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#28 ことこ攻略4

「よう」


「あ?」


 携帯をいじっていたコトコが話しかけられて顔を上げる。そしてしかめっ面になる。


「お前は! コンビニのバイト。何でこんなところに居やがる。それと、その腕は何だ」


「クラスメイトの顔くらい憶えとけよ、氷雨ことこ。話があるからこっち来い」


 俺はコトコがついて来ることを確認せず、視聴覚室に行く。

 昼休みももうすぐ終わる頃で、視聴覚室に人はいない。


「何の用だ。万引きのことなら勝手にしろって言ったはずだぜ」


 俺を怪しむようにコトコは投げやりに言う。


「そんな事はどうでもいいんだよ。それよりも氷雨はあの三人組と縁が切れたからな」


「言ってる意味が分からん」


「だから、俺がお前の仲間のF組馬鹿三人に頼み込んで、今後お前に近寄らないように言っておいた。快く了解してくれたよ」


 散々殴られて腕折られそうになったけどな。女のくせにやたら暴力的な奴らだった。


「………………」


「嬉しくて言葉も出ないか。そう言ってもらえるとやった甲斐があった」


「お前は何なんだ。何の権利があってそんなことした」


「軽音部に戻れよ。スイコが待ってるぞ」


「は?」


「別に誰も怒ったりとかしてないから戻れよ」


「会話になってないぜ。イカレてるのか?」


「別にイカレてないよ。氷雨は何で音楽が好きなのに軽音部を辞めたのか気になっただけだ。何で辞めたの」


 コトコは俺の質問に答える気はないようで、黙ってこちらを睨む。

 まぁ、答えるわけないか。


「ある男が面白い仮説を立ててな。氷雨が軽音部を辞めた理由だ」


「下らんぜ。用がないならもう戻る。授業始まるしな」


 これ以上相手してられないとばかりに、コトコはその場から離れる。

 しかし入ってきたはずの引き戸はまるで動かず、押しても引いても開かなかった。


「出られないよ。外からつっかえ棒を噛ませてあるから。それに授業なんてどうでもいいだろ。どうせいつも携帯いじっててまともに聞いてないんだから」


 ちなみに棒をセットしたのは阿法。


「私をどうするつもりだ」


 俺は怪我していない方の手に持っていた紙束をコトコに差し出す。


「!」


 コトコは俺に近づいて書いてあるの内容を見ると、ものすごい勢いでそれをひったくった。慌てて紙束をめくる。内容を確認すると、顔を真っ赤にして両手をブルブルと震わせた。そして紙束を床に叩き付けた。


「この犯罪者! 私の家から盗んだんだろ!」


 凄まじい怒号がコトコから放たれる。

 そんなに怒るなよ。


「ちゃんとお前の妹に許可を取ったよ。お姉ちゃんがもう一度音楽を始めてくれるなら、全部持っていっても良いって言ってくれたぞ」


 コトコが歯軋りしてこっちを睨みつける。

 紙束はコトコがこれまでに作曲したスコアや歌詞だった。


「氷雨に黙って持っていった事は謝るよ。でも、その曲は人に見せたり聴かせるための曲だろ。そのまま自分だけで抱えるのはもったいない」


 俺は出来るだけ冷静に諭したつもりだったが、コトコの表情を見ると効果はなかった。それどころか、


「こんなもの!」


 床に叩き付けた紙束を拾うと、勢いに任せて引きちぎった。執拗に何回も破ると、コトコの周りに紙ふぶきが舞う。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 コトコは肩で息をする。


「軽音部を辞めてからも書いてたんだな。お前の心情が手に取るように分かったよ。歌詞にそのまま表れてたからな」


 コトコは何も言わない。


「ドラムの先輩から当時の話を聞いたけど、スイコの成長具合は凄かったそうだな。今、軽音部に新しいギター担当が入ったんだけど、そいつより遥かに早かったってさ。才能かねぇ?」


「…………」


「教えた奴がさぞかし上手かったんだろうな。でも、教えた奴の気持ちはどんなんだっただろうな。単純に嬉しかったんだろうか?」


 一呼吸おいて、コトコの様子を確認する。今にも襲い掛からんとするほど身体を強張らせていた。


「それとも、自分より遥かに上をいく才能に絶望して、その場に――」


「やめろ!」


 コトコが襲い掛かってくる。弾丸のごとく突っ込んでくると、そのまま覆いかぶさるように俺を押し倒した。


「何なんだお前は、ふざけんな!」


 コトコはそのままマウントポジションを取ると、俺を殴る。


「何様なんだよ。お前に何が分かんだ!」


 俺は特に抵抗しなかった。殴られ放題だ。昨日といい今日といい、最近の女は実に凶暴だ。

 何分くらい続いただろう。俺もいい加減殴られ慣れたな。良い事じゃないけど。

 コトコはそのうちに殴り飽きたのか、俺の胸に両手を置いてうな垂れる。


「気は済んだか?」


 口を切ったみたいだ。血の味がする。

 コトコの表情はその長い金髪に隠れて見えない。


「悪かったよ。氷雨の心に秘めていたことを暴こうとしたのは、悪気あってのことじゃないんだ」


 言ってから思った。悪気とかそういう問題じゃないな。


「俺は氷雨が羨ましいよ。こんだけ打ち込めることがあるんだから。それを阻むのが他の奴の才能だったとしたら、それはもったいないぞ。音楽は誰かと競争するもんじゃないだろ」


「……せぇ」


「うるさいなら黙る。俺には氷雨が必要だからな」


 コトコが顔を上げる。あーあ、泣いてるよ。誰だよ泣かせたのは。

 それより、こいつは何で泣いているんだろうか。

 まぁ、泣き止むまで待つか。


 しかし冷静になってみると、この体勢はマズイな。教師に見られたら停学くらいそうだ。

 目のやり場に困ったので、俺の胸を圧迫しているコトコの手を見る。細くて長い指はギターを弾くのに向いていそうだ。


 圧倒的な力の前に自分の無力さを思い知らされるとは、一体どんな気持ちなのだろう。俺には分からなかった。コトコの感情に気付いたのは阿法だった。「経験者は語るだよ」と阿法は言っていた。詳しいことは聞かなかったが、そのうち聞くかもしれない。


 そうこう考えているうちに、コトコがその場で立ち上がり、ポツリと呟く。


「帰る」


「いや、帰さねーよ。何で泣いてんだよ」


 コトコがどいたので、上半身を起こす。顔が痛い。鎖骨も痛い。


「…………自分が情けない。貴様みたいなゴミクズにいいように言われて」


 前にも誰かにゴミクズって言われた気がするぞ。俺ってもしかして本当にゴミクズなのか?

 まあいいか。


「情けないついでに聞けよ」


 俺はスイコのことを話した。コトコが離れてからまったく成長しなくなったこと(むしろ退化している)。最近元気がないこと。そして、


「スイコは氷雨が帰ってくるのをずっと待ってるぞ。いつか軽音部の合宿で、スイコがラリッてお前のための歌を歌ってたよ」


 このまま何もしなくてもスイコはいつかデビューするだろう。俺が前にいた世界でもそうだった。スイコがデビューしたのはスイコが高校を卒業して二年くらいしてから。スイコの才能を誰かが見出して世界の舞台に引き上げた。そしてスイコは死んだ。


 でも、もしスイコのそばに誰かがいれば、その結果は変わるかもしれない。その誰かはもしかして氷雨かもしれない。


「スイコには氷雨が必要なんだよ。軽音部に戻ってくれ」


 俺は立ち上がって、コトコに手を差し出す。


「………………分かった」


 長い長い沈黙を経て、コトコは躊躇いがちに応えた。


 差し出した手は無視されたが。


「よっしゃ。じゃあ行くか」


「え? どこに」


「どこにって決まってるだろ。軽音部だよ」


 俺のフィンガースナップの合図とともに、視聴覚室の扉は開錠された。一度やってみたかったんだよな、これ。

 開けたのは阿法だった。


 部室に行く途中、コトコがやっぱり明日にしようと怖気づいたが、当然却下した。


「ちーーーーーーーーっす! 一人お届けに参りました!」


 ラーメン屋の出前のごとく軽快な挨拶で軽音部部室にやってきた。

 部室には部員全員が揃っていた。先輩二人とイケメン、偉そうに椅子に腰掛けて部活を見ているホウカ、そしてスイコ。


 全員が俺たちに注目する。一人事情を知らないイケメンはポカンとしている。

 スイコは俺と視線が合うと、慌てたように顔を背けた。

 あ、忘れてた。俺ってスイコに嫌われてるんだった。


「氷雨君……」


 呆気にとられたベース兼ボーカルの部長の言葉に、スイコはハッとしてこちらを向く。


「ひーちゃん…………」


 スイコは目を白黒させ、胸を突かれたように、その場に凍りついた。

 スイコを見たコトコの表情は堅い。


「ほら、行けよ」


 俺はコトコの背中を軽く押す。

 弾かれたように一歩踏み出したコトコは、勢いのままに歩き出す。部長の前まで来ると、一度深呼吸して高らかに宣言する。


「またここで音楽をさせてください!」

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