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#16 真夜中にお嬢様と二人1

「君ももっと飲むといい」


 俺の肩を大げさに叩く阿法。いつもと全くテンションが違う。完全に出来上がっちゃったよ、この男。

 最初のキャバクラでは緊張していたけど、次第に本性をあらわにしたこいつは、クラブではノリノリで踊り出す始末だった。

 一応二人分の身分証明書を用意したが、阿法の分はクラブでも必要なかった。



 俺がこういう夜の街に繰り出すようになったのは、社会人になってから。お水の世界は栄枯盛衰が激しく、クラブは知っている店もちらほらあったが、キャバクラ系の店はどこもかしこも知らない店だらけだった。


 最初は阿法に慣れてもらう意味も含めてキャバクラにした。こいつが一番興味深々だったってのもあるけど。

 俺が仕立てたスーツを着た阿法はどこかの重役風情を漂わせ、なかなか様になっていた。実際、隣に座ったキャバ嬢から「すごい貫禄がありますね」と率直な感想を頂戴した。

 阿法は調子に乗って高い酒を入れると、次々にあおっていく(金を払うのは俺なんですけど)。普段から親父のブランデーを飲んでるから大丈夫だと阿法は豪語していたが、そんなものは飲み方次第で、店を出る頃には大分酔いが回っていた。


 クラブは音楽系の箱へ行くことにした。出会い目的の箱とどっちにしようか迷ったが、当時きな臭かったのは音楽系の箱だと聞いたことがある。

 どっちの箱がそういった危険なニオイがするかは、店にもよるし、街にもよる。特に外人が溜まりやすいクラブはその度合いが高い。


 入ったのは俺が一度行ったことのあるクラブで、何度も当局の摘発を受けつつもしぶとく生き残っている店だった。薄暗い室内は電飾とハウス系音楽で満たされていた。

 奥のバーカウンターで適当に飲み物を頼み、端のソファに腰を降ろす。阿法にはサラトガ・クーラーを渡して酔いを醒ますように言い含めた。


 箱の様子をつぶさに観察する。

 中央はやや明るくなっているダンススペースで、数人が曲に合わせてゆったり踊っていた。その周りは四、五人がけのボックスソファが設置され、中央よりもずっと暗い。

 客層は男七の女三。外国人が三割程いる。この暗さではアジア系外国人と日本人の区別は付かないが、隣のソファの男三人は明らかに中華系だった。


 かなり外国人が多い、というのが第一印象だった。店全体に漂うエキゾチックな香りもそう思わせるのに一役買っている。

 そして、今俺らはかなり注目されている。クラブには常連客ばっかりのところも多く、そんな中では新参が目立つ。前に一度来たときはそんな印象はなかったが、今のここは明らかに常連が多いように見える。週末にも関わらず。

 さらに目立つのはそれだけではない。俺の容姿もあった。キャバクラでもつっこまれたが、俺の容姿は中高生程度にしか見えない。注文の時のバーテンの奇異な表情がここでの俺の浮き具合を物語っていた。


「君は踊らないのかね?」


 目の据わった阿法が、グラスをテーブルにおいて、ダンススペースを見つめる。


「行ってこいよ。あそこにいる金髪ねーちゃんに声かければ一緒に踊ってくれるかもしれないぞ」


 俺はいい加減なことを吹き込む。


「本当かね?」


 テンション高いな、お前。

 阿法はさっそくダンススペースに向かう。

 あいつ早速話し掛けてる。英語なんか喋れるのかよ。

 あ、普通に踊り出した。


 奴はほっとこう。


 改めてフロアを見回す。

 さっきから気になっていたけど、隣の中華系三人が立ち代り席を立っている。行き先はトイレか。

 でも、この三人に話しかけるような奴はいない。

 他のソファには別段怪しい動きはない。

 ダンススペースの反対側は暗くて見えづらい。

 俺はバーカウンターでマティーニを注文して、反対側のソファに移動する。


 三十分ほどで大体分かった。

 二つ隣のソファで女をはべらせている白人。こいつの元に人種男女を問わずやってきては去っていく。音楽のせいで会話の内容まではきこえない。

 もっと近寄りたいけど、白人の両隣ソファは埋まっている。


 うーむ。どうしよう。

 一度元のソファに戻って考えていると、阿法が帰ってきた。


「君ももっと飲むといい」


 踊ったせいでテンションがうざいことになってるよ。


「金髪ねーちゃんとは仲良くなれたか?」


「ふっ、任せたまえ。もっとハイになりたいと言ったら、向こうにいるジョニーとやらに話を聞けという有難い言葉をいただいたよ」


「マジかよ。やるじゃん」


 こいつ有能だな。今まで馬鹿にしてごめんな。


「金髪ねーちゃんは日本語喋れたのか?」


「片言だがね」


「じゃあ、ちょっと行ってくるわ」


 阿法を残して俺は向かいのソファに行く。


「ナンデスカ、ボーイ?」


 俺の存在に気付いた白豚は据わった目で俺を見上げた。


「ジョニーかい?」


 俺が誰何すると隣の金髪ねーちゃんが白豚に耳打ちする。


「イェア、アナタは、メガネガイのオトモダチデスカ。ミーとイッパツハメタイデスカ? ダイカンゲイデース」


 俺はホモじゃねーよ。豚とファックしてろよ、と言いたかったが、やめておく。


「コークある?」


 俺は静脈注射の真似をする。


「オウ、コークならミセをデテスグのジハンキにアリマース」


 コカコーラじゃねーよ、この豚。百年前の話なんかしてねーんだよ。

 完全に舐められてるな。仕方ないけど。


「あと、パイもある?」


 俺はお構いないしに先を進める。すると、へらへらしていた白豚がグラスを置いて身を乗り出す。


「ボーイ。ゴートゥヘルしたいデスカ?」


 ジョニーは急で低い声で凄む。


「俺はもう地獄に落ちてるよ。あるのかないのか、どっちだ豚野郎」


 いい加減面倒になったので下手に出るのをやめる。


「オウ、コンナソチンボーイがホシガルなんてヨモスエデース」


 ソチンって、結構日本語に精通してるな。

 ジョニーは高そうな腕時計を確認する。


「二十分ゴにトイレットにイクト、イイコトアリマース」


 俺はそれだけ聞くと、オードトワレ臭い豚から離れる。


「ボーイ」


 振り返ると、ジョニーは葉巻を吹かしていた。


「シにイソグノはヨクナイ」


 お前がそれを言うのか、腐れ豚。

 元のソファまで戻ると、阿法に経過を話す。


「ほう。…………ほう」


 完全に目が据わってるぞ、こいつ。阿法がもってるグラスを見ると、勝手にアルコールを頼んでやがった。


「もうやめとけって言っただろうが」


 阿法からアルコールを取り上げる。


「しばらくここでじっとしてろ。あんまり余計なことはするなよ」


「うむ、任せたまえ」


 不安だなぁ。

 ジョニーの指定した時間まで待ってトイレに向かう。俺が向かう数分前に隣のソファの中華系が席を立っていた。

 トイレは男女兼用で、小便器と個室一つの狭い場所だった。個室のドアが閉まってしたので、ノックする。


「ジョニーの紹介だ」


 無言でドアが開く。俺は中に入ってドアを閉める。

 中には例の中華人の小男がいた。目の下のクマは中毒者特有のどす黒さだった。


「コークとパイ」


 俺の言葉に、小男は素早くジャケットの裏に手を入れる。取り出したのは小型ユニパックに入った白色の粉だった。ラベルにはCと書いてあった。


「これでいくら?」


 小男はピースサインをする。量的には二グラムくらい。値段は妥当。


「パイは?」


 同じように受け取って確認する。少し灰色がかっている。


「もっと純度がいいのはないの?」


 小男は外ポケットから取り出して先ほどの物と並べた。色は一目瞭然だった。


「いくら?」


「シロイゴマン、シロクナイサンマン」


 たどたどしい日本語だが、理解できる。


「こっちだ」


 白い方を指差して、金を払う。受け取ったブツをスーツの内ポケットにしまってトイレを出る。


「帰るぞ、阿法」


 ソファに寝そべっていた阿法を起こして店を出た。

 どっと疲れたな。かなり緊張したよ。

 途中阿法は完全にダウンしてしまい、俺はこいつを背負うことになった。


「しょうがない奴だな」


 重いなこいつ。どっかで休むか。

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