカが一人、俺が一人、栄坂が一人を葬ったため、生徒会チームは八人になった。
「おやおや。これでは試合になりませんよね、先生?」
「ふざけんな! お前らがやったんだろうが!」
三橋が憤激して突っかかってくる。
「ゲームで熱くなればよくあることですよ。それとも次の回もうちの核弾頭に熱くなって欲しいですか?」
このハゲは野球のルールにも詳しいし、これ以上被害者を増やしたくないだろう。
俺の言葉の十秒後、ハゲは生徒会チームの人数不足による没収試合を宣言し、ここに軽音部チームの優勝が確定した。




