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#36 ステージへの道2-告白-

「なんだね、このオーダーは。生徒会のチームは実小路以外全員野球部員で固めているではないか。プライドがないのかね、新生徒会長は?」


 放課後の軽音部。

 球技大会の選手登録の締め切りが過ぎ、野球の選手登録簿がまわってきた。

 阿法が渋い顔をしながら登録簿とトーナメント表を眺めている。


「いや、むしろ俺はこっちに突っ込みを入れたいな。見ろよ、このトーナメント表。参加チームが八つなら普通は均等に組むよな?」


 今回は参加チームがかなり多い。チンが優勝商品を大々的に宣伝したせいだ。だが、それはどうでもいい。

 問題はトーナメントの山があからさまに不均等なことだ。生徒会チームはなぜかシードでいきなり決勝戦。片や軽音部チームは優勝するまでに四回も試合をする必要があった。トーナメント表の横には注意書きがされていた。


 ※トーナメントは厳正なる抽選にて決定されました。


「抽選なんて呼ばれてないんですけど」


「それがあの男のやり方よ」


 いつの間にか紙を覗きこんでいた夏目が、偉そうに腕を組んでのたまった。ホウカの真似か?


「お前は何でナチュラルにここにいるんだよ。とっとと生徒会室に帰って新生徒会長の靴でも磨いてこいよ」


 俺の態度が御気に召さなかったらしく、夏目は顔を赤くして憤った。


「あなた方こそ軽音部でもないのに入り浸っているじゃない。帰宅部なら早々に帰りなさい」


「ほぉ。それは敬愛する青連院ほうか様に言って差し上げたらいかがですか? あいつも生徒会から追放された帰宅部の分際でずっとここにいるぞ」


「きぃぃぃっーーーー! 優しくしていれば付け上がってえええ!」


 うわぁ、キレたぞ、こいつ。どこが優しかったよ。

 夏目が両手を振り上げて襲い掛かってくる。俺は椅子から飛び跳ねて逃走する。


「待ちなさい!」


 誰が待つかよ。

 そのまま部室を脱出してしばらく身を隠すことにした。幸い夏目の足はそこまで速くなかったので、追いつかれる心配もなかった。

 体育館裏にでも行って、これからどうするか考えるか。


 誰も使わないような細い小路をしばらく歩いていくと、行く先で誰かのかすかな声がした。校舎の陰から様子を見ると、スイコが一人で突っ立っていた。

 何やってんだろう。


「よう」


「え、あっ!」


 スイコは弾かれたように身体をこちらに向ける。

 俺はスイコの反応を見て、近寄るのをためらってその場から聞く。


「人のいない所を探しててさ。スイちゃんも同じ?」


「う、うん。そう」


「もしかしてボーカルの練習してた?」


「あ、うん。良く分かったね」


「……………………」


「……………………」


 き、気まずい。

 スイコはかなりソワソワしている。というより俺を警戒しているみたいだ。

 警戒を解いてもらうにはどうすれば良いだろうか。


「ほら、注射器とか持ってないから、怖くないよ?」


 諸手を挙げて、何も持っていないことを示してみた。

 うん。失敗だ。

 スイコは笑おうとしたみたいだが、顔が引きつっていた。


「ごめん。もう言わないよ」


 俺はその場に腰を降ろして、校舎の壁に背をもたれた。


「俺、ここで考え事してるから歌ってていいよ」


 ポケットにしまった登録名簿を取り出してもう一度目を通す。

 登録名簿には名前と学年、所属部が記されていた。さっき阿法が言ったように生徒会チームは登録限界人数十三人中十二人が野球部だった。


 しかし俺らはこのチームを相手にする前に三回勝つ必要がある。

 ルールは通常の野球と同じだが、決勝以外は三イニング、決勝は五イニングまでとなっている。

 俺は自分がこれから何をすべきかを考える。

 俺は選手としてはほぼ役に立たない。ただでさえ運動能力が低い上に、身体はガタガタだ。実は医者から運動するな、と言われている。だから違う方法で勝利に貢献する。それしかない。


 軽音部の一回戦の相手は料理研究会。なぜ出場したのか軽音部以上に謎なチームだ。しかも登録メンバーが九人ギリギリで、茶道部や裁縫研究会のメンバーが混じっている。

 こいつらに勝てれば、二回戦は教師チーム。教師が出てくんなよ。小学校の運動会かよ。球技大会は生徒のものだぞ。


 で、軽音部と違う山に四チーム。全部運動系の部なので、当たったらかなり厳しい。

 そしてなぜかストレートで決勝戦に行く生徒会チーム。いや、これは野球部チームだろうが、ふざけんな。

 というわけで一、二回戦はまだ戦えそうだが、三回戦はヤバ目で、決勝は何か策を打たないと勝ち目がない。


「ふーん。先生のチームもあるんだ」


「うぉお!」


 びっくりした。

 いつの間にかスイコが真横にいて、紙を覗き込んでいた。

 近いよ。


「れ、練習しなくていいの?」


 そういえば歌声とか全然聞こえなかったな。

 スイコはばつが悪いのを笑顔で隠そうとする。さっきまでの警戒感はどこへいった?


「だって、人がいたら恥ずかしいし」


 これから人前で歌うのに何を言ってるのか、この子は。

 前から常々不思議に思っていた。

 俺はどうしてスイちゃんに告白したんだろう。


「へ?」


「ん?」


 突然スイコが素っ頓狂な声を出す。


「どうしたの?」


 見るとハトが豆鉄砲を食ったような面してる。


「こ、こくはくって」


 げっ。また思ったことをそのまま喋ってたのか。


「あーそのー、今のは忘れてくれ。ほら、俺っておかしいでしょ。時々意味不明なことを口走るからスルーしていいよ」


 スイコは目を丸くしつつも、うんうんと頷く。それからやや目を伏せて、おずおずと問うてきた。


「あのさ、一つ聞きたいんだけど」


「いいよ」


「合宿の時に君が言ったこと。私が偉大なるミュージシャンになる、って」


「言ったね」


「あれってどういう意味?」


「どういう意味って、どうもこうもないよ。そのままの意味」


「…………私のどこを見てそう思ったの?」


 うーむ、どこを見たって言われてもね。知ってるだけだし。

 よし、ごまかそう。


「スイちゃん。音楽は楽しい?」


「え? あ、う、うん」


 見当違いなことを聞かれてスイコが戸惑っている。


「でも楽しいことばっかりじゃなかったでしょ。氷雨が居なかった一年以上ずっと悩んでたんだよね」


 軽音部の先輩方から聞いた話だ。

 高校からギターを始めて、コトコについていくだけだった日々から次第に自分の音楽の見出そうとした矢先。道しるべを失い、スイコは途方に暮れた。

 本人に自覚はなかっただろうが、それからのスイコはその場から動けずにいた。


 先輩方も手助けしようとしたが、当時ギターを弾ける人がいなかった。

 思うに、伊庭スイコという人間は一人で道を切り開けるタイプではない気がする。

 前の世界でスイコは音楽の道へ進んだ。例え俺が介入しなくても誰かがスイコをアシストしたのだろう。それはある意味で実を結び、そして悲劇を生んだ。

 誰かがこの女を助けてやらなくてはいけない。それはコトコであり、ホウカであり、俺や阿法だ。


「でも、ひーちゃん戻ってきたし」


 コトコは軽音部から離れた理由を今も隠したままだ。少なくともスイコに言うつもりはないらしい。

 スイコも追求するつもりはないようだった。また離れてしまうのが怖いのだろう。


「そうだね。せっかく氷雨も戻ってきたし、文化祭で演奏したいね」


「うん。演奏したい」


 スイコが迷うことなく返事する。


「じゃあ球技大会は何が何でも勝たないとね」


 俺の戦いはもうここから始まっていた。

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