#11 デートをお膳立てする2
「分からないんだが、イケメンは何で相良女史に惚れたんだ。惚れる要素なくないか?」
放課後。俺とイケメンはファミレスで明日のことを話し合うことにした。なぜか阿法が勝手について来て、山盛りポテトを一人で食べていた。
本当はスイコの様子を見に行きたかったけど、こっちは期日が明日なので仕方なかった。
「失礼な人だな。カッコいいでしょ」
イケメンは身を乗り出して憤慨する。どうでもいいことだが、この男、名前を池棉太郎というらしい。略してイケメン。
「カッコいいねぇ……」
感性は人それぞれだから、それ以上突っ込むのはやめとく。
「僕ね。実はいじめられてたんだ」
唐突にイケメンの告白が始まった。
「へぇ、それを助けてくれたのが不良の相良女史だったわけか」
「いや、まだ何も言ってないよ。先回りしないでよ。その通りだけどさ。それから良子さんは不良じゃないよ」
「イケメンの過去話なんかどうでもいいわ。明日のデートをどうするか考えろよ」
「どうしよう……」
イケメンはシュンとして途方に暮れる。
情けないなぁ。
「まずは舐められないファッションだな」
ポテトを完食した阿法が腕組みしつつ意見する。
「そうだな。まず髪を脱色して、眉毛をそろうぜ」
「ええぇ……」
イケメンが嫌そうな顔をする。
「あとは煙草だな。中途半端なヤンキーはマルボロを好むが、相良女史ほどの通になるとショッポか缶ピースだな。イケメンはそれに対抗してアメスピで行け」
「何言ってるのか分かんないよ。煙草なんか吸わないよ」
「デートでその不良女子をどこに連れて行くつもりだね、優男」
「え? ゆ、遊園地とか、ショッピングとか」
いきなり阿法に問われて、イケメンはもにょもにょと答える。
「相良女史をそんな軟派なところに連れて行く気かよ。正気か?」
「え、え、そんなに変かな?」
「お前の男気が試されてんだぞ。真面目に考えろよ」
「う、うん」
イケメンはしばらく黙って考え込む。
「それで、いつごろキスに持ち込むつもりかね?」
「ぶふぅぅーー!」
イケメンが飲んでいたジュースを噴いた。
「そんなこと出来るわけないよ!」
テーブルを拭きつつ、イケメンは顔を真っ赤にする。
俺もイケメンに同意だ。この阿呆は何言ってんだ。あんな怖い人から唇を奪うなんて、あなおそろしや。
こうして、俺たちはあーでもないこーでもないと話し合ったが、一向に何も決まらなかった。結局、相良女史がイケメンに何を求めてるのかが分からないことには、こっちも何をしていいのか分からない。
「もう当日どこに行きたいか聞けばいいだろ」
こんないいかげんな意見で散会となった。
俺たちとイケメンは携帯番号とメアドを交換して、デート中に困ったら連絡するという手筈を整えた。
何だったんだ、今日の話し合いは。
☆
「なぜ我々はいつも他人を付回してばかりいるのだろうね」
休日の爽やかな朝。学校の校門を見張りつつ、阿法はしみじみとこぼす。
「仕方ないだろ。俺だってこんなことしたかねーよ」
校門に佇むイケメンはジャージ姿だった。これからデートに行く格好には見えないが、妙に小洒落た服装でも舐められると思い、俺が提案した。
時間は九時五分前。相良・ヤンキー・良子はまだ来ていない。
休日の部活動もないのか、学校は静かなものだった。
春から初夏にかけての丁度良い気候で、こんな日は昼まで惰眠をむさぼりたいものだ。
『はぁ……』
感度は良好。
イケメンが身に着けている盗聴器から、今日何度目か分からないため息が聞こえた。
「むっ」
阿法が身を乗り出す。
校門に誰かが近づいてくる。相良女史かと思ったら違った。髪は黒いストレートだし、服装だって純白のフリルスカートにごちゃごちゃしたレースのカーディガンとか着てるし。
その子がイケメンの前で立ち止まる。
『あ、あの、何か』
女の子の前で緊張するイケメンの声。
『よく来たな』
あ。
『え?』
声で分かった。
『もしかして相良さんですか?』
「聞いていた人相とまるで違うようだがね」
「誰だよあれは? 見たこともねーよ。女装してるよ」
『あ、あの、その格好はどうしたんですか?』
どうしたっていうより狂ったとしか思えない変貌振りだった。
「ヤンキーの誇りはどこいったんだよ。あれじゃあ、ただの女の子じゃねーか」
「いいことではないか。なかなか可愛らしい子のようだが?」
「いいわけないだろ。牙の抜けた狼など最早ただの犬っころだ」
「意味が分からん」
『か、可愛いか?』
は?
今なんて言った?
『う、うん』
「健気な娘ではないか。男のために着飾ってきたのだろう。恥じらいを感じる仕草も素晴らしい」
お前は何でそんなべた褒めなの?
『あ、あの、きょ、今日はどこか行きたいところある?』
お、さっそく聞きおった。いいぞ。
俺の予想ではドンキだな。不良の定番と云えばあそこしかない。
『遊園地』
あ、さいですか。
『い、いいよ。じゃあ行こうか。歩いて来たの?』
不良はバイクって決まってんだよ。チョッパーのどぎついアメリカンだな。
『歩いてきた』
あ、うん。
イケメンも歩きなので、二人は学校前から出ているバスで遊園地のある街近くまで行くことになった。
「やばいな」
俺らがバスに乗るとすぐに見つかりそうだった。スイコを尾行した時と違って、休日のバス路線はガラガラもいいところ。ほぼ客などいない状態だった。
「遊園地の場所は分かってるから、一本後のバスで行くか」
俺は二人の乗ったバスを見送る。
「何をしているのだ。いくぞ」
いつの間にか阿法がごついバイクに跨っていた。俺にヘルメットを投げて寄越して、自分も装着する。
お前がバイクなのかよ。まあいいけど。
バスの後をついていって小一時間。遊園地は某ねずみキャラが活躍する施設をパクったような所だった。
「なんで野郎と二人でこんなところに来なけりゃならんのだ」
俺はぶつくさ言いつつ入場料の二千円を払った。後でイケメンに払わせよう。
前をいく二人はどのアトラクションに乗るかを話していた。
「やあ、こんにちは」
いきなりクマの着ぐるみが陽気に話しかけてきた。
「何だ貴様は?」
阿法がクマに向かってやぶにらみする。
「た、楽しんでいってね」
ただならぬ阿法の雰囲気にクマは一瞬たじろぐが、それでもプロの意地を見せる。
「クマの分際で生意気ではないかね。楽しむかどうかは私が決めることだ。さっさと失せたまえ」
クマは何も言わず、すごすごと立ち去った。
「酷い奴だな、お前は。中のおっさんが可哀想だろ」
「構っていたら池たちを見失うであろう。どうやらあれに乗るようだな」
阿法の指差す先を見る。
おいおい。いきなり観覧車に乗るのかよ。どっちが言い出したんだろう。聞いてなかったな。
「告白でもする気かね」
「さすがに早すぎるだろ」
というかイケメンはもう告白してなかったか?
俺らは地上で待って二人の会話を聞くことにした。
「けしからんな。こんな物が七百円とは」
阿法はポップコーンを買ってきてむさぼり食い始めた。
二人が観覧車に乗った。周りの雑音が消え、二人の会話が拾いやすくなった。
『あ、あの。今日はどうしてそんな格好なんですか』
無言。なんか殺意の波動が伝わってくる気がする。
『ひっ! ごめんなさい。でも、いつも、その、カッコいい感じだったから……その、今日は可愛らしいというか、なんというか、その、えっと』
しばらく無言が続いた。イケメンの息遣いがこちらまで伝わる。仲の良い男女が醸し出す雰囲気とは程遠い緊張感が漂ってくる。
『可愛い女は嫌いか?』
ぶっきらぼうな口の利き方はヤンキーっぽいんだけど、字面が乙女になっとる。俺の相良女史を返せよ。
『い、いや、そんなことないよ』
また無言が続く。
俺は素早くイケメンにメールを飛ばす。
『あ、あの、どうして学校ではいつもあんな格好をしてるんですか。その、あの、誰もそんな格好してないのに…………ひぃ』
よくぞ言った。だいぶ度胸がついてきたじゃないかイケメン。声は肉食動物に捕食されそうな小動物そのものだけど。
『兄貴が気合の入った人で、自分も影響を受けた』
相良女子はとつとつと自分のことを話し始めた。
中学の時は同じような不良仲間もいたのだが、高校に入ると周りは普通の人間ばかりになった。特にヤンキーらしいことをやるわけでもないのに、ずっとそのまま二年以上こんな感じで過ぎてしまったらしい。
世の中には変わった人もいるものだ。
ということは、この人はまともなのか? いやいや、最初に会った時めっちゃ怖かったんですけど。
俺は再びメールを送信する。
『あの時は、つい素に戻った』
素? いま、素って言った?
『普段はとても普通の女の子だ』
自分で言うと怪しさ倍増だな。
『そ、そうですか。安心しました』
安心すんなよ。素はヤバイってことじゃん。
しかし、そんな俺の心情をよそに、二人の会話が盛り上がり始めた。お互いの趣味のことだとか、普段何をしてるだとか。
イケメンも堅さがとれ、調子が出てきたみたいだ。
「どうやら、もう我々は不要のようだね」
阿法の周りには大量の食い物の空屑が転がっていた。
ちゃんと片付けろよ、それ。
俺らはイケメンにメールを送って遊園地を後にした。
<俺らは帰るな。後は上手くやれよ>