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雪化粧  作者: 林 秀明
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前編

 二〇一六年地球温暖化が進み、日本各地で雪を見られる場所が少なくなった。大阪南河内地方でも初雪の観測が二月中旬になってもまだ見られなかった。


「みんな雪って見たことある?」


下原香苗かなえは小学校低学年の子供たちに呼びかけた。十年くらい前では半数以上が手を挙げていたが、今となっては一人か、二人だ。みな自分達の空間で、やれゲームだのやれ妖怪だの楽しみ合っている。


「今度市外の山麓で雪を身に行くんだけど、一緒に行きたい人―?」


この質問をして先ほど挙げていた子供たちもすぐに手を引っ込めた。雪を知っている、雪を見た事があるのが恥ずかしいのだろうか。ゆとり教育の一環として授業を任せられている下原はこの瞬間が一番落ち込む。誰も興味を持たない。ゲームの画面を通して繰り広げられる雪の魔法や闘いが自分たちの日常の一部となっているとくやしく思えてくる。


「雪景色って本当にきれいなのよ。木々の枝葉に雪が積もって、木が一晩で雪の化粧をしちゃうの。一本じゃなくて何本もなるのよ。それだけじゃないわよ。陽がぽっかっぽかになったら、雪の重みで枝葉から雪が転げ落ちる。私はその瞬間が一番好き。雪って生きているんだって」


母の白い化粧を思い出しながら、下原は語った。母の化粧はとても濃く、よく家族で雪女だと馬鹿にした事もあった。白い肌に赤い口紅……面長の母の顔を小さく強調するにはこれが一番だと母は常々言っていた。


「雪って動くの?」


一番後ろの背の高い男の子が顔をあげて言った。


「動かないわよ。ただ降る時は蝶々のようにひらひらと舞い降りてくるの。一つ一つ丁寧に地面へと落ち、ゆっくりと消えていく。でもそれが積もっていくと雪になるの」


男の子はふーんとした目で見つめ、


「じゃあ、いいや」


と言って、授業は終わった。



「次のゆとり授業……他のテーマにしてはいかがですか?」


同じクラスの副担任小川は気の毒な顔をして言った。


「いややります。小学校低学年で雪を見たことがない子が多いことって問題じゃないですか? 私たちの時代はみんな雪で遊んでいましたよ」


「確かにそうかもしれませんが、最近自然災害が多く、自然を見に行って亡くなった子もいると聞いています。今の時世、画面からタップすると何でも答えてくれる時代です。雪を画面から通じて伝えていくのはどうでしょう?」


「それをするのならこの授業はいりません。雪は人と接することによって初めて、冷たかったり溶けたりと分かるものです。画面だけ雪を理解するのは出来ません。あの白く透きとおった景色を間近で見て、一人一人がどう感じるかが今の教育にとって必要なのです」


「これが課外授業を行う最後になるかもしれませんね」小川は悲しい目で言った。


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