#24 堕ちたロッカー、氷雨ことこ
あの合宿から約二ヶ月が過ぎた。
夏休みはとっくに終わった九月の下旬。
俺は退院して、ようやく学校に復帰することが出来た。両腕や肋骨は激しい運動をしなければ問題ないレベルになったが、鎖骨は未だ元に戻らず、日常生活の中でリハビリしていくしかなかった。
当分は無理の出来ない身体になってしまった。
「氷雨ことこか」
「どうするかね? 私としては彼女を動かすことが伊庭君を動かす近道だと思うがね」
たいぶ涼しくなった昼休みの屋上。
以前に阿法から聞いていた生徒について二人で話し合っていた。
昨年の一時期軽音部に所属していてスイコの友達だった女子、氷雨ことこ。
元々スイコとコトコは中学の時からの友達で、コトコはその頃から軽音をやっていた。同じ高校に入学してスイコを軽音に誘ったのはコトコだった。
しかし、コトコは一年の七月前に退部してそれっきりだった。そして、二人は仲違いした。仲が悪くなった理由は分からないが、ホウカの調べによればスイコには身に覚えがない、コトコの一方的な縁切りだったらしい。
「殴られる前だ、君にも覚えがあるだろう。ヘロインで浮遊状態にあった伊庭君が口走っていた言葉だ」
「『次はひーちゃんの曲ね』って言ってギター弾いてたな。あれって氷雨のことか」
「伊庭君はかつて彼女のことをそう呼んでいたらしい。間違いないだろうね」
「スイコは氷雨に戻ってきて欲しいのか?」
「そこまでは分からないが、未練はあるだろうね」
氷雨コトコは俺たちと同じE組にいる。一年の頃はスイコと同じA組だったので、かなりの落ちぶれようだ。
今日の授業中に彼女の様子をそれとなく観察していた。
「あいつ、まったく授業聞いてなかったぞ。ずっと携帯いじってた」
「それはけしからんな。学生の本分を忘れていないかね」
いや、寝てたお前がどうこう言うなよ。
「氷雨のお友達はお世辞にも柄のいい連中じゃないらしいけど、その辺は知ってる?」
「青連院君の調べによれば、放課後、土日と家に帰らず繁華街をうろついている」
ふーん、不良娘か。
「じゃあ、今日は内偵調査といこうか」
「それは私がやろう。君は家で休んでいたまえ」
「何でだよ。直接見ないと分かんないだろうが」
「君の母上に何度も念を押されてね。君は夜遅くなるたびに私の家に泊まっていることにしていたそうだね」
「お前の家なんか知らねーけどな」
「早く帰るように言ってください、と病院で頼まれてね。しばらくは自重したまえ」
あんまり両親や妹に迷惑かけるのもアレか。
俺は肩を落とす。
「はいはい。その代わり俺の買ったビデオカメラ持っていけ。それで氷雨の様子を撮ってきてくれ」
☆
「やっと退院できたんですね。合宿中にいきなり病院送りになって本当にビックリしたんですよ」
部活を終えたイケメンを捕まえてファミレスに誘った。
イケメンは入院中にも何度か相良女史と見舞いに来てくれた。うーん、いい奴だ。
イケメンはスイコと俺たちの事情を知らない。合宿の二日目以降、スイコは禁断症状のために隔離され、イケメンは一人でジョニーサンダースの指導を受けていた。
「ねぇねぇ、伊庭さんの様子がおかしいのって本当にお二人は関係ないんですか?」
何度目だよ、その質問。
入院中にも幾度となく聞かれた。
「別に関係ないって。スイちゃんに聞けばいいじゃん、そんなの」
「だって、いつ聞いても何でもないってはぐらかされるからさぁ。その割には全然元気ないし。軽音部の先輩たちも困っててさ」
「それは実に困ったことだ」
「いやいや、だから伊庭さんにお二人の名前出すと怒るんですよ? 絶対に何かあったでしょう」
スイコの奴、もっと上手く隠せよ。
「まあ、イケメンがあると思うんだったらあるんだろうな。お前の中ではな」
「なんですか、その煽ってるみたいな言い方?」
「まぁまぁ、ポテトでも食って矛を納めろよ」
山盛りポテトがやってきたので、皿をズズイとイケメンの方に寄せる。
「ところでさ、ちょっと相良女史に用があるんだけど、今呼べる?」
「ムグムグ、連絡してみますよ。家近いからちょっとだったら大丈夫だと思いますけど」
イケメンが頼もしくみえてきた。
孤狼と呼ばれた相良女史を軽々しく召喚しようとするとは。
「すぐ来てくれるって」
待つこと十分。二人でポテトを半分くらい食べていた。
「誰ですか、あなた?」
そこに現れたのは俺の知っている相良・孤狼・良子とは似ても似つかない格好をした乙女チックな少女だった。
ボーダーのワンピースにレモンイエローのカーディガン。
チリチリの茶色パーマはいつの間にか黒髪のストレートになっていた。
「やだなぁ、良子さんですよ」
相良女子がギロリと俺を睨む。
「何の用だ、小僧」
相良女史はイケメンの隣にどっかり腰を降ろす。
小僧って。態度は以前とまったく変わってないっすね。安心しましたよ。
「いやぁ、お呼びたてして申し訳ありません。本来ならこちらから伺うべきところでした」
本題を切り出す。
「聞きたいことがありまして。相良先輩はこの辺の不良の掌握してるわけですから――」
「掌握などしていない」
「ですから、ちょっと不良界隈のことについてお聞かせいただけたらなぁ、と愚考する次第でありまして、その――」
「不良界隈など知らん」
つれないな、この人。もうちょっと優しくしてよ。
「こいつの顔とか見覚えありませんか?」
俺は鞄から写真を一枚取り出して、相良女子に見せる。
「これは?」
相良女史は写っている氷雨ことこを睨み殺すような視線を向けてから問うてきた。
「この学校の不良四人組の一人です。不良と言っても学校で悪いことをしてる、という感じではないですけど」
「見覚えがある」
相良女子が言うには、ある一時期よく勧誘を受けていたらしい。
勧誘というのは、遊びに行かないか、という何とも女子らしいものだったが、その実態は用心棒的な扱いだったらしい。
繁華街で遊んでいて声をかけてきた男たちを追っ払うために、相良女史が手を下した。
「一回で懲りた」
それ以降の誘いは全部断っているが、それでも彼女らは時々声をかけてくるらしい。
その四人の中に氷雨ことこがいた。
「金髪で目立つから覚えている」
あんたの時代遅れの髪型も随分目立ってましたよ、って言ったら半殺しにされるだろうな。
コトコは目立つ髪型をしているが、グループでの立場は微妙だった。
相良女史はテーブルの写真に目を落とす。
「他の子が三年生でこの子だけ二年生だったからかもしれない。使い走りのようなことをさせられていた。あくまで自分の印象だが」
「その三年生たちの名前とか分かる?」
「憶えてない。ただ、三人ともF組だと言っていた」
F組か。明日あたり少し覗いてみるか。
俺の携帯が振動する。妹からのメールだった。
『お母さんが怒ってる。はやく帰ってこいバカ』
さて、そろそろ家に帰るか。
「情報ありがとうございます。俺はそろそろ帰るよ」
「今度はその人を口説くんですか?」
今まで黙っていたイケメンが楽しそうに言う。
「今度はってなんだよ。いつも口説いているみたいに言うなよ。じゃあな」
「パフェが食べたい」
相良女史が帰ろうとする俺の腕をつかむ。
「そ、そうですか。それなら隣の彼氏におごってもらえば――」
ぎゃああ、腕が折れるぅぅぅ、治ったばかりなのにぃぃぃ。
「パフェが食べたい」
「かしこまりました。おごらさせていただきます。お二人でごゆっくり」
この人怖いよ。




