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#2 登校

 お袋から弁当箱を受け取って、マンションの十一階にある家を出た。

 腕時計を確認すると七時四十五分だった。あれ、学校って何時に始まるんだっけ?

 カバンのサイドポケットをまさぐると、生徒手帳があった。


「朝は八時半までに校門に入れば良い、と」


 何で学生の朝ってこんなに遅いんだろう。俺の会社は六時までには出社してタイムカードを押さずに掃除しなけりゃならんのに。

 さすがに高校の場所は覚えていたので、その方向に向かって――


「あ、鍵忘れた」


 自転車に乗って電車の駅まで行くんだった。もう一度、登校経路を思い返す。自転車→電車→バスの順だった。

 自転車の鍵を持って再び降りてくる。


「あ、定期券忘れた」


 もぉぉぉーーーーーーーーー! って、牛か。

 定期券も用意して、今度こそ忘れ物がないことを確認して、出発する。

 自転車はサビサビでまったく手入れされてなかった。オイルが足りないのかチェーンからギシギシ音がする。

 久々に電車に乗り、バスに乗り換える。この時点で完全に遅刻であると気付く。時刻は八時二十九分。バスには誰も乗ってなかった。


「学生に戻っても遅刻かよ」


 思わず愚痴がこぼれた。そういや俺って何組なんだっけ? 生徒手帳で確認すると、2-Eだった。思い出してきた。確かこの学校はテストの成績順にクラス編成がされてて、S組を筆頭にA、B,C、D,E、Fとなっていたはず。つまり俺はかなり低能な部類になる。まぁ、知ってたけどね。

 学校前にバス停で下りて、校舎の玄関口に入る。


「下駄箱の場所が分かんねぇ」


 一つずつ場所を確認してさらに時間を食った。

 授業中に教室に入るとか、すごい嫌なんですけど。やっぱ土下座しないと許してくれないよね。俺は時間を確認する。授業が始まるのが九時で五十分授業。現在九時半。このまま二十分待ってて、授業終わってからこっそり入ろうかな。


「あっ」


 俺は重大なことに気付いた。自分の席が分からない。年間を通して何回も席替えをしていたはずなので、仕方のないことだけど。

 それなら授業中の席が埋まっている時に入っていかないと分からない。2-Eまで来て確信した。この学校は窓がすりガラスになっていて、外からでは教室の様子が分からなかった。


「大変申し訳ありません! 遅刻しました」


 扉を勢いよく開けて、朝礼のスローガン唱和のごとく声を張り上げた。

 先生、生徒ともに一斉に俺を見る。


「席に座りなさい」


 俺が続いて土下座に移行しようとすると、老教師はこともない様子でのたまった。

 さいですか。良かった。さて、


「うっ!」


 空席が二つある。一つは教壇のすぐそばの最前列。もう一つは窓際の最後列。

 ははーん。そういう訳か。これは分かった。窓際の最後列といえば主人公の特等席じゃないか。俺の席はあそこしかない。


 と、普通の素人ならそう思うことだろう。しかしこれは引っ掛けだ。そう思わせておいて実は最前列というのが最近のセオリーだ。

 俺は自分でも何を言ってるのか分からないが、とにかく直感にまかせて、最前列に着席した。


「あの、そこアホウ君の席だけど」


 隣の女子が小声で俺にささやく。

 しかし、俺が阿呆だと?


「俺が阿呆ってどういうことかな?」


 俺は若干切れ気味でその女子に問うた。


「え、いや、そこに名前彫ってあるでしょ」


 女子の指差す先には、机面に彫刻刀かなにかで彫った『阿法典清』なる文字があった。

 ああ、人の名前か、アホウって。こんなアホな苗字の奴が同じクラスにいたっけ? 高校生にもなって自分の名前を机に彫るあたり、名前負けしないレベルの奴に違いない。どちらにしろ近寄らない方がいい奴だ。


 俺は愛想笑いを浮かべて、そそくさともう一つの空席に移動する。クラスメイトの視線が痛い。

 どっかりと席について、息をついた。


「あっ」


 俺の声に隣のマルコメ野郎がこっちを見る。

 やばい。教科書とかノートを持ってくるの忘れた。カバンには弁当しか入ってない。学校に何しに来たんだ。なんかさっきから忘れてばっかりだ。


 と、思って机の棚に手を突っ込んだ。

 さすが俺。棚の中にぎっしりと教科書ノート類が詰め込まれていた。そういえばテスト期間ですらノートを持ち帰った記憶はない。

 そもそも勉強する気などさらさらないので、教科書なんて無くても良いのだが。

 やばくもなんともないな。


 ようやく落ち着いて、俺は教室を見渡した。

 知った顔は……ないな。憶えてない奴ばっかだ。こいつらと一年を共にしたはずなのに、何で憶えてないんだ?

 俺はよくよく考える。こいつらが無個性だとか、多分そんな問題じゃない。


 この場に帰ってきて段々思い出してくる。当時の俺は若い時に特有の病気を発症してたんだ。人に興味はない、とか今考えると身もだえしたくなるような斜に構えた態度をとっていた。友達らしい友達もおらず、俺はこの青春時代に何をしていたのか。帰宅部で、学校が終わるとすぐに家に帰って、漫画や良く分からない本を一人で読んでいた。


 なーにをやってたんだ俺は。

 まあ、いいか。終わったことはしょうがない。


 おっ、あの髪の長い子可愛いじゃん。あんな子いたのか。もったいない。告白したら付き合ってくれるかな。なんか気が弱そうだし、無理やり押し切ればなんとかなりそうな気がするんだけどなぁ。

 俺がジロジロ見ていたのか、その子がこっちを見る。そして何か変なものでも見るかのように目をそらす。


 俺ってひょっとして嫌われてる?

 いきなり告白はさすがに無理か。あ、告白といえば、伊庭スイコの事を忘れていた。そもそもスイコって何組だっけ? 音楽漬けだから多分馬鹿なんだろうな。あとでF組をのぞいてみよう。

 授業終了のチャイムが鳴る。


「ふぅ……」


 授業など一切聞いていないのにドッと疲れた。


「おい」


 次の授業に向けて教科書を準備していると、いつの間にか俺の机の周りに三人の男子生徒が立っていた。見上げて三人を確認する。


「遅刻なんかしてんじゃねーよ、おい」


 うーん、誰だっけ。

 この剣呑な態度からすると多分友達ではないな。でも相手は当然俺のことを知ってるわけで、ここで「あなたは誰ですか?」と聞くのはさすがに失礼だろう。


「よう、佐藤。遅刻しちゃったよ、ははは」


 三人もいるんだから、多分誰かは佐藤だろう。出来るだけ明るくフランクに心がけたつもりだったが、三人の顔から失敗なのは自明だった。


「佐藤って誰だよ」


 真ん中の背の高い奴が俺の椅子を小突く。


「ごめんよ、鈴木。悪気はなかったんだ」


「はぁ?」


 左の奴がいきなり俺の胸倉をつかむ。


「舐めてのか、てめえ!」


 お前は課長かよ。どこにでもいるのか、こういう奴は。

 俺は周りを見る。当然助けようとする奴など誰もいない。うーん、世知辛いね。


 おっ、さっきの髪の長い可愛い子と目があった。ここでこの子が「いい加減にしなさいよ!」と勇ましく出てきて、そこから二人の素晴らしい関係が始まる。

 はずもなく、彼女は一瞬で目線を逸らし、そそくさと教室を出て行った。


 かくして俺は三人に連れられて、校舎裏で蹴られたり、殴られたりした。ついでにお金も取られた。三百円しか持ってなかったけどね。

 情けないようだけど、喧嘩なんか殆どしたことないし、どうでもいいことにはトンと意気地がないのだ。というか俺はなんでこんなにお金を持ってないの?


 結局二時間目もさぼって、購買でぼぉっとして過ごした。なんかこういう暇な時間って新鮮でいいな。身体がムズムズしてくるけど。

 二時間目の終わりを告げるチャイムとともに、教室に戻る。


「あっ」


 いた。

 伊庭スイコだ。B組の教室で女子と喋ってる。幼さはあるけど、ライブ映像で見た彼女の面影がある。微笑む彼女を見て、俺はしばし呆然とその場に立ち尽くした。

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