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#41 ステージへの道7-昼休み-

 ピッチャーの死球に両ベンチがざわつく。


「野郎、わざとやりやがったな!」


「落ち着きたまえ、氷雨君。乱闘は良くないよ」


 コトコが飛び出そうとしたところを、すかさず阿法が抑える。


「だ、大丈夫?」


 スイコが心配そうに俺の顔を覗き込む。


「審判。これは明らかに故意による頭部への危険球です」


 ホウカは審判の隣で腕組みして俺を見下ろしている。

 呆気に取られていた審判は、ホウカの言葉にハッとする。


「ピッチャー退場!」


 教師陣がわらわらと俺の周りに集まってくる。保健室に連れて行こう、だの、いや病院の方がいいだろう、などとほざいている。


「君、すまない。ついカッとなってしまった」


 すっかり反省した橋谷がボールのぶつかった箇所を確認する。


「大丈夫です。少し脳震盪が起きて、頭蓋骨が陥没したかもしれないだけです」


 上半身を起こして、健常ぶりをアピールする。

 教師どもがしきりに保健室に行け、だの言っているが、試合が見たいので無視した。

 死球の代走をイケメンに頼み、ベンチに下がる。


 なんか頭がガンガンするんだが。


 橋谷は大人しく退場し、変わりには東スポはげ教師がマウンドに上がった。まさか東スポはげがバリバリのピッチャーだったってことはないよな?


「後は任せて寝ているといいです」


 バットを担いだホウカが頼もしく見えた。

 ワンナウト、ランナー一塁。

 ホウカは初球高めのストレートを叩いた。打球はピッチャーの頭上を越え、センター前に落ちる。何気にこの試合初のまともなヒットが生まれた。


 ワンナウト、ランナー一、二塁。

 打席には冬村が入る。こいつはこれまでずっとバントの構え。今度は三球目を上手くファーストに転がした。

 ファーストの堂島が捕球ミスして満塁。

 たった四球だが、東スポはげの球は橋谷に及ぶべくもないことは分かった。


 ワンナウト、満塁。


「さて。では決めてくるとするかね」


 阿法が得意げに素振りを始める。

 お前さぁ、何かやってくれるオーラを出すのはいいんだけど、これまでの打席全部三振だからな?

 東スポはげはすでにバテているようで、額か頭頂部か分からないが、その辺に汗をかいていた。


 初球。ワンバウンド、ボール。

 二球目。外に大きく外れてボール。


「ふふ。私を怖がっているのかね」


 阿法がブツブツと独り言をもらす。それはないと思うぞ。

 三球目。外角高めギリギリ。

 阿法は待ってましたとばかりに強振する。


「ふむ、心地よい」


 切れのいい打球音とともに、ボールはライトの遥か頭上を過ぎていく。

 さっきの坂口のスリーベースよりさらに飛距離がある。

 柵がなかろうが文句なしのホームランだった。

 阿法が悠々とダイヤモンドを廻る。ホームインすると待ち構えていたチームメイトとハイタッチをしていく。


「君のホームラン予告は私が実行させてもらったよ」


 ベンチまでやってくると、阿法は得意げに言い放つ。


「なにおいしいところだけ持っていってんだよ」


 よくやったよ、本当に。

 4対3のサヨナラ勝ち。

 軽音部三回戦進出。



「大丈夫だった?」


 軽音部の部室に戻ってくると、スイコが寄ってきた。


「大丈夫、大丈夫。元気すぎて次の試合も是非出なさいって言われちゃったよ」


 そんなわけないけどね。本当は今すぐ病院行った方がいいって保健室のおばさんに言われた。でもそんな事したら試合が終わってしまう。

 一応頭に包帯だけしてもらった。あんまり意味ないと思うけど。

 昼休み。軽音部チームは部室で昼ご飯を囲みながら、ワイワイ喋っていた。


「次の試合は大丈夫そうですか?」


 俺が席に着くと、味噌汁を飲みながらイケメンが聞いてくる。


「当然大丈夫。次の対戦相手ってどこ?」


「運動部の部長連合チームですわ」


 夏目が得意げに語り出す。


「一回戦、二回戦ともに十点以上の大差で圧勝しています。個々の能力が非常に高く、ほぼ穴がありません」


「で、そいつらに穴ぼこだらけの俺らはどうやって勝つわけ?」


「それを考えるのが監督の役割ではなくて?」


「おっ、これ美味そうじゃん。貰うね」


 真ん中の皿に盛ってあったオニギリ一つ失敬する。


「私の話を聞きなさい!」


「これって誰が作ったの? うめぇよ、モグモグ」


「毎年球技大会で炊き出しやってるんだって。料理研究会主催の」


 スイコがおれの分の豚汁をよそってくれた。


「ありがとう」


 透き通った汁に豚の脂が浮いている。温まる。里芋が美味い。

 料理研究会ねぇ……。


「そう言えばホウカは何処いったの?」


 阿法の奴もいないな。


「用があるとか言ってどっか行ったぜ。ウンコでもしてるんじゃね?」


「そこの金髪! ホウカ様に向かってなんたる暴言を。そこに直りなさい」


「あん?」


 コトコと夏目が喧嘩を始める。

 放っておこう。

 さてと、相手は部長連合か。相当ヤバそうだな。三回戦は唯一どこが相手になるか分からないので、殆ど対策が打てなかった。

 今からちょっと見てくるか。


「どこ行くんですか?」


「ん、ちょっと便所」


 部室を出たはいいけど、キャプテンチームってどこにいるんだろう?

 校舎を出て、グラウンドに行ってみる。

 お、あれは。


「何やってんだよ。飯食わないのか?」


 校舎の隅っこで、栄坂が一人素振りしていた。俺に気付いて、手を止める。


「俺はチームに貢献できていない」


 真面目かよ、こいつ。いや、俺もマジでやってるけどさ。


「お前の力はきっと役に立つ。俺はそう思ってるよ」


 練習の邪魔になるので、それだけ言うと早々にその場を去ることにした。

 おーここでやってんのか、炊き出し。

 校舎玄関からグラウンドに向かう途中に建てられた仮設テントで、料理研の面々が動いていた。

 そこに部室にいなかったホウカの後姿があった。

 偉そうに腕組みしながら、料理研の様子を見ている。


「こんなところで何してんだよ」


 俺の声にホウカは振り返ると、頭部の包帯を見た。


「あなたですか。オツムの方は大丈夫ですか?」


 何だよ、その言い方は。それは心配してるんだよな? 馬鹿にしてるようにしか聞こえないけどさ。


「大丈夫だっての。それより――」


「君も来ていたか。青連院君。首尾よくいったようだ。全員口をつけたぞ」


 ん? 何のことだよ。


「そうですか。では経過を待ちましょう」


 ホウカの言葉を聞くと、阿法は、ではな、と去っていく。


「お前ら何を企んでんだよ」


「あなたは次の対戦相手に策がありますか?」


「ねーよ。前にも言ったけど、どこが上がってくるか分からないし、全チームに対策打ってる余裕なんてなかったからな」


「そうですか。では安心して下さい。対戦相手は潰しておきます」


 ホウカは事もなく言う。


「どういうことだよ」


「部長連合チームは食中毒により棄権していただく予定です」


「あんだって?」


「そこの炊き出しに細工をしました。そろそろ効いてくるはずです。阿法氏からの良い報告を待ちましょう」


 おいおい、マジかよ。なんてことしてんだよ。

 俺の反応にホウカは蔑むような目で見る。


「まさか本当に何の対策も打ってないとは、驚きでした。勝つ気があるのですか?」


 俺は何も言い返せない。

 ホウカの瞳には、自分が悪さをした後悔や後ろめたさを含むような色は微塵もなかった。



 午後一番。

 軽音部チーム対部長連合チーム。両チームはグラウンドに整列する。


「部長連合チーム。人数が足りないようだが?」


 両チームの間に立った審判が問う。

 足りないようだが、もなにも二人しかしない。その二人も腹を抑えて青ざめた顔をしている。今にも倒れそうだ。何しに来たの、お前ら?


「試合放棄し……ます」


「君? 大丈夫か」


 その場に倒れたラグビー部主将を審判が介抱する。


「精進が足りなかったようです。勝負に勝ちたいのなら今度からはお腹も鍛えてくることです」


 ホウカは腕を組んで、この惨状を満足そうに眺める。

 軽音部メンバーは口を開けてポカンとしていた。

 軽音部決勝進出。

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