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#3 イケメンがヤンキーに告白する

 果てしなく長い授業が終わって、俺は帰宅の途についた。

 今日は疲れたからすぐ帰ることにした。


 思い返してみると、俺って学生時代に何か青春っぽいことしてたっけ?

 部活にも入ってないし、女の子と付き合っていたわけでもない。

 一緒に帰る友達もいなかった。

 当時はそんな事まるで気にしていなかったけど。


「俺ってボッチだったのか」


 周りには帰宅中の生徒が大勢いる。皆二人か三人で話しながら楽しそうだ。

 B組にいた伊庭スイコのことを思い起こす。

 友達と楽しそうに喋っていた。俺は彼女を見ているだけだった。近づいて話しかけて触りたかったけど、出来なかった。


 こんな意気地なしじゃあ、前と変わらないぞ、俺。


 自転車二人乗りの男女が俺の横を通り過ぎる。立ちのりしてる女の子のスカートからパンツが見えるかもしれないと、少し屈んでみたが、存外ガードが堅かった。走って追いかけようとしたが、五十メートルもしないうちに息が切れて、とても追いつけなかった。


 そういえば、俺って体力も全然なくて、運動神経も悪かったっけ。そういえば蹴られたところもズキズキするし。

 校門を通りすぎ、川沿いの道。


「へい! ストップ」


 俺は通りかかった自転車を止める。相手は素直に止まった。


「俺と二人乗りしようぜ」


「はぁ」


 自転車の男子は訳がわからないと云った感じで、首を傾げる。


「青春って言ったら自転車の二人乗りだろ。道交法違反なんて小さいこと言うなよ」


 俺はさっそくそいつの後ろにポジションをとって、邪魔なかばんを前のかごに放り込む。


「さあ出発だ」


 前の肩に手を置いて、後輪のステップに両足を乗せる。自転車が一瞬グラつくがまぁまぁの安定感。


「はよ!」


 催促すると、そいつはムチを打たれた馬のように、急に出発した。左右にグラグラ、前輪がフラフラ。とても無理そうだった。

 俺は自転車を降りた。


「なんだよ。進まないじゃねーか」


「無理だよ。二人乗りなんてしたことない」


 そいつは下を向いて愚痴った。


「じゃあ俺が変わるから、お前は後ろに乗れよ」


 俺もやったことないけど。

 二人は場所を入れ替えた。


「これどうやって乗るの?」


「そこの後輪の中心にあるデッパリに足を乗せんだよ。じゃあ出発。あ、俺の肩に手を置くの忘れるなよ。それがポイントだから」


 俺は重いペダルを漕ぎ出した。お、結構快調な走り出し。信号をこえて、川沿いのサイクリングロードに入る。風が気持ちよく吹いてくる。


「そっち、僕の帰り道じゃないんだけど」


「楽しいな。これが青春か。…………ん?」


 俺はあることに気付いて、自転車を止めた。


「何で男と自転車二人乗りしなきゃならないんだ? これって青春か?」


「いや、知らないけど」


 勢いでつい声を掛けてしまったが、なぜ男に声を掛けたんだ俺は。スイコと自転車二人乗りしたかった。

 急に冷めてきた。自転車を降りて、スタンドを立てる。


「自転車返すわ」


「あ、うん」


 俺は何をやってるんだろう。かばんをもってそのままサイクリングロードをテクテク歩く。帰ったら漫画でも読むか。なんといっても高校生の特権『有り余る時間』を有意義に過ごさねばバチがあたる。


 思えば俺は高校時代何してたんだ。勉強? 別に成績は良くなかったし、授業を真面目に聞いていたかというと、そんなことも全然なし。帰宅部の根暗。


 あれ? これじゃあ、やってること変わらんなくね?


 最初に決意したこともどこへやら、伊庭スイコを助けるんじゃなかったのかよ。

 俺は急にこのまま帰るのがもったいなくなり、学校へ戻ることにした。


「わっ!」


 クルリとUターンすると、目の前に人の姿があって驚いた。


「びっくりした。あ、自転車の奴。まだ居たのか」


 というか、俺の後をついてきていたのか、こいつ。

 相手も急にこっちを向いた俺に驚いたようで、ガッシャーンと自転車を倒してしまった。

 俺は慌てて倒れた自転車を起こす。


「あ、ありがとう」


「お前はなかなかのイケメンだな。さぞかしモテそうだ」


 俺は思ったことを率直に言った。イケメンはそんなことない、とばかりに首を横に振る。


「そんなことないだろう。ハメ放題の淫らな青春が送れそうな顔してるぞ」


 イケメンは何と反応していいのか困った顔をする。


「俺は用事を思い出したから学校に戻るわ。じゃあな」


 俺は手を振って学校へと歩く。


「待って」


 イケメンに呼び止められ、俺は振り返る。


「実は好きな人がいてさ。僕がモテそうって本当?」


「お、マジか。じゃあ今すぐ告白しに行くぞ」


「え?」


 俺は再び自転車のハンドルをひったくり、イケメンを従えて学校に戻った。イケメンは「多分帰ったよ」「告白する度胸なんてないよ」と情けないことをグチグチと呟いていた。

 気が弱そうだから実際はモテてないんだろうけど、やる気さえあれば多分大丈夫だろ。


「その好きな奴の名前は? 同じ学校なんだろ?」


「さ、相良良子さんっていう三年生の人」


「可愛いの?」


「可愛いっていうか、カッコいい人かな」


 駐輪場に自転車を止める。学校にいるかどうか、さっそく下駄箱を確認する。


「お。まだいるよ。良かったな」


 はたして外靴はあった。学校指定の黒の革靴。俺はイケメンの肩を叩く。


「その相良なにがしは部活やってるのか?」


「やってないと思う。部活してるところ、とか想像できない」


 何だそれ。部活してるところを想像できない高校生ってどんな人だよ。文化系のおしとやかな人で、運動なんてまるで出来ない感じの人か。

 ちょっと、いや、かなりワクワクしてきた。


「教室に行ってみるか?」


「ううん。ここで待つ」


 一度校舎の外に出て、玄関口の様子を見張ることにした。手持ち無沙汰だったので、イケメンに金をもらって購買でアンパンと牛乳を買ってくる。


「相良女史のどこに惚れたんだ?」


「この学校にはいないタイプの人で、なんていうのかな、風を切って歩くような人で、孤高って感じ」


 ん? なんか俺のイメージと違うな。


「来たよ」


 長期戦になると思いきや、たった三分で来た。俺はアンパンを牛乳で流し込んで、イケメンの指差す方を確認する。後ろ姿しか見えないが、結構背が高い。イケメンより高く、俺と同じくらい。髪が茶色でウネウネのパーマがかかってる。だいぶケバくないか、あの人?

まあ、いいか。


「よしゅあ、いふふぉい」


 俺はアンパンを口に入れたまま、イケメンの腕をつかんで、ターゲットに特攻する。駆け足で相良女史の前に回りこみ、ご尊顔を確認した。


「ぶほぉあ!!!」


 口の中身を盛大に吐き出してしまった。相良女史の名誉のために言っておくが、彼女の顔が吐きそうな程であるとか、見るに耐えないとか、そういう意味はない。

 捨て身の吐き芸が功を奏したのか、相良女史は立ち止まってくれた。


「ごほっ、あんたが相良さん?」


 こんな奴この学校にいたのか。三年以上通ったけど初めて知った。あまり芳しくないけど、ここは一応進学校だよね。

 くるぶしまである長いスカート、ガッツリウェーブパーマの茶髪、顔は可愛い部類かもしれないけど、無駄に化粧が濃くて、元々が分からなくなっている。それに目つきが悪い。右手に煙草、左手に木刀とか持たせたら、さぞかし似合うだろうな、という人種だった。


「お前、本当にこれが好きなの?」


 俺はイケメンが告白する前なのに、思わず言ってしまった。


「ああぁ~!! 何だてめぇは? いきなり吐きやがって、頭イカれてるのか、ああん?」


 こっわ。見た目も中身も変わんねーじゃねーか。この人はこの学校に何しに来てるのか。そりゃ孤高にもなるわ。


「いや、落ち着いて下さい、相良さん。実はあなたをお慕いしている一人のイケメンがおりまして、今日はそのイケメンが思いの丈をあなたにブチまけたいとやってまいりました」


 俺はそれだけ言うと、イケメンを相良女史の差し出す。


「あ、あの、その、えっと、その、ですから、え、あ、う」


 イケメンは歯をカチカチさせながら、言葉を搾り出そうとしていた。相良女史は不審そうにイケメンを見下ろす。


「ほ、そ、その、え、あ、あう、え、そ、そで」


「何が言いたいんだ、てめぇ。はっきりしろや」


 相良女史は目の前でウジウジしているイケメンに腹を立てたらしく、ガバっと胸倉をつかむ。


「はわわわっ」


 イケメンは怯えたように情けない声を出して、さらに萎縮する。


「何とか言えや、こら!」


 おっかない人だな。イケメンがおしっこちびりそうになってるじゃんか。どうすんの、これ。

 俺は腕を組んで事の成り行きを見守った。


 助けに入る? むりむり。だって、そんなことしたら刺されそうだし。校舎の裏に連れていかれて、根性焼きとシンナー漬けのメインディッシュを味わうのは嫌だ。

 俺に出来ることはここで「がんばれ!」と心の中で応援することだけだ。


「わっ!」


 何も言わないイケメンに飽きたのか、相良女子はパッと手を離す。イケメンは腰が砕けたようにその場に尻餅をつく。

 相良女史はその様子を見下ろすと、もう興味がないとばかりにその場をあとにする。

 イケメンは慌てて彼女の背中に向き直り、大声を張った。


「好きです! ずっと見てました」


 わーお。言いおった!

 相良女史は一瞬立ち止まったけど、その後は何もなかったように、歩き去ってしまった。

 イケメンはずっと彼女の後姿を目で追っていた。俺は思わず、あの人怖くね? と言おうとしたが、イケメンの中ではあの人はそうでもないようだった。


「おい、これはなんだ」


「はい?」


 俺の肩をつかんだのは、中年の中途半端ハゲだった。誰だっけこいつ? 多分教師なんだろうけど、忘れちゃった。中年ハゲはあんぱんの牛乳がけを指差している。


「元はあんぱんですね。それと牛乳」


「これはお前がやったのか?」


 口が臭いなぁこのハゲ。あまり近づかないで欲しい。


「まぁ、誰かと問われれば私なんだと思いますけど」


「では、すぐに片付けろ。ついでにこの辺の掃除もすべてやってもらおうか。私が良いというまでは帰さんからな」


 ええ~~。

 少し前までの桜並木はすっかり褪せ、残ったのは地面に散った大量の桜の花びらだった。

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