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#18 楽しい楽しい地獄の食事会

「そ、それじゃあ、いただきましょうか。あ、あはは、あははは……はは……」


 スイコ姉の声がむなしくリビングに響き渡る。七人も人が居るのに静かなこと静かなこと。

 これから始まる楽しい楽しい食事会のことを考えると、胃が縮んでもうお腹いっぱいだ。



 事の始まりは一昨日。夜にスイコ姉から一通のメールがあった。


『元気してる^o^ あさって暇? 家にご飯食べに来て( ̄人 ̄) 楽しいよ♪』


 うーむ。暇かどうか確認しておいて、なぜか強制感を匂わせる文面。そして最後の音符。楽しいよって……。これ絶対に地雷でしょ。


 怖いので返信せずに放っておいたら、十分後に電話が来た。

 どうやらスイコの新しいギターの出所をスイコの親父が怪しんだらしく、スイコ姉に買える代物ではないことがバレたらしい。

 スイコ姉は苦し紛れに「有志でお金を集めた」と言って乗り切ったが、すると親父は「では金を出した連中にお礼をせんとな、グフフ」と歯をむいて微笑んだらしい。


 こええ。


 というわけで、急遽スイコの家で食事会が催されることになった。主催者は親父で料理とかはスイコとスイコ姉が作るらしい。

 スイコの手料理は食べたいけど、その親父と一緒はごめんだ。というか「なぜうちのスイコに近づいたのかね? 殺すぞ?」とか言いそうで怖い。


「ふむ。まあいいだろう」


 俺の申し出に阿法は快く了承してくれた。いやーさすが阿法。あの親父を間近で見ていて、なお付いてきてくれるとは。犠牲者は一人より二人の方が負担が減るというものだ。非常にありがたい。


「え、手料理ですか。いいですね!」


 イケメンはあっさりひっかかった。スイコの親父を知らないから当然と言えば当然だけど。

 軽音部に入ってまだわずかだけど、イケメンは周りの先輩たちの優しい指導の元、着実に成長しているらしい。それに触発されたスイコは以前よりやる気を出しているらしい。いいことだ。


「なぜ、わたくしが」


 全員男だとさすがに親父が発狂しそうなので、女も一人混ぜることにした。こいつがギター代の九割を払ったことにすれば、男子勢の、ひいては俺への攻撃は大幅に緩和されることだろう。

 というわけで、計四人で伊庭家に決死の突入をすることにした。


 だが、手ぶらで行くというのはあまりにも無策。スイコ姉に聞いたところ親父は酒が好きらしいので適当に買った。

 親父は玄関にて仁王立ちで待ち構えていた。夏も近いのにグレーのセーターを着ていた。


「ほう。貴様らか。よくも抜け抜けと来られたものだな。褒めてやろう」


 俺ら三人は玄関で親父の暖かい歓迎を受けてリビングに通される。

 

「君が青連院君かね?」


 親父は最後に入ってきたホウカに目を向ける。


「はい。青連院ほうか様です」


 それ誰にでも言うんだな。


「スイコがとても感謝いていたよ。これからも仲良くしてやって欲しい」


 親父はホウカの手を取り、親愛を込めて頭を下げる。

 男と女で態度が違い過ぎやしませんかね?


 リビングではスイコとスイコ姉が食事の準備をしていた。

 スイコのエプロン姿。いつもハーフアップではなく、髪が邪魔にならないようにまとめて後ろで一つに縛っていた。


「自由にかけるといい」


 親父がダイニングテーブルを指す。八人掛けの長テーブル。

 親父が奥に座ったので、俺は手前の椅子に腰掛ける。


「貴様が池か」


 腕組みした親父は、すぐ横のイケメンに問いただす。


「最近、軽音部に入ったらしいが、二年のこの時期に入るとは怪しくないかね? 何か不純な動機があるとしか思えない」


「え?」


 イケメンが親父の言葉にポカーンとする。この人いきなり何を言い出すのって顔してるな、あれは。

「あ、いえ、その、えっと、つ、つまりですね」


「池は俺が入部を薦めたんですよ、ははは」


 俺は慌てて答える。


「何だ貴様は」


 親父が殺さんばかりの視線で俺を射抜く。こええって。


「ちょっとお父さん。友達を脅さないって約束したでしょ」


 料理を運んできたスイコが親父を諌めに入る。


「う、うむ。別に脅してなどおらんぞ。親交を深めようとしたのだ」


「そう。それならいいけど」


 スイコがキッチンに戻っていく。


「それで、なぜ貴様はこのゴキブリにも劣る羽虫を軽音部に入れようとしたのだ? スイコにとって害悪だと想像がつかないオツムなのかね?」


 親父はこれで親交を深めているらしい。俺には喧嘩を売っているようにしか見えないけど。


「あん? 俺が誰を軽音部に入れようと勝手だろうが。調子に乗ってんじゃねーぞ、おっさん」


 あまりにムカついたので、つい素が出てしまった。

 親父はしばらく言葉が出なかったが、青筋を立ててこぶしを握り締める。


「ふっ、活きのいい小僧だ。実に捻り潰しがいがありそうだ。ぐふふ」


 親父は指をボキボキ鳴らして、獲物を捕まえる前の肉食動物のようだった。

 イケメンが俺の方を向いて顔を強張らせている。すまんな。連れて来たのは間違いだったよ。


「貴様のことは知っているぞ。スイコに怪我を負わせようとした暴漢に特攻したそうだな」


 おっ、知ってやがったか、この親父。もしかして好感触か?


「下らんスタンドプレーに走りおって。それでスイコに好かれると思ったら大きな間違いだぞ、小僧」


 性格悪すぎだろ、この親父。本当にスイコの親かよ。


「止めてください、父さん」


 スイコ姉が持ってきた大きい鍋をテーブルの中央に置く。

 鍋の蓋が開くと、サフランのいい香りがした。


「簡単パエリアです!」


 スイコ姉が自慢げに言い放つ。

 スイコもエプロンを取って着席する。

 俺は忘れていた土産を嫌々親父に渡すことにする。


「何だこれは」


 受け取り拒否するかと思ったが、普通に受け取ってその場に中身を確認する。


「これは…………」


 親父の趣味を聞き損ねたので、俺がこれまでで一番美味いと思った酒を買ってきた。竹鶴の十七年。


「へぇ」


 スイコ姉が横から覗き込む。


「ふん、小僧が。毒を盛って私を亡き者にしようという算段か」


 それは気付かなかった。今度はそうしてやろう。


「お父さん! やめてって言ったでしょ」


 スイコが怒った。

 怒ったところ初めて見たよ。


「あ、いや……」


 親父はたじたじになり、さすがに反省した。いや、スイコに怒られたのが効いたんだろうけど、シュンとしてしまった。


「そ、それじゃあ、いただきましょうか。あ、あはは、あははは……はは……」


 コーンと卵のスープ、ローストビーフ添えの三十種類サラダ、ひよこ豆とチキンのトマト煮、かわはぎの煮付け、野菜スティック、そしてパエリア。

 うーむ。うちのお袋は非常に大雑把な人で、夕食に三品出たら家族が驚くレベルだから、俺はこの種類の多さだけでも圧倒されてしまう。


「これってどれがお姉さん作でどれがスイコさん作なんですか?」


 俺の発言に三人が固まった。

 親父の場合は俺の発言自体に反応したみたいだけど。

 スイコ姉がこちらを向いて、それ聞いちゃうの、みたいな顔をしている。

 スイコは下を向いている。


 ひょっとして俺はとてもいけないことを聞いたのか? やばいぞ。

 すると箸を置いたホウカが静かに言う。


「気にすることはないです。わたくしは料理など一切いたしません。する必要のない立場にあるからです。伊庭スイコさんもそういう立場に立てば良いのです」


「あ、はい」


 スイコは思わずなのか、顔を上げて強く返事をしていた。

 俺は考えたことがなかった。スイコにも野心がある。大望を抱いて努力してきたからこそ、あの高みに登りつめることが出来た。

 俺はそのことをすっかり忘れていた。スイコがその野望の輪郭を築いたのはいつごろのことなのだろう。


 俺にとって非常に重要なことだ。

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