#45 ステージへの道11-決勝④-
二回裏、生徒会チームの攻撃。2対0。ノーアウト、ランナー一塁。
頭部に危険球を受けた野球部主将は出場不能となり、代走が出ている。
ホウカは危険球退場となり、代わりに夏目がマウンドに上がる。
これまでの結果は大健闘と言えよう。大方の予想を覆してここまで軽音部がリードしている。
しかし、ホウカが投げられなくなり、軽音部チームにはまともに投げられるピッチャーがいなくなった。
「ああっ!」
夏目が悲痛な叫び声を上げる。
予想通りというか、当たり前というか、夏目は打たれまくった。
とても守備でカバーできる範疇ではない。五番打者を皮切りに六連打を浴び、四点を取られた。
内野陣がマウンドに集まる。
「あ、あの、こうた――」
「甘えるな。少なくともこのイニングくらい最後まで投げろ」
夏目の言葉を遮る。
「で、でも私がこれ以上投げても……」
夏目は憔悴した顔で息を切らしている。こいつは自分もホウカのように上手くできると思ったのだろうか。
「お前のボスがベンチで見てるぞ。これ以上醜態さらす前に潔く投げろや」
夏目は震えながらも黙って頷く。
集まったメンバーを見回すが、冬村でさえ何も言わなかった。バントの練習しかしていない冬村は自分が投げるとは言わないだろう。
その後も夏目は打たれ続けた。野球部が打ち疲れてようやくツーアウトが取れるまでにさらに七点取られる。
夏目はマウンド上で泣いていた。
野球部のベンチが夏目を指差してヘラヘラと笑っている。
仕方なく俺がマウンドに向かおうとすると、たまらず冬村が先に駆け寄った。
冬村が夏目に何事か言っている。慰めているのか、しばらくすると夏目は泣き止んだ。
「あいつに何を言ったんだ」
戻ってきた冬村に聞いてみた。
「うるせえっす。お前は死ねっす」
嫌われまくってるな、俺。まあいいけど。
冬村のアドバイスのおかげか、夏目は次の打者をなんとかショートゴロに打ち取った。
スリーアウトチェンジ。
「わたくしの可愛い部下をあまり虐めないで下さい」
戻ってきた俺に対して、ホウカが警告する。
「いじめてねーよ。あいつから言い出したことだ。審判がコールドゲームを宣言しないかヒヤヒヤしたけど助かったな」
夏目は冬村に支えられてトボトボと戻ってくる。
「ほうか様。申し訳ありません。せっかくほうか様の守ったリードをこのような形で破ってしまうとは、一生の不覚です」
夏目はホウカの前で膝をついて、頭を垂れる。
「問題ありません。よくこの回を切り抜けました。後はこの不燃ゴミが何とかするでしょう」
ホウカが俺を指差す。最早ストレートにゴミ扱いかよ。
☆
三回表、軽音部チームの攻撃。2対11と大量リードを許している上に、次回以降もこのまま夏目が投げれば、ガンガン点を取られることは確実だ。もっとも誰が投げようと結果は似たり寄ったりだと思うが。
三番打者、阿法がピッチャー三橋と相対する。
このピッチャーから九点以上取るのは至難の技だ。
しかし三橋の投球は前イニングのそれとは全く違った。棒球とまでは言わないが、これまでより明らかに甘いコースが多い。
大量点を取って俺らを舐め腐っていた。
三球目を阿法は引っ掛ける。ボテボテのサードゴロ。だったが、サードが取りこぼしてセーフ。
「へっへっへ。ありがたく思えよ阿法」
野球部主将の代わりにファーストに入った例の三人組の一人が阿法に突っかかる。名前は、えっと、確か佐藤。
「お前らがあまりに哀れだからサードはわざとエラーしてやったんだぜ?」
「ほう、そうかね。では次もその調子で頼むとするかね」
阿法は抑揚なく返事して、俺の方を向く。走るかどうかを問うている。
俺は二塁手を見て、様子見のサインを送る。二塁手は正レギュラーで簡単には刺せないだろう。
四番打者、相良先輩。ノーアウト一塁。
「相良先輩。なんとか塁に出て下さい。出来ればゴロで」
バッターボックスに向かう相良先輩にそっと耳打ちする。彼女にそんな器用な真似できないと思うが取り合えず言っておく。
三橋は阿法をランナーに出したことで少し気を引き締めたらしい。切れの良い変化球を投げ込んできた。
相良先輩はそれをフルスイングしてカウントを悪くする。
ニヤニヤしている三橋は三球目で軽くビーンボールを放る。バット根元を過ぎるきわどい球だった。
「っ!」
こっわ。
バットの破壊音に三橋がビビる。というより見てた人ほぼ全員がビビッた。
相良先輩がその場で木製バットを真っ二つにへし折った。腕の力だけで。
審判のハゲもビビッてボールのコールを忘れている。
相良先輩が替えのバットを取りに来る。この人、バットを何本折れば気が済むんだろう。
「かっこいい……」
唯一イケメンだけが、相良先輩を羨望の眼差しでで見ていた。確かに度を過ぎれば格好良く見えるのかもしれない。
相良先輩のこのパフォーマンスで三橋は腰が引けたらしく、さっきの乱闘のトラウマもあって逃げ腰の投球になった。結局相良先輩をフォアボールで歩かせる。
五番打者、栄坂。
三橋の投球は完全に前イニングのそれに戻った。ノーアウトでランナーを二人背負ったこともあるが、それ以上に前の打席で散々粘られた栄坂に良い印象がないのだろう。
今打席も栄坂は粘りまくった。打てないと思った変化球はとにかくカットし続けた。
傍から見てたら情けなく見えるかもしれないが、三橋と相対すれば分かる。あれは高度な技術がいる。
投球数が十球を超え、しびれを切らした三橋はフォークを投げるが、栄坂はこれを見事に見切ってフォアボールを勝ち得た。
ノーアウト満塁。
さて問題はここからだ。
夏目の大量失点のおかげである程度三橋が手を抜くと考えれば、阿法、相良先輩、栄坂は塁に出れる可能性があると踏んでいた。しかしこれ以降の三人は正直三橋のボールに当てることすら難しい。俺も人の事は言えないけど。
「イケメン。後ろの二人にはあまり期待できん。お前がなんとか前に転がしてくれ。それだけで十分だ」
イケメンにこっそり耳打ちする。無理は承知の上だ。
「はい!」
イケメンはマジ顔で気合十分な返事をする。が、たった三球で仕留められた。一球もかすりもしなかった。
ワンナウト満塁。
「駄目でした」
イケメンが済まなさそうに帰ってくる。
「まぁ、なんだ。気にすんな。ん?」
ベンチの端でスイコとコトコが何やらコソコソやっている。
「おい、次おめーだぞ、コトコ。さっさと準備しろ」
「うるせー、名前で呼ぶな!」
コトコは叫びながらこっちに来る。
「もう変なことするなよ」
コトコにバットを渡す。
「あん、文句あんのか?」
あるから言ってんだろうが。小学生かよ、お前は。
「もうフザケた真似するなよってことだよ。乱闘は懲りただろ?」
コトコはふん、と顔を背けてバッターボックスに向かう。
「コトコと何を話してたの」
スイコに問いただしてみる。
「え! な、なんでもないよ」
スイコは目を見開いて、首を横に振る。
嘘つくのが下手だな、この子は。
「変なこと企んでないで、何か作戦があるなら相談してね」
「う、ううん。大丈夫」
何が大丈夫なのか。
俺に隠し事をしてる後ろめたさなのか、スイコはソワソワしている。
不安なんですけど。すごく。
二人に怪我でもされたら困るんだけどなぁ。
って、おい!
再びギャラリーのどよめきが起こる。
コトコが再び予告ホームランの構えを取っていた。
あの馬鹿。今さっき止めろって言ったばかりなのに。喧嘩売ってんのか、俺にも野球部にも。
「おいタコ助! 今すぐバットを降ろせ!」
声を張って叫んだが、コトコはまるで聞いちゃいなかった。




