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#19 ドラッグ合宿の惨劇1

「あなたはわたくしを便利屋か何かと思っているのですか?」


「思ってないって。こんなことを頼めるのは青連院ほうか様をおいて他にいないと確信している所存でありまして、はい」


 放課後の空き教室で次の作戦について話し合っていた。

 スイコに麻薬をやらせる段取りで一番重要なことは、スイコの姉と親父にバレないこと。


「場所は重要だと思うがね。出来れば誰にも見られたくはない。伊庭の姉君と父君から引き離すにはうってつけだ」


 阿法が腕組みをして、俺の案に同調する。

 俺の案とは、軽音部の合宿(といっても連れて行くのはスイコと池だけだが)と称してスイコを連れ出してトリップさせること。合宿先とか色々考えたが、周りに人がいると具合が良くないので、ホウカに頼んだら嫌な顔をされた。


「まさか別荘も持ってない貧乏人なの?」


 ちょっと煽った。


「…………」


 ホウカは無言で俺を睥睨する。何かすっごい怖い。と、思ったら


「まあいいでしょう。今回こそ愉快なものが見られそうですし」


 勝手に溜飲を下げてくれた。


「場所は手配しましょう。その代わり伊庭さんの家族についてはあなたが説得するように」


「もう一つの方も頼む」


「……いいでしょう」


 ホウカは不承不承だったが首肯した。



『いやー無理だと思うけどなぁ』


「そこを何とかお願いしますよ、お姉さん」


『何とかと言われましても』


 俺はスイコ姉に電話でお願いした。スイコが軽音部の長期合宿にいけるように(正確には軽音部ではないけど)。


「お父さんが許してくれないなら、私AVに出るよって言えば大丈夫ですよ」


『ちょっと! 君何言ってるの? 出るわけないでしょ!』


「冗談ですよ、冗談。そんなキンキン声出さないでよ」


 冗談が通じないな、この人。この手の冗談はやめておこう。

 ちょっと真面目な話をすることにした。


「実はですね。今回の合宿で、かの有名なギタリスト、ジョニーサンダースが指導してくれるんですよ」


『……?』


「え、知らないんですか? あの、ジョンですよ? まさか大学生にもなってジョニーサンダースを知らないわけないですよね?」


『え、あ、うん。ああ、あのジョンね。うん、知ってるよ。あのジョンが教えてくれるんだ』


 声が上ずってるんですけど。「あのジョン」ってスイコ姉はジョンと友達なのかよ。


「そうなんすよ。ギターが上達するチャンスなんですよ。お姉さんもスイコさんが上手くなった方が嬉しいでしょ?」


『う、うん』


 いい感触だ。もう一押しか。


「スイコさんも始めて一年以上になるのに上手くならないって嘆いてますよ。お姉さんからもお父さんに頼んでくれれば、むげに断らないですよ。お願いしますよ。ね、ね、ね」


『分かったから。そんなにまくし立てないでよ』


 よーし。あのクソ親父もさすがに子ども二人から頼まれたら断れないだろう。



 準備は整った。

 夏休み前の試験を終え、俺は見事に赤点だらけだったが、誰が追試や補習なんか受けるかバーカ。合宿と日程が丸被りなんだよ。俺は全部無視した。


 スイコとスイコ姉の説得の甲斐あって、親父は合宿を許可した。期間は一週間。

 ホウカの提供してくれた別荘は山中深くにポツンとあるロッジだった。周りには何もなく、いくら爆音で演奏しても問題ない。そして、逃げようとしても逃げられない監獄でもある。


「今更のことなので、聞き流してくれれば良いのだがね」


 ロッジの一室で今後のことを二人で話し合っていると、阿法が珍しく言いにくそうに切り出した。


「君は今日これから行うことで、伊庭スイコの人生が捻じ曲がるという自覚があるかね?」


「あ?」


「やめるなら今のうちだ。青連院君に止める気はないだろうし、私が言わねばならないと思ってね。もし事が明るみになれば伊庭君本人だけでなく、彼女の家族にも大きな被害が出るだろう。父君は刑事の職を辞するだろうね」


 伊庭家での食事会で、スイコ姉から親父が刑事であると紹介された。その時、阿法が俺に流し目したのを思い出す。


「バレると言いたいのか?」


「そうは言っていないがね。その可能性もあるということだ」


 阿法が珍しくまともなことを言っている。俺は少し安心した。


「俺はな、別に捕まってもいいと思ってるよ」


「ほう」


「俺は間違ってるか?」


「どうだろうね。池にでも聞いたら間違ってると言いそうだがね。私には分からない」


 ノックもなく部屋の扉が開く。ホウカだった。


「二人はジョニーの指導を受けています。今のうちにブツの選定を済ませます」


 ホウカは手に持っていたスーツケースを床に下ろすと、蓋を開いた。

 中にはビニール袋入りの白い粉や、乾燥した葉が数種類あり、仕切りをはさんでパイプやシリンジ、細いストロー類などがウレタンスポンジにキレイに収納されていた。

 俺はビニール袋を手にとって確認した。それぞれにラベルが貼ってある。


「俺が持ってきたヘロインの純度はどうだった?」


「粗悪品でした。うちのLCで精製しましたので、そこにあるものは純品です」


 小さいユニパックを目線の高さに掲げる。確かに渡したときより白い。


「こいつを使おう。静脈注射で行こうか」


 小型計量器で粉体量を量り、シリンジ一回の注射量が5ミリグラムになるように滅菌水で調製した。多くても駄目だが、少ないのは意味がない。


「君は妙に手馴れているようだな」


 横で俺の作業を見ていた阿法がぼやく。

 シリンジに溶液を充填し、針先をシリコンセプタムで栓をした。


「よし。これで準備はおしまいだ」


 俺は仕切り直すように拍手を一つ打って、阿法を見る。


「ヘロインを打つのは俺がやる。阿法はスイコが逃げ出しそうになったら取り押さえてくれ。無理やり打つから」


 次に、大麻やコカインのビニール袋をいじっていたホウカに目を向ける。


「ホウカはその場を外してくれ。監視カメラで部屋の様子を見て不測の事態に備えて欲しい」


「……なぜわたくしが蚊帳の外なのでしょう?」


 ホウカが俺を鋭くねめ付ける。


「同級生に襲われて麻薬を打たれました、なんて人に言えないだろ。一人で抱え込ませるのも可哀想だから、それとなく相談に乗ってやってくれ。こういうの好きだろ?」


 ホウカは目線を逸らして、スーツケースの中身を片付け始めた。


「決行は今夜の九時な。イケメンは睡眠薬で早々に退場してもらう。スイコを含めた俺ら四人でトランプでもやりながら、途中でホウカは部屋を出てくれ」


 一呼吸おいて、俺は手を組む。


「それで、ここからが一番大事なことなんだけどな――」

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