#33 新生徒会長、実小路秀麻呂
「おい、どいつもこいつも見てるぞ」
「衆目に晒されるのは上に立つ者の宿命です」
いや、これは違うだろ。完全に噂の人物だぞ。
朝の登校時間。校門から校舎へと至る道をたくさんの学生が歩いていた。その生徒の多くが、髪の青い生徒に注目していた。いつもの羨望の眼差しは影を潜め、嘲りと、哀れみをない交ぜにした負の感情を宿していた。
親父の良彦からの手紙を受け取った次の日。ホウカはようやく登校する気になった。手紙の中身は知らないが、ホウカに良き指針を与えたのだろう。俺には出来ないことだ。
「青連院ほうか様には大変言いにくいことなんだけどな――」
「会長!」
言いにくい話を切り出そうとすると、俺は後ろから突き飛ばされた。
「おはようございます、会長。憂慮しておりました。壮健なるお姿を再び拝謁することが出来て、恐悦至極でございます」
「会長。マジ心配してたんすよ。元気そうで良かったっす」
「おいこら、てめえら」
俺はヨロヨロと立ち上がり、突き飛ばした犯人どもに眼つける。
「人様を突き飛ばしといて無視とは良い度胸だな」
見覚えのある連中だった。生徒会室でホウカの両隣にいたモブ女二人。多分生徒会の役員だと思う。片方は背の低いパッツン髪で、いかにも堅物そうな女。もう一方は少し日焼けしたポニテの女だった。
「会長にまとわりつくハエが喋ったように聞こえたが、どうかな冬村?」
「おお、喋ったな。ついでに踏み潰すっす」
「やめなさい」
ホウカの一声でポニテがピタッと止まる。
「その男はそこに捨て置きなさい」
「「はっ!」」
まるで軍隊のようにポニテがその場で気をつけをする。ところで、捨て置けって俺はゴミか何かか?
「会長。ご相談したいことがございます。ホームルームの前にぜひ生徒会室に」
パッツンが忠実な臣下のごとく進言する。
「分かりました。二人は先に行って待っていてください。わたくしはこの男を処分してから行きます」
「はっ!」
二人はホウカの言葉に素早く対応し、校舎に消えていく。
「処分って何だよ。俺は粗大ゴミか?」
俺は澄まし顔で校舎の方を見ていたホウカに凄む。
「粗大ゴミに失礼です」
失礼なのはおめーだよ。
ホウカはため息をついて再び歩き出す。
「あいつらは何なんだよ。俺に恨みでもあんのか?」
「あなたが不意に生徒会室に来た時のことをよほど腹に据えかねているようです。夜道では背中に注意することです」
朝も注意した方が良さそうだな。
「おっ?」
校舎の玄関前で腕を組んで仁王立ちしている生徒がいる。
「あいつ、思いっきりこっちを睨んでるぞ」
「気のせいです」
即答したな、おい。あいつの腕章に『生徒会』って書いてあるぞ。
「待っていたぞよ、青連院。ようやく姿を現したでおじゃるな」
スラリとした長身で涼しげな顔立ちはさぞかしモテるんだろうな、と思わせる気に食わない面の男だった。手ぐすね引いて待っていたとばかりに、ニヤついている。しかし、何だこの喋り方は。
「これをそちに渡そうと思っておってな、っておい! 無視するでない!」
生徒会の男は持っていた紙を渡そうとしたが、ホウカはそれを無視して玄関に入ろうとする。
「相手してやれよ。可哀想だろ」
「おい、そこのモノ! 今何とのたまった?」
俺のことか?
「可哀想だって言ったんだよ。だって昨日も居ただろ、あんた」
「ゴミは引っ込んでおれ。朕は青連院に用があるのじゃ」
いや、お前が聞いてきたんだろうが。つーかまたゴミ扱いかよ。この学校の生徒会は青い髪を筆頭にしてロクな奴がいないな。それに朕ってなんだよ。突っ込みが追いつかねーよ。
「待て、青連院。そちはすでに生徒会長ではないぞよ。署名を集めてその座から引きずり降ろしたでおじゃる! 朕こそがまことの生徒会長であるぞ」
下足場で靴を交換していたホウカが新生徒会長に向き直る。剣呑な目つきだった。
うん。さっき俺が言おうとしたんだけどね、それ。
☆
「そうですか」
ホウカは俺を視聴覚室に引っ張りこみ事情を吐き出させた。
さっきの男は元生徒会副会長の実小路秀麻呂というようだ。雅やかな名前だが、単なる成金らしい。
秀麻呂はこの機会を待っていたとばかりに動き出した。ホウカの生徒会長辞任を求める署名を集め始めた。平常時ならそんな署名するだけ無意味だが、SRグループの不祥事を最大限にアピールし、さらに普段からの根回しが功を奏したようで、全校生徒の半分以上の署名を集めた。
「なぜそれを黙っていたのですか」
「別に黙っていた訳じゃない。お前が学校に来ないことの方が大事で、生徒会長なんてどうでも良かったから忘れてただけだ」
「事情は分かりました」
ホウカは俺から話を聞いただけで、特に憤ったり、感情を顕わにすることはなかった。
「このままでいいのか?」
「あなたは自分と軽音部のことを考えていれば良いのです」
ホウカは余裕綽々だった。
ホームルーム前の予鈴が鳴る。
「では、放課後に軽音部で」
☆
「心配をお掛けしたようですね」
放課後。部長以外の軽音部員が揃ったところで、ホウカが改めて皆に声をかける。
スイコは一時間目の休み時間にS組までやって来てホウカと話したらしい。
「あたしは別に心配してないぜ」
コトコが要らんことを言う。
「あなたはわたくしの心配より自分の演奏の心配でもしていなさい」
「あ?」
図星を突かれてたのか、コトコは鋭い目を向ける。
「わー、喧嘩はやめてよ」
スイコが慌てて仲裁に入る。この二人は何かと衝突することが多い。そのたびにスイコが間に入る。
「青連院君はもう大丈夫なのかね?」
俺と阿法は部室の端の方で諍いの様子を眺めていた。
「多分な。あいつも人の子だったんだな」
「この先は青連院君の調査などが使えない、か」
阿法にはホウカに起こった大体のことを話した。
ホウカはこの先、親の力を頼ることは出来ないし、金銭面でも苦しくなるかもしれない。今までのようにはいかないだろう。
「あいつの価値はそんなんじゃねえよ」
スイコがなぜか嬉しそうにコトコとホウカの手をとって握手させようとしていた。
部室のドアが開き、部長が姿を現した。
ん? 様子がおかしい。軽音部の先輩方は皆温厚な人たちで、怒ったところなど見たことがない。その部長が、珍しくいきり立っているようだった。
「どうした」
サモハン先輩が心配そうに聞く。
「どうしたもこうしたもないよ」
部長は文化祭ステージの日時希望を生徒会室に提出しに行っていた。そこで新生徒会長がとんでもないことを言った。
「ステージの希望日時? はて、何のことでおじゃるか。軽音部にステージ演奏の予定など入っていないぞえ」
この突然の言葉に部長は困惑して、すでに抽選でステージは確保されているはずだ、と食い下がった。しかし、実小路は舞台の予定表を突きつけて、そこに軽音部の枠はないことを強調した。
「えっ……つまり私たちは、えっと、どうなるんですか」
まだ状況を把握していないスイコが唖然としている。
「用が出来ましたので今日は失礼します」
ホウカが目をスッと冷たくし、早足で部室を出て行く。
「俺らも行くぞ」
阿法を伴ってホウカの後を追う。




