#14 ダブルデート3
カラオケが終わって疲れたので、その辺のベンチで休憩。
はぁ。散々だった。
あれ? スイコは?
「伊庭さんはどこいった?」
二人は首を横に振る。
「ちょっと探してくる」
すぐ見つかった。UFOキャッチャーがたくさん並んでいるところにポツンと立っている後姿。
多分落ち込んでいるのだろう。どうやって声を掛けたものか。もう帰る! とか言い出したらどうしよう。
俺はまわりこんで、スイコの表情を確認する。
「大丈夫?」
「どうしたんですか?」
いや、あなたがどうしたか気になったんだけど。
「あ、いや、その」
「あれってどうやってやるんだろう?」
俺が言いよどんでいると、スイコがUFOキャッチャーの筐体を指差す。箱の中にはピンク色の猫のぬいぐるみが山盛りで転がっている。
スイコはフラフラと吸い寄せられるように筐体のガラスにへばりつくと、食いつくように目つきの悪い猫を見ている。
これが欲しいのか、もしかして。こんな気色悪い猫のどこがいいんだろう。というか、見覚えのある猫だな。
「欲しいの?」
「え、う、ううん、別に。ちょっといいな、と思っただけ」
スイコは手を振って否定する。
欲しいんじゃん。よし、取ろう。
こんなこともあろうかと今日はお金が潤沢だ。
「やるの?」
「よく見るとなかなかサイケデリックでイカした猫だよね。欲しくなってきた」
とりあえず百円。アームはオーソドックスなタイプで、つかんで手前の丸い穴に落とすタイプだった。
「あっ」
アームが下がって上がるところで、スイコの声が漏れる。
アームがゆるゆるで、つかんで持ち上げるのはほぼ不可能。たった一回で分かってしまった。さらに落とす穴はぬいぐるみより高いプラスチック筒で出来ている。
これ取らす気ないだろ。
もう三百円投入したが結果は一緒だった。
こんな不細工な不人気猫ならもっと設定甘くしろよ。
俺はさらに千円つぎ込んで色々試したが、猫はウンともスンとも動かない。持ち上げられないことにはどうにもならんな、これは。
横で見ていたスイコも困り顔になる。
「ところでさ、さっきは何で童謡ばっかり歌ってたの? 軽音部なんだから、なんかもっとロックっぽい歌とかでも良かったのに」
「……下手だったでしょ」
はい、なんて言えるわけもない。
「私、音痴でさ。何で軽音部にいるんですかって話だよね。本当はロックでカッコいい歌も歌いたいんだけど……下手で恥ずかしいから」
俺と目線を合わせないように、スイコは箱の中の猫を凝視している。
ヘックのリードボーカルが音痴だったなんて初めて知った。
「ギターは楽しい?」
「うん。私の唯一の楽しみ。いっぱい練習して、いつかたくさんの人の前で堂々と演奏してみたいな」
ぬいぐるみはまるで取れる兆しがなかった。転がすことすら出来ない。すでに三千円はつぎ込んでいた。
「無理なのかな」
スイコがポツリとつぶやく。何に対して言ってるのか分からなかった。
「無理? 無理というのはですね…………以下略」
ナチュラルに暗唱しそうになった。
しかし、このままではどうにもならないのは事実だった。
俺は店員を呼んで、これまで五千円以上をつぎ込んでいることと、これでは取れないことを主張した。
店員はぬいぐるみの位置を移動させた。
「それでは駄目だ。アームの力が弱すぎて持ち上がらない」
俺は目ざとく指摘する。
店員はうざったそうにしたが中身を確認して、あーこれは確かに無理だ、とこぼす。
「サービスしときますんで、これで勘弁して下さい」
店員は平謝りして去っていく。
早速やってみる。
「おっ」
やり過ぎだろ、これ。アームが強すぎて猫が変形してる。
余裕で取れた。
うーん、近くで見るとなんともムカつく面してるな、この猫。
「はい」
俺はぬいぐるみをスイコに渡す。
「え、でも、悪いよそんなの」
「いいって。よく考えたら要らなかった」
こんな物持ってたら呪われそうだし。
スイコがなかなか受け取ろうとしないので、半ば無理やり押し付けた。
ホウカと栄坂が待っているので、ベンチに戻る。
「栄坂は?」
戻るとそこにはホウカしかいなかった。
「伊庭スイコさんを探しに行きました」
まだ機嫌が悪いのか、ホウカはツンとした態度でそれだけ言った。
携帯で栄坂と連絡をとって戻ってきてもらう。
「え、栄坂君の番号知ってるんだ」
スイコが期待に満ちた目で俺を見る。
「番号知りたい?」
教えたくねー。仲良くなっちゃうだろうが。
スイコは知りたいんだろうが、うん、とは言わなかった。
「本人に聞けば教えてくれるよ。ほとんど知り合いでもない俺にも教えてくれたから」
俺は小賢しく教えなかった。
栄坂が戻ってきたので、今度はフラワーガーデンに行くことにした。
ここからバスで五十分ほどかかるらしい。
バス中。ずっとムッツリしているホウカに聞く。
「何でそんなに機嫌が悪いんだ。何か気に入らないことでもあったかよ?」
ホウカは岩の裏に張り付くダンゴムシを見るような目つきだった。
「あなたのやり方が気に入りません」
「何のことだよ」
「伊庭さんに音楽をやめさせるつもりがあるのですか? せっかくギターを壊したのに買い与えるとはどういうつもりですか?」
「あんまり大声は出すなよ、聞こえるから。それとそのことをスイコに言うなよ」
何で知ってんだよ、そのこと。それと俺がギター壊したわけじゃないから。
とりあえず、ホウカが不機嫌な理由は分かった。分かったからどうした、という問題だけど。
「次のところではスイコのことを頼む」
「頼むとは何ですか」
「文字通りだよ。栄坂と話したいからスイコの相手してくれ」
ホウカは返事する代わりに、腕を組んで目を閉じる。
☆
栄坂は園芸部に所属している。うちの学校に園芸部があるなんて知らなかったが、それもそのはず、部員は栄坂一人らしい。
学校で日の当たらない人間というのはたくさんいて、俺や栄坂は確実にそっち側の人間だった。そして、この年頃の大抵の人間は日の当たる人間を好む。
俺は未だになぜスイコがこの男を好きなのか理解出来なかった。特に顔が良いわけでもなく、面白いわけでもなく、男気があるわけでもなく、気が利くわけでもない。
バスを降りると、歩いてすぐの場所に広大なフラワーガーデンはあった。山の中腹にあって、傾斜に色とりどりの季節の草花が植えられていた。
花の蜜を求めて蜂が結構いる。怖いなぁ。
スイコとホウカが併設された土産物屋にいる、というので、俺たちはさっそく入園料を払って園内を見てまわる。
うーむ。何が何の花なのかさっぱり分からない。ヒマワリとかなら分かるんだけど。
この赤っぽい花は何だろう。
「クズ」
突然後ろにいた栄坂が言葉を発した。
俺がクズだと? 合ってるけど、喧嘩売ってんのか?
振り返ると、栄坂はさっきの赤い花を指差していた。
「あ?」
「これはクズの花」
「あ、ああ、葛ね」
突然クズとか言うなよ。びっくりするだろ。
栄坂はその場に屈んで葛の花を優しく撫でる。
俺はその隣に腰を下ろした。
「その花に何かあるのか?」
「葛は八月から九月にかけて花を咲かせる」
今まだ六月じゃん。
「でもこれ咲いてるぞ」
「温度を調節して開花時期をずらしてる。この時期に珍しい花を見せるために」
「ほーん。珍しいかどうかも分かんねーや。葛切りとかあるけど、これって食えるの?」
見た目はあんまり美味そうじゃないけど。
「葛切りは葛の根から得られる葛粉からつくる。葛は根だけでなく、葉っぱや花、つるまで使われる。葛湯は滋養にもいいし、葛根湯など漢方としても使われる。新芽や葉っぱは天ぷらにしてもおいしい」
おばあちゃんの知恵袋かよ、お前は。
「じゃあ、これは?」
俺は自分の目の前に咲いている黒い斑点のある白い大きな花を指す。いい香りがする。
「これはヤマユリ。育てるのが難しい。種から花が咲くまでに五年かかる」
「五年? 気の長い話だな。今種植えても、卒業までに花が見られないじゃねーか」
「そうだ。日本には多くのユリが色々な場所に自生している。その気高く美しい姿は多くの日本人の心を捉えてきた」
栄坂は万葉集や宮沢賢治の歌をそらんじた。
「これは食えないの?」
高尚な話をぶった切って、俺は俗っぽい質問をする。
「ユリ根だな。普通の種は灰汁が強いが、それ専用に品種改良されたものがある。煮物にすると美味い。ジャガイモに似たホクホク感がある。味は薄い」
栄坂は饒舌だった。
こんなに喋る奴だったんだな。
それから三十分くらい園内を回った。栄坂は俺が聞くたびに花の解説をする。それは食用や薬用の話であったり、その花にまつわる逸話や栽培方法、繁殖分布など、おそろしく多岐にわたった。
「栄坂は花が好きなんだな」
思わず感想を漏らす。
「好きだ。将来は花に携わる仕事がしたい」
栄坂の目には何の迷いもなかった。
俺たちは建屋に戻って女二人と合流した。
スイコがうな垂れている。
「乗り物酔いです」
ホウカがスイコの肩に手をかける。
「すまない。気付かなかった」
栄坂は自分が連れてきたことに責任を感じているらしい。
「酔い止めを飲まなかった私が悪いよ」
スイコが青い顔で答える。
「併設されているカフェにハーブティがある。気休めだが酔いに効くはずだ」
俺たちはカフェでハーブティ(不味かった)を飲んだ後、バスで街まで戻った。ハーブティの効果なのか、スイコは小康を保っていた。
街についた頃には七時を過ぎ、その場で解散する流れになった。
俺は栄坂とスイコの後姿を見送った。
「聞けたんですか?」
横に居たホウカが問うてくる。
「何を」
「栄坂某が伊庭さんを好きかどうかです」
「…………聞けなかった」
忘れていたわけじゃない。ただ単に聞けなかった。
「でも、スイコが栄坂に惚れた理由は何となく分かった気がする」