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#20 ドラッグ合宿の惨劇2

 普通の高校生は麻薬打っていいですかって言われて、「うん、いいよ」とはならない。


 社会による啓蒙がそうさせているが、社会に反発したくなるのもちょうど高校生くらいの年頃で、社会通念を打ち壊そうとするロックな軽音部員なら、お薬との親和性はより一層強いと言えるのかもしれない。


 スイコが社会に反発するロッカーかと言われれば、そんなことはこれっぽっちもないし、社会の規範となるべく警察官を親にもつことから、その手の教育は十分に行き届いているのだろうと推察される。


 だから、ヤクやろうぜ、とスイコに言っても、うん、と言ってくれる可能性は極めて低い。と、素人なら思うところだろう。


 だが、俺は知っている。ヘックで書いたスイコの歌詞には確かにロックがあった。

 それが誰の影響によるものかは分からないが、国会の豚共を丸焼きにしろ、だとか、とりあえず殴り合おう、とか、バイクで橋からダイブしてみろ、とか、芋の煮汁を神父にぶちまけるべき、などといった歌詞はそれまでのヘックには無かったものだった。


 ということは、一見いい子ぶったスイコの中にもはっちゃけた一面があるわけだ。


 ジョニーの指導は夕飯前まで続いた。イケメン、スイコともにクタクタになり、夕食では言葉数少なかった。

 ホウカが用意した使用人兼コックの腕前は確かなもので、真夏のクソ暑い中で食う熱々の牛タンシチューは「君、出る時期間違えたの?」という疑問以外には文句のつけようにない出来だった。阿法の奴が四杯もおかわりしていた程だ。


 夕食後に風呂から出てきたスイコへ、阿法が偶然を装って話しかけ、談話室に連れて来てもらった。

 談話室は適度に冷房の効いた広い部屋で、ドリンクサーバーとテーブル椅子の一式以外には何もなかった。


「池君はいないの?」


 ティシャツとハーフパンツのラフな格好のスイコはリラックスしていた。


「あいつは疲れたから寝るってさ」


 夕食時に盛った睡眠薬が効いたみたいで、イケメンは風呂にも入らず眠っている。朝までは何があっても起きないだろう。

 俺は麦茶を注いで、スイコに渡す。


「ありがとう。せ、青連院さんはいないんだね」


「ホウカのことは苦手?」


 この前のダブルデートや食事会の時も思っていたが、スイコのホウカに対する態度は堅かった。


「そうやって呼び捨てにするのって君たちくらいだよ」


 要は俺や阿法がおかしいのであって、私は正常な人間だ、と言いたいのか。そう言っていられるのも今のうちだぞ。


 ドアが開いてホウカが現れる。

 おお。ベージュに白いヒラヒラのいっぱいついたネグリジェっぽいロングドレス姿だった。

 一緒にいる使用人は人数分の紅茶と焼き菓子のティートレイを載せた台を押していた。


「揃っているようですね」


 ホウカが合図すると、使用人は優雅な手つきでティーの用意を済ませる。


「ほう。美味そうな菓子だ」


 阿法がじゅるりと舌なめずりする。

 こいつ夕食散々食っといてまだ食うつもりか。

 使用人が一礼して部屋を後にする。


「伊庭スイコさん」


「ひ、ひゃい!」


 真向かいに座ったホウカに対して、スイコは居住まいを正して緊張する。


「練習はどうでしたか。ジョニーは妥協しない性格なので苦労したことでしょう」


「あ、はい……」


 こいつ分かってて聞いてるな。

 さっきジョニーとホウカが喋っているところを聞いたけど、思わずあの外人をぶちのめそうかと思ったよ。


『HAHAHA。あのボーイは見所ありマース。それにしてもあのガールがグッドフォーナッシングでーす』


 思い出しただけで腹が立ってくる。てめえにスイコに何が分かるんだよ、メリケン野郎がよ。


「わたし、下手なので迷惑だったかもしれません。ジョニーさんを怒らせてしまって、その」


 あの外人の半殺しが今決定した。今夜潰すとしよう。


「謙遜しなくていいです。今日の成果を見せていただけますね?」


「え?」


 スイコが固まった。ホウカの言い方は丁寧だが、慣れた命令口調だった。


「で、でもギターがないですし……おすし……」


「では今すぐ持ってきて下さい。楽しみにしています」


「は、はい」


 スイコは言われるがままに立ち上がると、すごすごと部屋を出て行った。


「おい、どういうつもりだ。このスットコドッコイ」


 俺はすまし顔で紅茶をすすっていたホウカを睨み付けた。


「すっとこどっこいではありません。青連院ほうか様です。何か問題でもありますか」


「大有りだ。俺のスイコを虐めるなよ。リコーダーの試験で下手くそな奴が何回もやり直しさせられてるのを見たことあるか? いい晒し者だぞ」


「それで?」


「それで? じゃねーよ。可哀想だろうが」


「あなたの決め付けの方が失礼です。伊庭スイコさんに対する侮辱です」


「おい、こんなこと言ってやがるぞ。食ってないでお前も何か言ってやれよ」


 阿法は俺らの言い合いに我関せずで焼き菓子を食い漁っていた。


「ふむ。まず、俺のスイコなどと言っているが、君のものではないな」


「そこはどうでもいいわ」


 下らない言い合いをやっている内にスイコが帰ってきてしまった。

 爆音を出しても問題ないが、さすがに重いのかアンプは持ってこなかったようだ。

 ギターケースから取り出されたギターは淡い青の鮮やかなキルトメイプルのエレキギター。俺が直感でカッコいいと思って買ってしまったが、果たしてスイコは気に入っているのだろうか。


「あ、あの、何を弾けばいいですか?」


 同学年なのにホウカに対しては敬語のスイコ。チューニングを終えて、さあ弾こうとして恐る恐る問いかける。


「こいつに敬語使う必要はないぞ。俺たちと同じクソガキなんだからな」


 俺はスイコの緊張をほぐすために軽い感じで助言する。


「こいつでもクソガキでもありません。青連院ほうか様です」


「す、すみません」


 なぜかスイコが頭を下げて謝る。

 あーあ、余計に緊張しちゃった。せっかくの俺の気遣いが水の泡じゃねーかよ。


「何を弾いてもいいです。好きなもので」


 ホウカは改めて答えると、スイコは立ち上がって背筋を伸ばす。

 スイコはピックを軽く握って、フレットを押さえて、軽く音を出す。


 うーむ、しょぼい。


 いやいや、スイコが悪いんじゃなくて、アンプのないエレキギターって三味線みたいだな(三味線なんか聴いたことないけど)。もっとギューイーーーンって感じのやつ聴きたいな。


 たどたどしいスイコの手つき。覚束ないメロディーはしばらく聴いてると何の曲か判った。

 ビートルズのレット・イット・ビーか。

 作曲したポールマッカートニーは亡くなった母親の夢を元にこの曲をつくったらしい。伊庭家での食事会で気になったんだけど、あの家には母親がいなかった。離婚したのか、亡くなったのか。何となく亡くなったんだろうな、と勝手に思っている。


 途中何度もつっかかったが、スイコは何とか演奏を終えた。上手いかと問われれば、うん頑張ったとしか答えられない。


「あなたは一年間何をやっていたのですか?」


 ホウカがドストレートにスイコの演奏を酷評した。


「え?」


 スイコが呆けたようにホウカを見つめる。


「この男が随分とあなたを買っているので、どれほどのものかと思いました。残念です」


 このアマ、調子に乗ってんじゃねーぞ、何様だお前は。と言いたかったがスイコの手前、ぐっと堪えた。


「あ……」


 スイコの両目にみるみる涙がたまっていく。

 俺はテーブルの下でホウカの脚を蹴っ飛ばす。

 ホウカが殺さんばかりの視線を俺に向ける。

 それより今にもしくしくと泣き出しそうなスイコを何とかしろと、アイコンタクトで促す。


「伊庭君。青連院君は君に期待してるのだ。期待してない者に残念と感じることはないであろう? 涙を拭きたまえ」


 さっきまで演奏そっちのけで焼き菓子をむさぼっていた阿法が突然口を開くと、どこから出したのかハンケチをスイコに差し出した。

 スカした真似すんなメガネ。それは俺の役目だろうが。

 俺はもう一度、今度は軽くホウカの脚に触れる。


「少し言い過ぎました。一週間あるので、頑張って下さい」


「は、はい。済みません」


 ホウカの言葉にスイコは恐縮したように頭を下げた。

 スイコは完全に恐れをなしてしまったようだ。

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