#37 ステージへの道3-1回戦-
球技大会当日がやってきた。
球技大会は一日で終わるので、野球もサクサクと試合が進行するようにイニング数が少ない。
各クラスのショートホームルームが終わった後、校内放送で開会宣言がなされ、野球はさっそく一回戦が開始される。球技大会は様々な球技が行われるが、野球は正直あまり盛り上がらず、観客などほとんどいない。
一回戦。対料理研究会。グラウンドに両チームが整列する。
うーむ。普段はまるで運動などしそうにないおっとりした面子ばかりだった。さすが料理研究会。バットなんか持ってないで菜ばしでも握ってろよ。
お互い礼をして一、三塁側のベンチに陣取る。俺は礼をする時に目の前の料理研究会会長、二九屋に目配せする。二九屋はそれに答えてウインクする。気色悪いデブだな。
「さて、打順と守備だけど、昨日決めた通りでいくぞ」
一応、俺が選手兼監督なので、それらしく指示を出す。
「偉そうにしないで下さい。虫唾が走ります」
「青連院ホウカ様に指図するとは不遜にもほどがあるわ」
さっそくホウカと夏目が噛み付いてきた。
うぜーな、こいつら。
言い返すのも面倒くさいので無視した。
打順と守備位置はこんな感じ。
①ホウカ (ピッチャー)
②冬村 (セカンド)
③阿法 (キャッチャー)
④相良・狂犬・良子 (センター)
⑤栄坂 (サード)
⑥イケメン (ショート)
⑦コトコ (レフト)
⑧スイコ (ライト)
⑨俺 (ファースト)
こう見ると、下位以外は意外とイケるんじゃないかと思わせる打線だ。ちなみに夏目は軽音部の先輩方と一緒に控えメンバー。使えなさそうな⑦と⑧の守備を④ですべてカバーしてもらう予定だ。
一回表、料理研の攻撃。
「締まっていこーう!」
「うるさいです」
俺がファーストからナインに掛け声を出すと、ホウカが不機嫌そうにつぶやく。
ピッチャーはホウカ。野球もやったことのないド素人の分際でピッチャーがやりたいとか何様だよ。
バッターは虚弱そうな女子。バットを持つのもしんどそうな腕の細さだ。
「きゃ!」
「おい」
いきなり暴投したホウカは、能面で自分の指を確認する。
バッターは何が起こったのか分からずに呆然とする。
「デ、デッドボール!」
審判の宣告に場外がざわついた。
「いきなり何してんだよ、てめえ」
マウンドに駆け寄って文句を言おうとすると、ホウカは悠然とバッターボックスまで歩いていく。
「大丈夫ですか。野球は初めてなので、手が滑りました」
ホウカは虚弱女子の前で屈んで、ボールの当たったすね辺りをさする。
「あっ、いえ、そんな、ほうか様」
虚弱女子は顔を真っ赤にして狼狽する。
「後でベンチ裏に来なさい。治療をしなくては」
ホウカは虚弱女子に耳打ちする。
虚弱女子は恭しく跪くと、その場で頭を垂れた。
幸いホウカのボールはスローでボールが当たったこと自体は問題なかった。
「お前、あの女子に何を吹き込んだんだよ」
「はやく守備につきなさい、ファースト」
答える気なしか。
一塁ベースに戻ると、陶然とした虚弱女子が今にも貧血になりそうな顔でマウンドを凝視していた。
「足大丈夫?」
「…………」
聞いちゃいねーな。まあいいけど。
二番打者に対してホウカが振りかぶった。
おいおい、と思ったけど、虚弱女子はまったくリードをとっていない。それどころかボールを見てすらいなかった。
一球目はストライク。オーソドックスなオーバースローは初心者とは思えない美しいフォームだった。
さっきと投げ方も球速も全然違うぞ。
初球のいきおいで二番打者をあっさり三球三振に切って取ると、三、四番も同じようにして六球で終わらせる。ホウカはランナーなど見向きをせず、全投球でワインドアップだった。
「ほうかさん、すごいね」
守備から戻ってきたスイコが嬉しそうに駆け寄る。
「このくらいは余裕です」
ホウカとスイコはグラブでタッチする。
「お前な、ランナーがいる時は振りかぶるんじゃねーよ」
「ド素人のあなたに言われなくも分かっています。心配しなくてもあの子は走りません」
お前もド素人だろうが。それに何で走らないって分かるんだよ。
「あのな、この試合はな――」
「トップバッターはわたくしですね」
ホウカは俺を無視してバッターボックスに向かう。
「おい!」
「何をいきどおっているのかね、君は」
「あいつはチームプレイには向かねーな」
「君はこのチームに協調を期待するのかね?」
言われてみればそうだな。
結局当日までチーム練習すらしなかったし。
スイコとコトコなんて昨日まで「ホームランって十点くらい入るの?」「いや、二十点は入るぜ」って話してたし。
ホウカは見送りの三振。一度もバットを振らなかった。
何考えてんだ、あいつ。
「ふぅ。次の回から夏目を出します。わたくしは疲れたので休みます」
ベンチに帰ってきたホウカは何もしていないのにため息をついた。
「はぁ!? ふざけんな、こら。夏目みたいな運動音痴出したら負けるだろうが」
「暴言は許しませんわ。ほうか様。みごと代わりを務めてみせます」
「期待しています」
監督の俺を無視して話は勝手に話が進んでいく。くっそ。人数さえ足りていれば、こいつらを退場にするのに。
一回裏。ホウカ三振。冬村セイフティバントで出塁。阿法三振。相良先輩三振。
「ふむ。素振りはこのくらいでいいだろう」
三振しといて阿法は満足気だった。クリーンナップがこれってやばくないか?
二回表。なんと夏目がホウカの変わりにそのままピッチャーに。逆の意味で期待を裏切らないヘロヘロ球を放っていたが、料理研究会の打者がしょぼいため、外野どころか内野の出番すらもなかった。
「どうですか、私の投球は?」
二回表を終えたベンチに戻ると、夏目が胸を張って偉そうに聞いてきた。
「あーすごいすごい。良かったでちゅよ」
「真面目に答えなさい!」
うるさい奴だ。
二回裏。
「おぉぉー!」
先頭打者の栄坂が鋭いライナー性のあたりでツーベースヒット。
続くイケメンは初球で堅実な送りバントを決めて、栄坂が進塁。
「バントしてどうすんだよ、イケメン……」
次の二人は打たないぞ、多分。
あ、そうだ!
「氷雨、こっちこい」
「あ?」
そんなに険悪な目つきに睨まないでよ。
仕方なく俺がコトコに駆け寄って耳打ちする。
「バントしろ、送りバント。栄坂をホームに帰すんだ」
「送りバントって何だよ」
マジか。スクイーズって言わなくて良かった。余計混乱させるだけだ。
俺は手短に説明した。
「やだね。そんなセコイ真似できねーぜ」
コトコは言うことを聞かなかった。
コトコ三振。
「まかせてよ。わたしがバントしてくるね!」
俺とコトコの話を聞いていたスイコが見事にバントを決めた。スリーアウトチェンジ。
はぁ。
三回表(最終回)。料理研究会三者凡退。っていうかやる気が感じられんな。
ちなみに三回を終わって引き分けの場合は両チームの代表によるジャンケンにて勝敗を決する。
三回裏。打席は俺。あえなく三振。
「偉そうなことを言っていて、なんたる様でしょうか」
夏目が腰に手を当てて俺を見下す。
ホウカの代わりの夏目は三振。
「くっ、当たらない」
このチーム、三振バッターが多すぎないですかね?
冬村はセイフティバントで出塁。
「さて、そろそろ決めてくるかね」
不敵に微笑む阿法がバットを握り締めて打席に入る。
俺は知っている。いざという時にこの男はやってくれることを。すでにボールの軌跡が見えるぞ。グラウンドの遥か向こうに。
「ストラックアウト!」
阿法は空振り三振だった。しょせんはただのメガネか。
全イニングを終了してスコアレスドロー。しかし決着はつけなくてはならない。
「じゃんけんは監督である俺がやってくるな」
異論はなかった。
「負けたらぶっ殺すぜ」
コトコから暖かい励ましをいただいて、審判立会いの元、料理研究会のデブ会長とジャンケンをする。
余裕の勝利。
軽音部二回戦進出。




