#13 ダブルデート2
セッティングに一番の苦労したのは、栄坂を誘うことだった。
デートする前からなんとなく分かっちゃったんだけど、栄坂は特にスイコのことが好きではないようだった。
この朴念仁は俺が入院した時にも「ありがとう」と頭を下げただけで、何を考えているのか分からなかった。スイコはこれのどこに惚れたんだよ。
俺の申し出に対して、意味が分からない、とばかりに首を傾げるので、しまいには
「不良たちから助けたから恩返しにダブルデートしろ」
と半ば強制的に狩り出した。
栄坂はなんとかなったので、次にスイコ。軽音部の活動が終わるのを見計らって偶然を装って登場する。
「ねぇねぇ、デートしよう」
しまった。いきなり何言ってんだ俺は。
案の定、スイコは一歩引く。
「あーごめん、違うんだ。その、待って、引かないで」
俺はテンパッて痴漢のような言い訳をする。
「びっくりしたよ。誰かと思った」
スイコがやっと俺を認識したみたいで、俺も落ち着きを取り戻す。
「ごめんごめん。いきなり犯罪者みたいな現れ方して」
「そんなこと言ってないって」
スイコは俺の慌て振りに優しく微笑み返す。
「もう大丈夫なの?」
「……そんなに俺って変?」
「そうじゃなくて、退院してまだ日が浅いでしょう?」
「あ、ああ、あああ、そう言うことね。大丈夫、大丈夫。俺の頭はスイカみたいにほとんど水分だから」
自分でも何を言ってるのか分からないが、スイコが笑ってるので良かった。
「これから帰るの?」
「うん」
「自転車?」
「う……ううん。今日はバスで帰りたい気分だから、バスかな」
「そうなんだ」
ポケットで携帯が振動する。
うっせえな、いいところなのに。
着信がしつこいので嫌々出る。
『早く用件を伝えたまえ。青連院嬢がしびれを切らしているぞ』
うぜえええ。
速攻で通話を切る。電源も落とす。
「どうしたの?」
「なんでもないよ。ハエを追っ払っただけ。それよりギターの調子はどう?」
「え、う、うん……――」
「ちょっとよろしいですか?」
バス停のすぐそばで呼び止められる。
ホウカだった。俺のハッピータイムに出てくるなよ。そんな予定じゃなかったぞ。
「わたしですか?」
「ええ、あなたです。伊庭スイコさん」
スイコは両手を口に当てて驚いていた。やつの髪の青さに驚いている……わけではなかった。
「青連院さんですよね?」
普通の生徒ならホウカの事を知っていて当然らしい。
「はい。青連院ほうか様です。そこの唐変木が一向に動かないので、代わりに説明します」
「?」
「先ほど栄坂という生徒が伊庭さんをデートに誘いたいと言っていました」
「……えっ?」
直視したくなかったけど、見てしまった。俺を見る時とはまるで違う真剣な顔。
「しかし栄坂某はシャイなので、わたくしたちも一緒に行くことになりました。よろしくお願します」
ホウカは用件だけを伝えると足早に立ち去る。
スイコはホウカの後姿を呆然と眺めていた。
☆
そもそも、この面子が集まって何を話すんだよ、と思っていたが予想通り会話がなかった。
休日の昼下がり。街中の喫茶店で四人は休憩していた。休憩というか、まだ集まったばかりだけど。先が思いやられるなぁ。
俺の目の前に座るでくの坊こと栄坂は、ストローの紙を捩って、そこに水を垂らしてほーら芋虫だよゴッコをしていた。
栄坂の横に座っているスイコはガチガチに緊張していた。どうやら栄坂とホウカの二人にビビッているらしい。今にもぶっ倒れそうだな。つーか、好きな奴が隣にいるのに、無地ティシャツと灰のハーフパンツってデートを舐めくさってる服装だな。
俺の隣のホウカは、腕を組んでムッツリしている。豪華なドレスで来るかと思ったら、こいつ学校の制服で来やがった。
さて、どこに行くか。遊園地でもいいけど、二番煎じは悔しいから別のところにしよう。と、その前に聞いておくか。
「みんな、どこか行きたいところはある?」
「フラワーガーデン」
「ひ、ひゃい。何でしょうか?」
「あなたの居ないところです」
まったく協調性ないな、こいつら。とりあえずフラワーガーデンは後で行くか。最後の意見は却下で。
まず、すぐ近くにある大型アミューズメントパークへ行くことにした。
「騒がしい場所です」
ホウカが嫌そうに耳を塞ぐ。アミューズメントエリアは騒音で埋め尽くされていた。
何にしよう。お、あれでいいか。
「卓球をしよう」
ダブルスで緊張をほぐしてもらおうか。スイコ・栄坂対ホウカ・俺。
結果から言うと、俺らの圧勝だった。スイコが足を引っ張りまくって、お話しにならなかった。ミスるたびにスイコが栄坂に頭を下げる。
「あんまりマジになるなよ。少し手加減をだな……」
俺はホウカに耳打ちするが、奴は聞く耳を持たなかった。
次だ、次。
「ビリヤードをやろう」
三人ともビリヤード初心者なので、少し教えた。栄坂とホウカは飲み込みが良かった。スイコは……うん。とりあえずラシャを削らないようにはなった。あと、そんなに落ち込まないくれ。俺が悪いことしているみたいじゃないか。
次だ、次。
「あれは何ですか」
ホウカが指差す先はボーリング場だった。レーンが百くらいズラーっと並んでいる。
「あれは駄目だ」
ホウカが興味津々で見ていたが、俺は首を横に振る。
スイコにあんな重いもの持たせられるか。指がおかしくなったらどうすんだよ。
「カラオケをやろう」
これならスイコは勝ち確定だろう。
「♪~」
え? 冗談でしょ? 童謡を歌い出したよ、この人。しかも棒読みみたいな歌い方で。君、軽音部だったよね?
ああ、分かった。これは一種の前振りか。こちらを油断させておいて、一気に盛り上げるというやり方だな。
「♪♪♪~」
おいおい。ハードル上がったぞ。ホウカは誰でも知ってる洋楽を美しく歌上げる。
「♪♪♪~」
お前こそ童謡歌ってろよ。小洒落たJポップ歌ってんじゃねーよ、このでくの坊。しかし、うめぇなこいつ。
俺はドマイナーな昔の歌にした。上手いか下手なのかは誰にも分からない。
スイコはまた童謡だった。こころなしか声が震えてる。動揺しながら童謡歌ってるよ。
三人は三人とも我が道を行っていた。カラオケの定番曲なんて誰もカスリもしなかった。
スイコは結局最後まで童謡だった。よっぽど、何か軽音部っぽいもの歌ってよ、って言いたかった。けど、彼女が歌い出すたびに居たたまれない表情をしたり、ホウカの歌う様に羨望の眼差しを向けたりするので、言い出しにくかった。