#34 野球対決
「どこに行くつもりだよ」
聞かなくても知ってるけど。
廊下をズカズカと進んでいくホウカは俺の問いを無視した。その横顔は今までに見たことのない荒々しさだった。
行き先は生徒会室だった。ホウカは勝手知ったる自分の部屋とばかりにノックもせずに勢いよく扉を開ける。
「おやおや、誰かと思えば。ただの生徒である青連院が余の生徒会室に何の用ぞ」
実小路が元ホウカのデスクでふんぞり返っている。きゃつのすぐそばにやたらガタイのいい男が突っ立って、こちらを睨む。
「軽音部のステージはわたくしが許可したはずですが?」
「さてはて、何のことやら。生徒会長でもない人間のタワゴトなど誰が聞くと言うのでおじゃるか。生徒会長であるこの朕が軽音部のステージはない、と言えばないのでおじゃる」
実小路のぞんざいな態度に、ホウカの怒りメーターを跳ね上がりそうだ。
「わたくしに楯突いて、ただで済むと考えているわけですか」
「ふ、ふっ、お、脅しなどもう怖くないぞよ。そちは権力を失ったただの平民じゃ。もう誰からもかしずかれることはないでおじゃる」
「生徒会長がどうとかどうでもいいだよ。軽音部の邪魔してんじゃねーよ、このチン野郎」
俺はホウカの横から発言する。チンは初めて俺の存在に気付いたようだった。
「誰じゃ、この無礼な下郎は。無関係のゴミクズはとく立ち去るとよい。軽音部を廃部としてもよいだぞよ?」
チンは扇子を取り出して優雅にあおぎ始めた。
「君は軽音部に何の恨みがあるのかね。真面目に活動している優良な部ではないか」
腕組みをしながら阿法が穏便に問う。
「恨み? 何を言うかと思えば。青連院が懇意にしている部活はなべて根絶するのみ」
完全に恨みじゃねーか。しかも軽音部じゃなくてホウカへの。
「話は終わりじゃ。おい、そこの者どもを追い払いたまえ」
チンがそう言うと、そばに控えていた岩のような生徒がこっちへにじり寄る。
「やめとこう」
阿法がズイっと前に出て岩男と張り合おうとしたが、止めさせた。チンがデスクに肘をついてニヤニヤしているのが見えたからだ。
ここで暴力沙汰を起こせば軽音部がどうなるか分かったものではない。
俺らは一旦引くことにした。
「そうそう。そちはそうやって朕の前からすごすご遁走するのが似合っておる」
チンはホウカをみて愉悦した。
ホウカはチンと目を合わせようともしなかった。
廊下に出た俺たちは行き場所を失い、その場に立ち尽くす。
「さて、どうしたものかね」
阿法の言葉とほぼ同時にホウカが近くにあった消火器を蹴り飛ばす。
「おいおい」
「許せません。あの程度の小物に」
「落ち着けよ。怒っても良いことないぞ」
「あなたは余裕ですね。その澄ました態度に腹が立ちます」
俺に怒るなよ。
「あの男は青連院君にかなりの恨みを持っているようだが、過去に何があったのかね」
「大したことはありません。ずっとエリート街道を驀進して誰にも負けたことがない、と言うのですべての分野で負かしただけです。学校の成績やスポーツ、芸術、何もかもです」
プライドをズタボロにしたわけか。
「ついでにあなたのような才能の欠片もないクズは生きている価値がない、とも言った覚えがあります」
言いすぎだろ。酷いなこいつ。
「三人ともやっと見つけましたよ」
俺らが顔をつき合わせていると、いつの間にかイケメンが現れた。
「生徒会長と会っていたんだすよね。どうでした」
イケメンは不安そうに聞いてきた。
俺はさっきの経緯を話す。
「そうですか。さっきまで部員で話してたんですけど、生徒会が認めないならゲリラライブでもやるかって氷雨さんが言ってまして」
コトコらしいな。
でも俺は気に入らなかった。こんな一方的で汚いやり方には真っ向から対抗したい。思いはホウカや阿法も同じようであまり良い顔をしなかった。
「とりあえず部室に戻りましょう。御三方が居れば何か名案が浮かぶかもしれませんし」
しかしイケメンはめげることなく明るく言い放つ。
俺らは部室に戻ることにした。
前でホウカと阿法が何事かやり取りしている隙に、俺はイケメンに耳打ちする。
「おい。ちょっと相談いいか」
☆
「よう、チン野郎」
広い公園を東西に突っ切る道。常夜灯の柱に身を隠していた俺はチンの前に姿を現した。
俺の登場にチンは立ち止まって身構える。夜七時を過ぎて辺りはすでに真っ暗だった。
「うぬは……青連院と一緒にいたゴミクズでおじゃるな? 何用か」
チンが警戒して距離をとる。
辺りには誰もいない。そういう場所を選んだからだ。
「いやぁ、本来なら後ろからバットでドタマカチ割って脳汁ブチまけてやりたいところだけど、同級のよしみで勘弁してやるよ」
「闇討ちとは卑劣な。その手に持ったバットでチンを亡き者する気でおじゃるな?」
話聞けよ。勘弁してやるって言ってるじゃねーか。
「そんな事はいいんだよ。それよりおめーはこれで満足かよ」
バットを首の後ろに担ぐ。
「な、何のことでおじゃる」
「軽音部を潰したところでチンが青連院ほうかに勝ったと言えるのかって聞いたんだよ」
「下郎めが。朕を愚弄する気かえ。これが朕のやり方じゃ」
ふーむ。簡単には折れんか。仕方ない。
パチンッ。
俺がフィンガースナップで合図すると、待機していたクラッシャーが茂みより出でた。
「ひっ!」
俺にはビビらなかったチンは、振り返って腰を抜かした。
封印されし相良・不良・良子の復活だ。茶色のチリチリ髪にどぎついメイク。長いスカートに凶悪な釘バット。完璧だ。俺も怖い。
「な、な、なんでおじゃるか、こやつは」
チンは後ずさって俺に足にしがみつくと、歯をガタガタ震わせる。
「チンよ。もう一度聞くぞ。このままじゃ青連院ほうかに勝ったとは言えないよな。なら、てめえはどうすべきだと思う?」
チンは俺にすがりついて助けを求める仔犬のような目つきになる。
「し、し、しかし、チン一人ではとても青連院には……」
うーむ。さっきホウカから話を聞いたが酷いものだった。チンのプライドをズタボロにするだけでは飽き足らず、二度と反抗する気が失せるように人格否定や人間失格認定をする徹底ぶりだった。
それが効いているみたいだな。
「てめえはエリートなんだろ? 負けっぱなしで恥ずかしくねーのか」
なんで俺がこいつのプライドを回復してやらなくちゃならんのだ。
相良・狂犬・良子がチンを鼓舞する代わりに街灯の柱をバットで殴りつける。
怖いよ。そんなことしなくていいから。
「一人で敵わないなら仲間と一緒でもいいんだぞ。頑張れよ」
何してるんだろうな、俺。
チンは歯噛みして、これまでの屈辱的敗北に反抗の火種を燃やしつつあった。
もうちょいか。
「あいつはもうただの平民だ。てめえが負かすのなんてわけないぞ」
「ふむ。そちの言う通りじゃ。このエリートである朕が都落ちの下民に負けるはずがないでおじゃる」
おっ、乗ってきたぞ。都落ちとか訳のわからんこと言ってるけど。
チンは顔を上げ、俺を睨みつける。
「よかろう。野球で勝負でおじゃる」
野球? なんでそんなもんが出てくるんだよ。と、思ったが俺も相良女史もバット持ってるな。もしかして単なる思い付きか? 得意なスポーツは蹴鞠じゃないのか?
「これでも中学ではならしたものじゃ。近々球技大会が開催されるでおじゃる。そこで決着をつけようぞ。勝ったら青連院を土下座させるでおじゃる」
そういうことか。
「いいだろう。(ホウカが)土下座でもなんでもしてやるよ」
俺の安請け合いを聞いたチンは野望に満ちた目を輝かせた。
「くっくっく。今から楽しみでおじゃる。絶対朕の靴を舐めさせるでおじゃるよ」
キモイな、こいつ。




