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#31 SRG崩壊1

「おっ、やっと出やがったな。何回電話かけさせれば気が済むと思ってんだよ。いいからさっさと学校に来いや。あ? 何ボソボソほざいてんだよ、聞こえねーよ……………………学校に行きたくない? 駄々こねるんじゃねーよ、ガキかお前は!」


 SRグループ総裁の特別背任事件が明るみになって今日で四日。ホウカが学校を休んでから四日が経った。

 俺はこの事件についてそれほど詳しくは知らないが、十年後においても戦後最大級の不正経理事件として、その筋では有名らしい。


 この事件を境に青連院の血脈は社会の表舞台から姿を消した。


 当時の霞のかかった記憶を辿ると、憶えのあることが一つ。この時期に生徒会長が交代になっていたはず。体育館に集められ、季節はずれの新生徒会長の所信表明演説を聞いた気がする。

 それはつまり、ホウカが生徒会長から退くことを意味する。


 事件後にホウカがどうなったのかは分からない。学校に居たのか、辞めたのかも知らない。どちらにしろ、ロクな境遇にはなっていないだろう。


「ぐちぐちうるせーよ。分かった分かった。こっちに来たくないなら、俺がそっちに行く。近くのファミレスでいいな。三十分後に来い。分かったな」


 ホウカとの通話を切る。元々面倒くさい女だったが、さらに磨きがかかってしまった。

 二時間目の休み時間ももうすぐ終わる。このまま行こう。

 俺は教師に見咎められないようにコソコソと学校を抜け出した。



「なんつー格好してんだよ、お前は」


 ファミレスに姿を現したホウカは背を丸めて、サイズの合わないブラウンのコートを着て、帽子を目深に被っていた。まるで人目を避けるような格好だ。隠しても青い髪が目立つからバレバレなんだけどな。


「まぁ、ちゃんと来たことだけは評価してやる。何か頼めよ」


 ホウカは何も答えない。

 俺は店員を呼んで、適当に頼んだ。昼食にはまだ早いのか、店内はガラガラだった。


「知り合いからの電話とか全部無視してるだろ。スイコがお前のことをどれだけ心配してるか知ってるか」


 事件の翌日。ホウカが学校を無断で休んだことを知ったスイコは、俺たちに事情を聞きに来た。朝から何度も電話してるけど繋がらない、どうしよう、と酷く狼狽した様子だった。

 スイコがヤクでトリップして以降、特にホウカとスイコの結びつきは強くなった。

 元々ホウカを怖がっていたスイコだったが、ホウカの面倒見の良さと牽引力に惚れこんだようで、何かと頼りにしていた。


「おい、何とか言えよ。黙っていても分からないだろ」


 ったく。子どもに説教してる親かっての。こいつもさっきから下向いて、親に怒られた子どもじゃねーんだよ。

 頼んだ料理がやってくる。マグロ丼にカツ丼に親子丼、それからしらす丼。


「好きなの食え。なんと俺のおごりだ。味わって食えよ。なんなら全部食え」


「いりません」


 やっと喋りやがった。さっきも聞いたけど声がしゃがれている。色々あったんだろうな。


「贅沢言うな。農家と漁師と畜産業者に謝れよ」


「あなたはなぜ知っていたのですか」


 俺がSRグループの崩壊を予見したことか。

 こいつには俺が十年後から来たということを話している。その話を一種の妄想と考えていたのだろう。無理はないけどさ。


「言っておくが、お前がこの先どうなるのか、俺は知らない」


 だから先に釘を刺しておいた。今を生きる人間は自分の未来など知らない方がいい。


「それで、この先どうするつもりだ」


「…………………………………………学校を辞めます」


 たっぷりと時間をかけて、ホウカはポツリと言葉を吐いた。

 いつもの覇気の欠片もない。


「あっそう。辞めるのか」


 俺は冷たく言い放つ。


「辞めさせるわけねーだろ。明日から引っ張ってでも学校に連れて行くぞ」


 ホウカが顔を上げる。その面差しはテレビで見たSRグループ総裁とは似ていなかった。母の血が強いのだろうか。


「俺はお前を手放す気はないからな」


 ホウカが呆けたように俺を見つめる。

 と、言ったはいいが、性急は良くない。こちらの要求ばかり一方的に捲くし立てても、相手はついて来ない。

 まず考えるべきは、こいつは何でこんなに落ち込んでるのか、ということだ。

 親が罪に問われて肩身が狭いのは分かるが、それだけなのだろうか。それとも元々打たれ弱い奴で、ちょっとしたことでシュンとするのか。


「お前さぁ、何でそんなに落ち込んでるの」


 ストレートに聞いてみた。

 ホウカは答えなかった。そりゃ、そうか。


「メンタル弱い?」


 何か反応しろよ。


「態度がデカイのは強がってただけなの?」


「黙りなさい」


 ホウカが食いついてきたので、もっと煽ろう。


「親が偉いから自分も偉いと勘違いしちゃったのかなぁ?」


 テーブルの上でホウカの手がブルブルと震えている。


「君はしょせんその程度の人間ですよ。親の庇護がないとピーピー泣いちゃう小鳥ちゃんで――あっちぃぃぃぃっ!」


 ホウカが目の前の親子丼を俺に投げつけた。ふわとろほっかほかの親子丼が俺の顔面に炸裂する。

 それに飽き足らないのか、ホウカは身を乗り出して付け合せのみそ汁を俺の頭上に投下する。


「ひぃぃぃーー! 何すんだ、てめぇ!」


「てめぇではありません。青連院ほうか様です」



 酷い目にあった。

 店員に平謝りして、そそくさとファミレスを退出した。痴話喧嘩は他でやって下さいって怒られたじゃねーか。

 みそ汁やら親子丼の汁やらでズブズブになって気持ち悪かったので、目に入ったメンズカジュアルの店で適当にパーカーとシャツを買ってトイレで着替えた。ショップ店員が胡散臭そうに俺を凝視していた。


「やってくれたよな、本当」


 ようやく落ち着いた俺は、恨めしそうにホウカを睨む。

 というか、こいつ普通についてきてるな。


「自業自得です。わたくしを愚弄するとは許せません」


 凶暴な奴だな。もう煽るのはやめとこう。

 ホウカがじっとこちらを見る。


「来なさい。手当てをします」


 手当てって、やったのはお前なんだけど。

 ホウカが勝手に歩いていくので、黙って後をついて行く。

 繁華街から細い路地に入る。カラスがゴミを漁っている隣をすり抜けて、古ぼけた雑居ビルに入る。五階まで階段で上がり、安っぽい扉が不快な金属音を立てて開いた。


「中はまだマシなんだな」


 五階の全フロアが今のホウカの住居になっていた。リビングが異様に広く、部屋の端にはダンボールの山が雑然と積み上げられていた。


「そこのソファに座りなさい」


 リビングの真ん中にポツンと立派なソファが鎮座していた。チラッと壁の姿見を見ると、なるほど俺は怪我だらけだった。これまで散々殴られたり蹴られた跡が痛々しい。


 ホウカはコートを脱いでその辺に投げると、ダンボールの山から救急箱を持ってきた。

 救急箱の中には包帯がたくさん入っていた。


「いてぇ……」


「我慢しなさい」


 ホウカは俺の傷口に消毒をしてガーゼを当ててから包帯を巻いた。

 慣れてるな、こいつ。


「あなたはなぜあの三人組に逆らおうとしないのですか。不合理です」


 ホウカは処置をしながら聞く。

 自分で親子丼ぶっ掛けておいて手当てする奴がそれを言うのか。


「理由がないからな。逆らわない方が早く終わるだろ?」


「理解できません」


「俺がボコられているのを影からニヤニヤして見てる奴が何を言ってるのか。観戦料とるぞ」


「あなたは戦っていません」


 そうだな。

 改めて部屋を見回す。ボロいビルの割に中はキレイだった。ピカピカのフローリングにカウンターキッチン、真新しい壁紙。


「ここは隠れ家か何かか」


「そうですね」


「飯とかどうしてんだよ」


「非常食があります」


「俺をビーフシチューにできるボディガードはどうしたよ」


「もういません」


「テレビで見たけど、親父はお前に似てないな」


 ホウカの処置の手が止まる。


「この四日で何があったのか聞かせろや。お前が戻ってくるなら手を貸す」

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