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#32 SRG崩壊2

 ホウカの父親であるSRグループ総帥青連院良彦は豪放な人物と知られ、先代青連院総裁の婿養子として迎えられた。その確かな経営手腕でグループの発展に貢献したが、プライベートでは多数の女を囲い、暴力団などとの癒着も取りざたされた裏の多い人物だった。以上週刊誌より引用。


 ホウカは法律上では良彦の実子となっている(らしい)。が、先代青連院の娘で良彦の妻は純粋な日本人であり、誰がどう見ても血のつながりはない。

 この辺の面倒くさい経緯は割愛するが、簡単に言うと、良彦はたくさんの子を抱えて、その中で優秀な者を次の自分の後継者にする、という考えの持ち主らしい。そこに求めるのは血のつながりではなく、才覚ある人物だった。


 ホウカはその才覚ある人物の一人だった。ホウカは自分の出自を知らず、良彦の子かどうかも分からない。

 良彦の妻は、そんな良彦の考えに反対で、自分の腹を痛めた子以外を毛嫌いしていた。

 今回の事件で良彦が雲隠れしたのを機に、良彦の妻は自分の子ども以外を排斥した。


 こうしてホウカは良彦が以前に用意したこの家に逃げてきた。


「ふーむ、ややこしい話だな。で、今のお話のどこに落ち込む要素があんだよ。義理のお袋に捨てられてショックかよ?」


 ホウカはムッとして俺の用意したコーヒーを飲み干す。マズイマズイ言う割には全部飲むのかよ。それに自分の家ならお前が用意しろよ。


「仮の母親は関係ありませんし、元々何も期待していません」


 今の言い方でなんとなく分かった。消えた親父の方が問題なのか。


「親父とは連絡取れてるのか?」


「……事件以降音信不通です」


 逃げているなら正しい判断なのか。子どもと連絡を取ればそこから足がつきそうだ。

 しかし参ったな。手を貸してやるにも、こいつの親父の居場所なんて分からないし、連絡手段もない。


「お腹が空きました」


 ホウカが腹をさする。


「悠長な奴だな。さっきの親子丼食べとけば良かったのにな」


「非常食を食べます」


「そんなもんばっか食ってると身体に良くないぞ。鍋の材料でも買ってくるから待ってろ」

 俺もあんまり料理とかしないけど、鍋は重宝してた。材料切って煮込むだけだし。栄養取れるし。


「待っています」


 ホウカから意外な言葉が出た。

 入り組んだ路地を抜けて、繁華街のメイン通りに出る。

 この辺でスーパーってどこだっけ。分かんないから百貨店の地下にでも行くか。


「ヘイ」


 掛け声とともに後ろから肩をつかまれる。

 腰を抜かしそうになった。だって振り返ると身の丈二メートル近い筋骨隆々の外人が薄笑いを浮かべているからさ。


「ア、アイアムノーイングリッシュ。アンド、チキンボーイ。オカネアリマセン」


 俺の流暢な英語が通じたのか、外人は目を丸くする。


「私に覚えがあるだろう、チキンボーイ」


 あん? 日本語喋れるなら最初から喋れよ、このメリケン野郎。ん? ああ、思い出した。こいつホウカと一緒にバーにいた外人じゃねーか。俺を一分でビーフシチューに出来るらしいな。


「ちょっと来たまえ。ここは目立つ」


 ビーフは親指を立てて、細い路地に俺を誘導する。まさか本当に俺をシチュー化するつもりか? ただの高校生ならともかく、こんな筋肉だるまにボコられたらマジで死ぬぞ。


「心配するな。危害を加えるつもりはない」


 あっそう。

 素直に従うことにした。どうせ逃げられないだろうし。


「先ほど、ボーイがお嬢様といるところを目撃した」


「ふーん。それで?」


「ボーイはここ数日のことを知っているか?」


「ホウカの親が特別背任で手配中なんだろ。それ以外は知らん。家の事情はさっきホウカから少し聞いた」


「ならば話は早い」


 ビーフは感心したように俺を見下ろす。


「私の名前はボリス・バラバノフ。普段は良彦様の護衛をしている」


 こいつは父親の護衛役で、ホウカの専属ってわけじゃないのか。


「ボーイも分かっていると思うが、良彦様は身を隠している。お嬢様の居場所は分かっているがポリスに見つかる訳にはいかない」


「ホウカの親父は本当に犯罪をやらかしたのかよ?」


「それはボーイのあずかり知るところではない。ボーイにはこれをお嬢様に渡して欲しい」


 ボリスはスーツの懐から青いはがき大の封書を取り出す。


「良彦様からの言伝だ」


 俺は受け取ると、外面を子細に確認する。蝋蜜か何かで封がしてある。


「念のために帰りは違うルートで隠れ家に向かえ」


「親父はホウカに会ってやらないのか。あいつ落ち込んでたぞ」


「それは出来ない。だからボーイに託すのだ。それにお嬢様には必要ないだろう」


 ボリスの冷静沈着な口調と突き放したような態度が癪に障った。


「あ? ふざけんな。てめえがどう思ってんのか知らねーけど、あいつは十七歳のガキなんだよ。たとえ血が繋がってなかろうが、親が恋しいに決まってんだよ。親父をさっさと出せや!」


「やれやれ。ただのチキンボーイかと思ったら、とんだ猛禽のようだな」


 ボリスは一瞬にして俺の背後に回り込み、丸太のような腕で俺の首を締め上げる。

 俺は抵抗する余裕もなく、瞬時に落ちた。


「起きろ」


 視界が戻ると、ボリスがこちらを覗き込んでいた。

 多分、落ちたのはほんの数秒なのだろう。俺はアスファルトに仰向けに転がっていた。


「確実にお嬢様に届けろ」


 ボリスは青い封書を俺の胸に置くと、路地裏へ去ろうとして足を止める。


「ボーイがお嬢様を守れ。お嬢様が期待を寄せる男なのだろう?」


「待てや、筋肉だるま」


 しかし身体は一向に動かなかった。



「遅いです。買い物に何年かけるつもりですか」


 何年もかかってねーよ。俺があまりにも遅いのでホウカはへそを曲げていた。

 材料を買い込んで、適当に遠回りしてようやく帰ってきた頃には五時を回っていた。完全に夕食の時間だな。


「悪かったな。コンロとかも買ってたら遅くなったんだよ。どうせ無いだろ、コンロ」


「ありません」


 威張って言うな。


「上流階級のお口には合わねーかもしれんが、我慢しろ」


 普通の水炊き鍋の材料を買ってきた。特に豪華な食材もない。昆布で軽く出汁をとって、鶏肉と白菜やキノコ類やその他諸々の野菜をぶち込んで最後に市販の出汁を入れてフタをする。因みに土鍋も買ってきた。


「ほらよ」


 皿と箸をホウカに渡す。


 いい塩梅になったところでフタを取る。カツオ出汁のいいにおいが室内に立ち込める。

 俺も朝以来何も食ってないので腹が減っていた。さっそくガツガツ食べ始める。


「何してんだ。腹減ってんだろ? 食えよ」


 ホウカははしを持ったまま呆然としていた。


「何から食べればいいのですか」


 鍋にそんなルールあったっけ? まあ、いいか。


「鍋初心者は豆腐から食べるのがルールだ。豆腐は箸でつかんだもののみ食べられる」


「そうですか」


 一応木綿豆腐にしたが、かなり柔らかいモノを買ってきた。正直、おたまを使わないとつかめる代物ではない。

 案の定ホウカは苦戦した。ホウカの箸の使い方は十分に並以上だと思ったが、豆腐はことごとく崩れて一向につかめなかった。


「あなたは豆腐以外を食べていますが?」


 フラストレーションの溜まったホウカは俺をギロリと睨む。


「俺は初心者じゃないからいいんだよ。鍋ってのは誰にでも食える物じゃない。選ばれた者のみが食すことを許された神聖なる食物なんだ。分かった?」


 ホウカは作業に戻った。目がマジだ。

 俺は勢いにまかせてとんでもないことを口走ってしまったのではないだろうか。


「くっ」


 繊細なタッチと絶妙な力加減を施された豆腐。しかし無常にもホウカの箸から滑り落ちる。

 ああ~、いかん。


「何ですか、これは。理不尽です!」


 怒ったぞ。これはマズイ。


「すまん、嘘だ。そんなルールはない。何でも好きなものから食べて下さい」


「何でそんな嘘をついたのですか」


 ホウカは顔を紅潮させて、声を震わせる。


「意味はない。お前の困る様を眺めたかっただけだ」


「…………お前ではありません」


 急に力が抜けたように、ホウカは肩を落とした。

 うーん、悪いことをしたな。先に渡すか。


「これをボリスから預かった。親父からお前へだ」


 俺はパーカーのフードに隠しておいた青い封書をホウカに差し出す。


 ホウカが目を丸くする。手を伸ばして、封書を受け取ると、封を破って中の便箋に目を通す。


「お父様……」


 ホウカが便箋を読みふけっているので、俺は再び鍋に取り掛かった。

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