#4 自販機でアホウに遭遇する
ちっくしょー、あのハゲ。本当に全部掃除させやがった。
俺は箒を杖代わりにして、歩く。
90リットルゴミ袋3杯分の花びらをかき集めさせられ、足がガクガクだ。
喉がカラカラになったので、購買部の隣にある自販機でジュースを買うことにした。購買部はすでに店じまいだった。
「あ、取られたからお金持ってない」
無いと思うと余計に飲みたくなる。それが人間の欲求。そういえばイケメンにも金借りたっけ。いや、あれはもらったのか。というかイケメンの奴逃げやがったな。掃除道具をもって戻ったら居なかったぞ。
職員室に行ってさっきのハゲを探す。
お、いたいた。ハゲは見つけやすくて助かる。
「先生」
職務中に東スポを読むハゲは面倒くさそうにこちらを向く。
「お金持ってないので貸して下さい」
「定期でも落としたのか?」
「ジュースが飲みたいだけです。校舎裏でボコボコにされてカツアゲされたのでお金がありません」
「そうか」
ハゲは引き出しを開け、よく分からないガラクタを乱雑に漁ると、ようやく見つけた封筒から千円を取り出す。
「ちゃんと返せよ」
「ありがとうございます」
俺はクルリとターンして職員室を出た。なかなか話の分かる奴だ。ハゲ教師と呼んでやろう。というかカツアゲはスルーかよ。
再び購買部の隣の自販機まで来る。千円を挿入して、何を買おうか選ぶ。
ジャーー。千円が戻ってきた。
もう一度入れる。
ジャーー。
四つに折られた後をなめすようにして、もう一回投入。
ジャーー。よくあるよな、こういう自販機。
今度はもっと素早く差し入れる。
ジャーー。むむむ。
折り目と逆方向に折って、凹凸を失くしてから再び押し込む。
ジャーー。
札を裏返して突っ込む。
ジャーー。
札の縦長と平行に折り目を加えて、ねじ込む。
ジャーー。ふぅ。まぁ落ち着けよ。
しかし、その後三十回ほどやったが、結果は一緒だった。
いい加減ムカついてきたので、自販機にケリを入れる。幸い周りには誰もいない。
「君。自販機に当り散らすのは良くないよ」
すぐ真後ろから声がしたので、飛び上がるほど驚いた。
「何だよ、お前は。いきなりびっくりするだろうが」
随分と背が高い七三分けのメガネだった。制服着てるから生徒だろうが、顔が濃いな。むさくるしい。本当に高校生かよ。
「この自販機だがね」
俺の胡乱な視線などお構いなしに、メガネは自販機を指差す。
「紙幣を受け入れんのだよ。私はこの自販機が紙幣を受け入れるのを見たことがない」
「じゃあ業者呼んで直せよ」
「誰も問題視していないのだよ」
「俺が問題視してる」
「では、諦めたまえ。無理なものは無理だ」
俺はカチンときた。
「無理というのは嘘つきの言葉なんです」
「?」
「途中で止めるから無理になるんです。途中で止めなければ無理じゃなくなります」
「君が何を言ってるのか、理解しかねるのだがね」
口をついて出てしまった。会社の社長がよく言ってた言葉だ。完全に頭のおかしい人だと思っていたが、俺はいつの間にか社長に洗脳されていたのか。
「諦めないってことだ。分かったらさっさと失せろメガネ」
俺は自販機に向き合って作業を再開した。
出しては入れて、出しては入れてが繰り返される。いつの間にか辺りは暗くなり、自販機の煌々とした明かりに虫がたかってくる。
「うぉ、まだ居たのか」
ふと後ろを見ると、さっきのメガネがまだその場にいた。腕を組んで、小難しそうな面をしている。しかしさっきのイケメンといい、よくバックを取られるな。
「何で見てんだよ」
「君が諦めないというのなら、私はその証人になるとしよう。思う存分やりたまえ。君が諦めない限り、私もまたここで見守っていてやろう」
ずれたメガネをクイっと上げて、メガネ野郎は不敵に笑う。
こいつ、うぜぇ。
「メガネは千円札持ってるか?」
「無駄だと思うがね」
俺の意図を察したメガネはポケットから財布を出す。
しかし、メガネの千円でも結果は変わらなかった。
「もう三枚あるから好きにしたまえ」
メガネは気前が良かった。かわるがわる試すが、全部吐き出された。
さらにそこから二時間は粘る。俺は黙々と作業に集中する。メガネはじっと見張っている。外はとっくに真っ暗だった。
「君、自販機の脇に隠れたまえ」
メガネが俺の首根っこをつかまえる。
「宿直が見回りをしている」
二人して自販機の脇に隠れて、懐中電灯を持った宿直をやり過ごす。
「八時か。まだやるかね?」
メガネが携帯で時間を確認する。
「まだ早いな。あと六時間は働ける」
メガネがため息をつく。
「君は紙幣が何をやっても戻ってくるのか、考えたかね? 紙幣を感知するセンサーが壊れているのだよ。紙幣が人の脂で汚れているだとか、水を吸って伸縮しているなどといった話ではない。だからいくら紙幣をいじってもどうにもならない。分かるかね?」
俺はいま一度紙幣を吸い込ませる。
「分からな、ねー、な!」
腰を捻って思いっきり紙幣投入口付近に蹴りを見舞った。投入口のプラスチック蓋が真っ二つに割れて落ちた。
「おっ」
ジュースの押しボタンが赤く点灯する。千円は戻ってこなかった。
「どうよ」
「大した馬鹿だ」
ドヤ顔の俺に、メガネは呆れ半分感心半分の面だった。
「おごってやるよ。半分はメガネのおかげだからな」
「そうかね。では、遠慮なく」
自販機からピクニックのイチゴが吐き出される。
「それと私はメガネではない。阿法典清だ」
あー、あなたがアホウですか。近寄らまいとしてたのに、会っちゃったじゃないか。
用は終わったので帰ることにする。スイコを助けるとか思って戻ってきたのに、何やってたんだ俺は。
教室に置いてきたカバンを持って、玄関までくると阿法がいた。
「私も帰るとするか」
「アホウは今日一日いなかったよな。なんで学校にいるんだよ」
「今日はいい日和だったからな。一日中屋上で寝ていた」
「授業出ろよ」
俺が言えた義理じゃないけど。しかし、こんな奴が同じクラスにいたのか。
「電話が鳴っているようだが」
アホウが俺のカバンを指差す。バイブなので気付かなかった。
応答する寸前で切れた。
着信三十五件。
お袋十五件、妹二十件。
この後、俺は家に帰って親にこってり絞られた。高校生が九時に帰るって普通じゃないのか? 散々説教された後、なぜか妹にも罵倒された。