#29 こうすると過去は透けて見える
「暇してるなら、このお兄様とお出かけしないか?」
「は?」
は? って何だよ。思いっきり迷惑そうに言わないでよ。
日曜日。惰眠をむさぼっているところをお袋にたたき起こされ、朝飯を食べた後。
リビングのソファでは妹が寝そべってテレビを見ていたので、つい声をかけてしまった。
なんか夏休み明けくらいから土日になると妹のこういう姿をやたら見かける。
「いや、だから、暇そうにしてるから一緒に出かけようと思ってさ」
「何であたしがあんたと出かけないといけないの」
めんどくせーなこいつ。理由なんかどうでもいいだろ。おめーが暇そうにしてるからって言ってんだろ。
「悪かったな、忙しいのに喋りかけて。せいぜい政治討論してる老人どものシワでもじっくり観察してろよ」
朝から気分が悪くなったので、早々に退散することにした。
すると、
「待って。行かないとはいってない」
と言うと、こっちの返事も聞かずにいそいそと出かける準備を始めた。
行くのかよ。素直に行きたいです、お供させてください。キビ団子も下さいって言えよ。
妹の準備はものの一分で終わった。
早くないか? 女の準備って無駄に長いはずなんだけど。
「あらかじめ準備でもしてたのか?」
「そんなのしてないし」
あっそうですか。
とりあえず外に出る。秋も深まり、だいぶ肌寒くなってきた。妹はこの前お袋に買ってもらったレモンイエローのダッフルコートを着込んでいた。
「それ冬用だな。暑くないか?」
「別に」
「かわいいぞ」
妹はプイと横を向く。
照れた?
「どこか行きたいところあるか」
「…………ディズニーランド」
無茶を言うなよ。飛行機使わないと行けねーぞ。
そもそも中学生くらいの女の子って休日に何して遊んでるんだろう。
お手玉とかゴム飛びとかかなぁ。
「そんな事するわけないでしょ」
「じゃあ普段何してんだよ」
「ショッピングとかカラオケとか、ディズニーランドとか」
ネズミの国に行きたいのはもう分かったから。
「そうか。じゃあショッピングでも行くか」
妹は自転車を持っていなかったので、俺の後ろに乗ってもらう、予定だったけど。うーむ、前にイケメンと二人乗りしたけど、立ちっぱなしってのは疲れそうだ。俺の自転車には荷台が付いてない。
まず近くの自転車屋に行って荷台を取り付けてもらう。ついでに専用のクッションも買う。
「そんなことしなくていい」
と、妹は言うが、そういうことは取り付けてもらう前に言おうな。
準備が整ったので出発。
「ちゃんと俺の身体につかまれよ。落っこちるぞ」
妹が荷台に両手を置いて踏ん張ろうとしていたので、身体を真左に向けさせ、右腕を俺の体幹に回させた。
何か素直に従ってるな。文句は出なかった。
外はすっきりと晴れ渡っていた。
自転車を漕ぐこと十分。目的地に到着した。
「なにここ?」
「なにって、駄菓子屋だけど? 子どもの頃はよく来てただろ」
サラリーマンから高校生になって、色々な過去の記憶が霞んでいたが、少しずつ取り戻した記憶もある。幼い頃の記憶は家の周辺を散策していると断片的に立ち上がる。
この今にも崩れそうなバラックみたいな駄菓子屋は、くたばる寸前の老婆が息も絶え絶えで経営していた。小学校の頃は妹と百円を握り締めてよく訪れていた、気がする。
「よおババア、元気か?」
店の中はクッソ狭い。人一人しか通れない通路の両側に、駄菓子が無造作に陳列されていた。しわくちゃの老婆は入り口近くのカウンターでハイライトを吹かしていた。
「おやおや、田中のクソガキかい。よく来たね」
誰だよ、タナカって。相変わらずボケてるな、この老婆は。
「妹ちゃんも一緒かい。随分とでかくなったもんだ」
憶えているところもあるのか。老人って大昔のことはやたら憶えているもんだよな。
俺はよく分からん干物を買って店の奥にあるストーブで焼く。
「焼け具合を見ててくれ」
妹に干物を任せて、金を払いに行く。ついでにみかん水も買う。
「五千万円いただくよ」
「ほらよ、五億円だ。釣りはとっとけ」
五十円を払う。懐かしいやり取りだ。そういえば昔はよくこの老婆の真似をしたものだ。当時の俺にとっては芸能人やお笑い芸人よりもこの老婆の方が面白かった。
しかし色んな駄菓子が乱雑に積み上げられてるな。昔のドンキも真っ青なカオス具合だ。地震が来たら修復不能だな。あと十年は大丈夫だけど。
「あんまり妹ちゃんに迷惑かけるんじゃないよ」
老婆が俺にささやく。気色悪いから顔を近づけるなよ。
「何のことだよ」
「お前さんが無茶やらかすたびに、妹ちゃんが泣き散らかしとったさね。その右腕の包帯は何だ。また泣かす気かい?」
「俺ってそんなに無茶してたか?」
あんまり思い出せんな。妹がそんなに泣いてた記憶ないけど。
何でも妹が逐一密告してたらしく、この老婆は俺の所業を全部知っていた。そういうことって普通親に言わないか?
「焼けた」
いつの間にか妹がそばに居て、俺の袖を引っ張っていた。
奥を見ると、正体不明の干物はキレイに焼きあがっていた。
久々に食うと美味いな。これって何の干物なんだろう。未だに謎だ。
「ショッピングって言って駄菓子屋来たのに、何で怒らないんだ」
「知っててやったのか」
干物をかじりつつ、妹は刺すような目線で俺を見上げる。
機嫌を直してもらおうとみかん水を渡す。
「昔はよく泣いてたのか?」
「いきなりなんなの?」
さっきの老婆の話を妹に聞かせる。
「泣いてないし」
いや、嘘だよね。顔を逸らして言うなよ。まあいいけど。
「おら、また妹ちゃん虐めてるのかい?」
いつの間にか近くにいた老婆が俺の耳を引っ張って制裁を加える。
いてててぇ、虐めてねーし。やめろババア。
「よし、もう帰るぞ」
これ以上居ても俺がババアに虐められるだけだ。
「また来な」
老婆は腰に手を当ててニヤつく。
二度と来るかよ。
「さて、次はどこ行く?」
自転車に跨って、次の目的地を考える。
「どうせ私の意見なんか聞かないくせに」
「いじけるなよ。悪かったって。そうだ、アイスでも食べようぜ」
うーむ、返事なし。
とりあえず行くか。
こいつは俺が嫌いなんだろうな。仕方のない話だけど。兄妹ってそんなもんじゃないのか?
でも、気になることもある。こいつは何かにつけて「お母さんが心配してる」だとか「お母さんに心配かけるな」って言うけど、お袋はそれほど心配してる様子がないんだよな。で、お袋に聞いて見ると妹がせっつくから仕方なくメールしたとか抜かす始末だ(少しは心配しろよ)。
それからさっきのババアの話。
「着いたぞ」
名前詐欺の三十二種類のアイスが常備してある店は、冬が近いこともあってガラガラだった。
「ポッピングシャワー食うか?」
妹は黙って頷く。
何かすげぇ大人しくなっちまったな。まだ怒ってるのか?
俺はチョコミントにした。カウンターの横のイートインで食べる。
「美味しいか? こんな寒いのに何でアイスなんか食べるの、とか思ってるだろ」
「別に」
投げやりに言うなよ。口の中がパチパチしてんぞ。
「随分大人しいな。何か悪いものでも食ったか?」
「あんたがウルサイから」
俺に黙ってろって言うのか。
「何でそんなに機嫌が悪いんだよ。俺に悪いことがあるなら言えよ」
こっわ。刺すような視線が痛いんですけど。
「…………いったい何やってるの、それ」パチパチ
腕の包帯を指差される。
「しょっちゅう入院するし、怪我ばっかりするし、記憶喪失とか訳の分からないこと言うし」パチパチ
げっ。
妹は顔を下に向けて、ぽろぽろ涙をこぼす。
「いつか死んじゃうよぉ」
前言撤回。
俺を心配しているのか、これは。
はぁぁぁ。また女子供が泣いてしまった。どうすればいいんだよ、これ。
店員が何事かとこっちをガン見している。
「済まなかったな」
たっぷり二十分分以上経ってから、俺は切り出す。カップアイスはほぼ溶けてしまった。
「何をしてるかは言えない」
妹には悪いが、ここで止めるつもりはない。
「頭脳も才覚も持たない人間はな、大望を成そうとしたら身体を張るしかないんだよ。分かるか?」
「分からない」
だろうね。
「つまり俺は望んでこうなってるんだ」
「……マゾなの?」
違う。
うーん、どう言えばいいのか。
「分かった。なるべく死なないようにするよ。……あっ」
俺の言葉に、妹はハッとして顔を上げる。
思い出した。
これはかつての俺が放った言葉だ。
確か小学生の頃。クラスで度胸試しが流行っていて、どのくらいの高さまでなら飛び降り出来るか、という下らないことをやっていた。俺は限界まで挑戦して、両足を骨折した。
その時妹に泣きつかれて、同じセリフを言った。
そうか。俺が大人しくなったのはここからだった。――ような気がする。




