#10 デートをお膳立てする1
気がついたのは九時間くらい後だったらしい。午前三時に病院で目を覚ますと、傍らにはお袋と妹が居た。最初は心配されたが、しばらくするとすごい怒られた。妹には心配されつつも罵られた。
朝には阿法がやって来た。いや、カレーパンとか持ってこられてもまだ食えないって。
放課後にはスイコと栄坂がやってきた。スイコは何やら済まなそうに謝っていた。いや、あれは自業自得の因果応報だから。つーか、ちゃっかり二人で一緒に来てんじゃねーよ。
怪我はそう大したことなく、次の日には退院できた。当たり所が良かったのと、すぐ気を失ったのが幸いした。
阿法の話によると、俺が気絶した後、不良たちは俺が死んだと思ったらしく一目散に逃げ出した。ふ、他愛もない。というか、そんなので逃げるなら最初から殴るなよ。
というわけで俺は三時間目から登校した。お袋はもっと休めなどどおっしゃったが、俺が有給なんかとれるわけないでしょ。給料はでないけどさ。
「おい、なに学校休んでんだよ」
昼休みになると例の三人組が俺の机を囲んだ。
あ、ヤバイ。
「今日は許してよ、田中。間違って財布持ってきちゃったんだよ」
「お、やっと持ってきたか。じゃあこっち来ような」
嬉しそうに三人の一人が俺にヘッドロックをかまして引きずっていく。
「勘弁してよ、松本。俺貧乏なんだよ」
「誰だよ、松本って」
俺は校舎裏に連れて行かれてボコボコにされた上に財布までとられた。まあ、七百円しか入ってないけどね。
しかし、病み上がりなのに容赦ないなこいつら。
俺はその辺に落ちていた金属バットを杖代わりにして、教室に戻る。
「あ」
校舎の陰からチラッと人影が見えた。
「髪青いからバレバレだぞ」
ホウカは堂々とした振りして出てきた。
「俺がボコられるの見てたの?」
「ええ」
ホウカは事もない様子で言う。
「じゃあ、お金貸してくれ。昼飯代とられちゃった」
俺の卑屈な様子にホウカは冷笑を浮かべる
「あなたにはプライドがないのでしょうか?」
「俺のプライドあげるから三百円貸してくれ」
ホウカは盛大にため息をついて財布から札を出す。
「お、さんきゅう!」
「あなたより伊庭スイコさんの方がよっぽどお金に困っているというのに……」
「どゆこと?」
スイコは病室で何も言わなかったが、俺の後頭部を殴った凶器。実はスイコのギターだった。俺のタックルで地面に落ちたギターを拾った不良の一人が、野球の要領でスコーンと俺の頭をやったわけだ。
ギターはネックが根元からブチ折れて修理不可能になったらしい。
「良かったですね。あなたの目的が達成できて」
皮肉たっぷりのホウカに、俺の顔は綻んだ。
「まじかよ、やったぜ。最高の結果じゃん」
「失礼します。お金は返さなくていいですから」
ホウカは俺と同じ空気を吸いたくないとばかりに、早々に去っていく。
急に力が抜けた俺は、金属バットにもたれかかるようにヒョコヒョコ歩く。
「何をやっとるか」
校舎に入って階段の前で途方にくれていると、後ろから声がした。
何だ東スポ大好きのハゲかよ。
「何だそのバットは……お前は」
ハゲは俺の顔を見るなり驚愕の表情を浮かべる。ボコボコにされて顔に青あざがたくさん出来てるからびっくりしたのか。
「ちょっと来い」
ハゲが俺の手を引く。
保健室に連れてってくれるのか。いいところあるな。ハゲ教師に昇格させてやろう。
しかし、俺が連れて行かれたのは生徒指導室だった。
まさか、金属バットを校舎に持ち込んだ罪で説教なの?
「貴様、なんでスズカマンボが来るって分かったんだ?」
「は?」
「万馬券だよ万馬券」
あー競馬の話か。
「買ったんですか。よく買えましたね、あんな駄馬」
「お前が買えと言ったんだろ」
「いくらつきましたか?」
「……千七百倍」
「ということは百七十万勝ったんですか」
「ああ」
すごいな。それだけあれば……あっ。
「先生。お礼して下さい」
「何だと」
「えっと、十万くらい下さい」
「……馬鹿いうな」
やっぱそうか。
「あれは元々お前の金だ。俺の金じゃない」
え、何言ってんだこのハゲ教師。
「だからと言ってお前のような高校生にいきなり百万以上の大金を渡すわけにもいかん。卒業まで俺が預かっておく。必要になったら渡してやる」
こいつなに教師っぽいこと言ってんだ。頭おかしくなったのか。神々しいハゲ教師と呼んでやろう。
「じゃあ百万下さい」
「桁が上がったぞ、おい。何に使うんだ」
「ギター買います」
俺は事情を話した。こんなハゲでも学年主任なので俺の入院のことも知っていた。
「ほお。その壊したギターを弁償したいと」
「まるで俺が壊したみたいに言わないで下さい」
「いいだろう。楽器屋にいって見積もりをもらって来い。その分を出してやる」
☆
神々しいハゲ教師のおかげで、ギターはなんとかなりそうだ。
スイコの使ってるギターってなんだっけ? 楽器なんか全く詳しくないし。幼稚園の時、お遊戯会でトライアングルを派手に打ち鳴らして先生に怒られたことしか憶えていない。
ヒイヒイ言いながらようやく三階まで登ると見覚えのある男に会った。
「どうしたんですか、そのボロボロの格好は?」
これが普通の反応だよな。あの神々しいハゲ教師はやっぱりおかしいよ。
「ようイケメン。元気してるか?」
「あ、はい。実は探してたんですよ。どこの誰かも分からなかったから」
「俺を?」
「はい」
イケメンが何やら相談があるというので、購買部に移動した。
「もうすぐ昼休み終わるんだけど」
自分から話があると言っておいてイケメンがそわそわする。
「座ってるのがしんどいからソファで横になっていいか?」
イケメンが答える前に、購買部に設置してあるソファにダイブした。
「あと、これでパン買ってきて、何でも良いから」
ホウカからもらった千円を渡すと、イケメンはあんぱんを三つ買ってきた。
「なぜ同じ物を三つも買った……」
「駄目だった?」
「いや、いいけどさ」
俺はもそもそと食べながらイケメンの話を聞いた。
「本当かよ?」
俺はイケメンの話がにわかには信じられなかった。
「うん。これなんだけどさ」
イケメンは制服のポケットからはがき大の物体を出す。それは真っ黒な封筒だった。
「その呪いの手紙を渡されたわけか」
「呪いじゃないよ。愛の告白だよ」
何を臭いこと言ってるんだ、こいつは。
封筒の中身は一枚の便箋だった。外見とは違い至って普通でファンシーなクマのキャラが描かれた可愛い便箋だった。
「こっわ!」
内容を見て俺は引いた。いや、字面自体は大したことない。『明日の九時、校門で待つ』と書かれているに過ぎない。
怖いのはこれの差出人が相良良子という怖いヤンキー女だってこと。
「これって果し合いの事だよな?」
「え? 違うよ。デートだよ」
「何でだよ。夜の九時に校門でって言ったら喧嘩だろ」
「朝の九時だよ。それに僕は良子さんに好きですって言ったのに、何で喧嘩になるの?」
それもそうか。封筒が真っ黒なのが謎だけど。それと相良女子をちゃっかりと下の名前で呼んでるぞ、こいつ。
「でも、それなら何の問題もないな。両思いになれて良かったじゃねーか。せいぜいデートで一緒にシンナーでも吸ってこいよ」
俺は嫉妬にかられて投げやりに言い放った。
「そんな。僕、女の子とデートなんてしたことないよ。一体どうすればいいのか教えてよ」
イケメンは女々しく俺に泣きついた。
「情けない奴だな。その根性を相良女史に叩き直してもらえよ」
とは言うものの、こうなった責任の一端は俺にもあるので、仕方なく協力することにした。何で俺が他人のデートのお膳立てなんてしないといけないんだよ。