#21 ドラッグ合宿の惨劇3
「よし、トランプでもしようぜ」
湿っぽくなったので、気分を変えよう。
セブンブリッジ。あ、知らないよね。ポーカー。良く分からないですか。
「じゃあ、七並べにしようか」
テーブルの上を片付けて、カードをシャッフルして四等分に配る。
場にカードを出せない場合のパスは三回までのルール。それと何も賭けないのはつまらないので『敗者は勝者の質問一つに嘘偽りなく答えること』という条件をつけた。
「そう言えば、親父さんはよく合宿行くの許してくれたね」
全員が一枚ずつ「7」を出す。
「う、うん。お姉ちゃんが説得してくれみたい。それと、青連院さんが一緒だから安心だって」
親父に信用されてんな、お前。ホウカは澄まし面で「5」を出す。
「あの親父怖いんだけど、何でいつもあんなに怒ってるの」
「はは、ごめんね、いつもあんな感じで。根は悪い人じゃないんだよ?」
俺は「10」を出す。
「あのディナーは実に美味であった。やはり料理の上手い女性は素晴らしい」
ホウカが「2」を出す。スイコが小声で「そ、そうだね」とつぶやく。
この場でそれを言う必要ねーだろうがメガネ。スイコ姉の前で言えよ。
「ハートの「4」を止めているのは誰ですか。早く出しなさい」
「は、はい」
ホウカのあり得ない命令で、弾かれたようにスイコがカードを出す。
「脅すなよ。スイちゃんも出さなくていいから」
「ス、スイちゃん?」
スイコが驚いたように俺を見る。
「どうかした?」
「う、いや、なんでもない」
俺は「1」を出す。
誰だよ。「11」を止めてる奴は。全スート(トランプのマーク)でエースまで出揃ったのに、絵柄がまったく出てこないぞ。
「パス」
ホウカが初めてのパスをした。パスは三回までで四回目で失格。ホウカ以外の三人はこれまでに一回ずつパスしているので、これで全員パス一回だ。
次のスイコと阿法もパス。
仕方なく俺は持っていた唯一の「11」を出す。これでスペードは揃うはず。
「パス」
ホウカはまたパス
は? おかしくねーか。俺以外の誰かが「11」を持っているはずなのに、三人ともパスって。
スイコはまたパス。阿法が「12」を出し、俺も出せるカードがないのでパス。
「どうなってんだよ」
ホウカは三回目のパス。
阿法はパスで、スイコは「13」を出す。俺はまた出せるカード無しでパス。
これでパス回数は全員三回。
ホウカがダイヤの「11」を出す。
「やっぱりお前かよ」
「お前ではありません」
ホウカはスイコに次を促す。
「負けです」
スイコはうな垂れる。残り二枚のカードを机上に出す。クラブの「12」と「13」
「駄目なようだね」
阿法も四回目のパスでカードを手放す。ダイヤの「13」とハートの「13」
やられた。俺の負けだ。
俺の手持ちはダイヤ「12」とハート「12」。ホウカの手持ちはハート「11」とクラブ「11」。次で俺はダイヤの「12」を出すしかなく、ホウカがクラブ「11」を出せば俺はパスするしかない。
「俺らの手持ち札が分かってたのか?」
俺はダイヤの「12」を出す。
「何のことでしょう」
ホウカはハート「11」を出した。
こいつ馬鹿か? 何でわざわざそっちを先に出す。
俺は残り一枚のハート「12」を出して上がった。
「何考えてんだよ、青連院ほうか様よぉ」
ホウカは手元にあるクラブの「11」に目を落としている。
「伊庭さん」
ホウカは顔を上げて持っているカードをスイコに見せる。
「このジャックはなぜクラブのマークから顔を背けていると思いますか?」
スイコは吸い寄せられるようにトランプに顔を近づける。
ふと机上にあるジャックを見てみると、ジャックはスートによって表情が異なっていた。
「スートにはそれぞれ意味があります。クラブは英知の証です」
ホウカは机上のジャックを指差す。
「ハートは愛、ダイヤは金、スペードは死を意味します。ジャックは若者故に、死から顔を背け、英知を嫌い、金や愛を好みます」
よくよく絵柄を見ると、ホウカの言うとおり、ジャックの顔の向きがスートごと違っている。しかしクラブのジャックは確か……。
「いつまでも死を抱えている人間もいますが、わたくしにとってこの英知は何よりも重要なのです」
「あ? 死を抱えているって俺のことかよ。青連院ほうか様は金が一番重要なんじゃねーの?」
俺の与太な物言いにホウカはクラブのジャックを残ったスペースに置く。
「愚問です。金は英知の結果に過ぎません。さて、伊庭さん。あなたにとって一番重要なカードは何でしょうか」
「え、えっと……」
スイコは困ったように四枚のジャックを見つめる。
「おい待てよ。勝ったのは俺だぞ。質問が俺がする」
ホウカはムッとしたが、何も言わずに腕組みする。
「ねぇねぇ、スイちゃん。今好きな奴とかいる?」
「え?」
あ、一瞬で赤くなった。
何この恋しちゃってる顔。ムカつくんだが。
「嘘はつかないでね。嘘って判ったらすごく怒るよ?」
「う、べ、別に好きな人なんていないよ」
スイコは斜め下を向いて目線を逸らした。
「ふーん、そう。良く分かった。じゃあもう一つ質問。さっきのホウカの質問の答えは? これは強制じゃないから答えなくてもいいけど」
「ハートかな?」
今度は即答した。
「好きな人はいないけどハートなんだね」
「う、うん」
うーん。なんだか尋問してるみたいで気分が悪くなってきた。やめよう。
「そういえば阿法は好きな奴いるのか?」
至極どうでもいい興味もまったくない質問を振ってみた。
「ふむ。この焼き菓子は最高だな。やはり原料は厳選してシンプルにするのが一番だ。そして作りたてが最も良い」
聞いてねーよ、そんな事。じゃあその菓子と付き合ってろよ。
「わたくしはそろそろ寝ます。従者を待機させますので、必要なものがあれば卓上ベルを鳴らして下さい」
ホウカはドリンクサーバーの横にある丸いベルをテーブルまで持ってくると、部屋を後にする。
「ふぅ……」
スイコが椅子からずり落ちる。
「緊張しすぎじゃない? あんなの親が金持ちなだけの偉そうにしてるガキだって」
「そんな風に思えないよ。それに青連院さんの言ったことは悔しいけど正しい」
スイコは立てかけてあるギターを手に取って、かき鳴らす。
「何で上手くならないんだろう。やっぱ真面目にやってないのかな、わたし」
「少し聞きたいのだが、いいかね?」
目の前の菓子を粗方食い尽くした阿法は紅茶をがぶ飲みして満足していた。
「軽音部にはかつて君と同じギター担当の女子が居たらしいが、彼女は今どうしているのかね?」
「何でそのことを知ってるの?」
「ちょっと小耳に挟んでね。仲の良い友達だったそうじゃないか」
「…………」
「あまり人には言いたくない類の話かね? ならば無理に聞くことはしないがね。ただの私の勘なのだが、伊庭君が上手くならない理由は彼女が関係しているのではないかね?」
何だよそれ。初耳なんですけど。こいつはいつの間にそんな事を調べてたんだよ。
スイコは口をつぐんで、ギターのコード練習を始めた。
「あんまり問い詰めんなよ。せっかくの楽しい合宿なんだから。スイちゃんは何か飲む?」
俺は立ち上がってドリンクサーバーで準備する。ストローもつけよう。
「じゃあポカリで」
「はい」
スイコは手を止めてカップを受け取る。
「ありがとう。あのさ、わたしも聞きたいことあるんだけどいいかな?」
「なんなりとどうぞ、お姫様」
「実に臭いな、君は」
「お前は黙れ」
「君たちは仲が良いよね。羨ましいな」
スイコはギターを脇に置くと、椅子の上で体育すわりする。
ギリギリでパンツが見えないなぁ。
「あのね、何で新しいギターのお金を出してくれたの」
「それは前にも言ったと思うがね。伊庭君と栄坂が不良に絡まれた時に、この男が無闇に飛び出したせいでギターが破壊されたのだ。弁償する義務があるだろう」
「ないよ、そんなの。助けてもらった上に、そんな事までしてもらったらダブルで借りだよ」
「俺らは殆ど払ってないよ。九十九パーセントはホウカの奴が払ったんだからな」
嘘だけどね。
「青連院さんってカッコいいよね。キレイだし、颯爽としてて、頭もいいし、ハッとさせられること言うよね」
あと、性格の悪い下衆だよな。
「何で青連院さんはわたしの面倒を見てくれるのかな。あ、そういえば、さっき言ってたこと。青連院さんが『この男が随分買っている』って言ってたけど、どっちのこと?」




