おおゆうしゃよ!
気晴らしに書き始めたら長くなった感じです。
世界を創生した女神を倒し、この世の主になろうと目論む魔神が出現してから早5年。
初めは生身の人間でも倒せたような魔神の兵士たち、魔物は今では苦戦を強いられるほど強くなっていた。
幹部クラスの魔物になれば、女神の加護を受けた者しか倒せない。しかし、加護を受けたとしても無敵ではないのだ。当然負ける者もいて、女神を守ろうとする人間軍は、徐々に劣勢へと追い込まれている。
世界は確実に破滅へと向かっていた。
*・*・*・
私はミスト・リーガス、治癒を専門とする神官だ。
魔神との闘いの前線で負傷者に治癒魔法をかけまくっていたら、いつの間にか赤の天使などと言われるようになっていた。
なんでも、負傷者の血がついた服と、生来の赤い髪からこの名前がついたらしい。全然嬉しくない。
しかも、見てくれも正に女神のようだと評判らしい。全然嬉しくない!
私は妊婦の妻もいる男だぞ!!
確かに、昔から女の子みたいだの、戦場では貞操の危機におちいったりなどしたが。私は男だぞ!
髪が長いのは神官だからだ!脱げばすごいと評判だ、患者運びまくる筋肉なめんな!!
というような、非常に不本意な二つ名を持つ私だが、ありがたいことに、この国一番の治癒師と呼ばれている。
そして今私は、女神に一番近い場所である大神殿に、国一番の治癒師として招集をかけられた。
正直面倒なことが起きる臭いしかしないが、報酬の額がたいへんよろしかったので、行くことにした。これから生まれる子供のためにも、稼いでおかなければならないのだ。
大神殿に着くと、重厚な扉の部屋へと通された。
「ミスト・リーガスでございます。」
そう申し上げれば、面をあげなさいと柔らかな声がかけられる。
顔を上げれば、幾度か謁見したことがある御顔、教皇様がそこにいた。
相変わらず、年齢がわからない外見の御方である。例に漏れず、神官なので髪の毛は長く伸ばしていらっしゃるが、その雪のような白髪は床にまで届く長さだ。
「何度聞いてもやはり、見た目は美女なのに、声は男なのですねえ。」
教皇様、お言葉ですが、貴方様は性別すらわかりませんよ。御美しいですが。
なんて言えるはずもなく、私はただ首を横にふった。それを見た教皇様は、ただ柔らかく笑われると、口を開く。
「最近現れた勇者を知っていますか、」
その言葉に、私は頷いた。
噂を耳にしたことはある。
女神の加護を、この世で一番受ける者が現れた、魔神を倒す存在になるだろう、と。
「貴方には、勇者専属の治癒師になって欲しいのです。」
驚きの依頼内容に、発言の許可を求める。許可が下りたので、口を開く。
「それは私に、魔神を倒す旅に同行しろ、ということでしょうか。」
「いいえ、違います。貴方にはこの大神殿にいていただきます。勇者が負傷するたび、女神様が勇者をこの場所に転移なさるらしいのです。」
なるほど、勇者には破格の待遇が待っているらしい。しかし非常に不効率だ。
おそらく、女神の恩恵を一番受けやすいこの場所で、かなり上位のの技量を持つと自負する私が治癒をかければ、ほとんどの傷は治ると思うが、いちいち転移する手間がかかる。
不思議そうな顔をしていたのであろう。教皇様が補足をつけた。
「どの様な、状態でも治せるように、女神様も治癒に力添えをするとおっしゃっていました。」
やはりよくわからない。その上、何やらきな臭い気がするのは気のせいではないのだろう。教皇様の護身兵に周りを囲まれる。
「申し訳ありませんね。貴方ほど治癒を扱えて、女神様の御力と馴染みやすい者しか、勇者の治癒はできないのですよ。」
そう教皇様がおっしゃるやいなや、私は護身兵に担ぎ上げられる。抵抗はしたが、筋肉ダルマで一流の戦士である護身兵達には、流石の脱げばイイからだである私でも太刀打ちできなかった。
*・*・*・
私の家のリビングの倍以上は軽くある部屋へと、放り込まれる。
私が痛みに気を取られた瞬間、すかさず鍵がガチャリとかかる音がした。
「っざけんじゃねーぞ!!こっちは妊娠したばっかの嫁さんがいるんだよ!こんな所に監禁されて、たまるかゴラァ!!!開けろや!!!!」
そう叫びながら、容赦なく攻撃性の高い術を壁にかけまくるが、女神の加護が効いているのか、びくともしない。
私は舌打ちをすると、扉を殴り、蹴り、そこらにあった椅子をぶつけたりなどしたが、椅子が大破しただけだった。
「あ、あのー」
後ろからの聞き覚えのある声に振り向けば、そこには癖の強いうねった短髪で、ねずみ色の髪を持つ、気弱そうな男がいた。
何度か会ったことがある。
抜群に術を操る精度が高く、国一番の術の名手と名高い、宮廷術師のハンクス殿だ。
「この部屋、全体に女神の加護がかかってるみたいで。僕の一番の術でもビクともしないんだよ、」
「本当ですか?!」
ハンクス殿でもだめならば、私の術など効かなくて当然だ。少し一息をつき、冷静になったところで、ハンクス殿に質問をする。
「ハンクス殿はなぜここに?」
「偉大なる勇者様のための、転送係に任命されたんだよ。知らない奴に協力したくないって抵抗したら、天使くんみたいに拘束されて、この部屋に入れられたよ。」
そう、勇者をが現れたという噂は、ここ2、3日現れたもので、実際に勇者など、見たことがないのだ。
ハンクス殿も、私も。
「それにしても、転送係とは…」
負傷した勇者を転送するのだろうが、
そんな私の疑問に、ハンクス殿が答えてくれる。
「なんでも、負傷した勇者を天使が治癒して。その勇者を僕が、元の地点へと届けるらしいよ。」
どこから転送されてきたのかわからないやつを、どうやって送るんだろうね。などと呟くと、ハンクス殿は押し殺した声でクククと笑った。
「まあ、僕たちを出すつもりは無いみたいだけど。好きなだけ色んな術を試しても壊れなさそうだから、僕はこの部屋嫌いじゃないよ。」
そんなことを言うハンクス殿に対して、私はとんでもないと憤慨する。
「私は妻に会いたいです!!」
「あー…。そういや天使くん、ラブラブの奥さんいるんだっけ。」
「はい。というよりも、私を天使君などと呼ばないでください。」
「嫌だよ。いいじゃないか、赤の天使様。まあ、さっき怒鳴ってた様子は、とても天使様には見えなかったよ」
「御恥ずかしいことに、戦場で汚い言葉がうつってしまいまして。」
*・*・*・
そんなこんな事をしていれば、簡単に2日過ぎ。
床に大きく書かれていた、治癒の陣と、転移の陣のうち、転移の陣を使えば、部屋の外に出られることなどにも気づいたので、私は家で妻とゆっくりしていた。
妻のお腹にいる子供に話しかけていれば、転移される時に感じる、特有の浮遊感を感じて。目を開けば、私はあの例の部屋にいた。
目の前にはハンクス殿がいるが、様子がおかしい。ずっと気分が悪そうにえずいている。
大丈夫ですか、などと声をかけてハンクス殿の背中をさすっていると、必死に私の背後を指でさしている。
唐突に嗅ぎ慣れた匂いが襲ってきた。
ハンクス殿の異常な様子に気をとられ、気付けなかったらしい。
血の匂いだ。
後ろを振り向けば、部屋の中央、治癒の陣の真ん中に、血まみれで肉がむき出しになった人が倒れていた。
戦場などの経験がなく、研究ばかりしてきたハンクス殿には刺激が強すぎる光景だったようで、先ほどのような状態にいたったらしい。
もしかすると、負傷している彼は噂の勇者だろうか。傷口が獣などに齧られたようなもの、つまりは魔物につけられたものに似ている。
推定、勇者様はピクリとも動かない。床に広がる出血量や僅かに残る肌の色からみても、事切れていることは明らかだった。
何歳だったのだろうか。歴戦の戦士か、はたまた若い青年か。
それすらもわからないほど、食い散らかされた様子に、思わず眉がよる。治癒師としてのプライドが怒りの声をあげた。
もし彼が本当に勇者ならば、私は彼を助けるために呼ばれたのではなかったのか。
そんな事を考えている内に、手が陣に触れてしまったらしい。治癒の陣が激しく光りだした。
自分の意思ではないのに、勝手に口がよくわからない音を結ぶ。精神力が急激に持っていかれる感覚におちいった。
気力で、遠くなりそうな気をもたせていると、目の前の光がひいていく。
目を開けば、そこには17、8ぐらいの青年が立っていた。
「あれ?ここ天国?あなたは天使様ですか?」
惚けた顔でその様なことを私に尋ねた彼は、茶色の髪いたって普通の青年だった。
ハンクス殿が、信じられない、といった様な顔をしている。きっと私も同じ様な顔をしているだろう。
「いや、天使ではありませんが。きみ、君が勇者なのですか?」
戸惑った表情で目の前の青年が、肯定する様に頷く。名前はアランと名乗った。
沈黙が部屋におりる。あまりに突飛な出来事に、誰も頭がついていっていないようだ。
勇者の青年が口を開いた。
「あの、ここ。どこですか?」
ハンクス殿が、必死に私に目で合図を出してくる。
「あ、ああ。ここは大神殿ですよ。」
どういった事が、ここに来る前に起きたのか問いただそうとした瞬間、転移の陣が今度は激しく光る。
そちらの方を向けば、眩しくてよく見えないが。ハンクス殿が転移の陣を踏んでしまっているのがわかった。
ハンクス殿が、高速で何かを呟いているのが聞こえる。どうも先ほどの私と同じ状態になっているらしい。
光が治れば、そこには勇者の青年、アランの姿はなかった。
*・*・*・
あれからハンクス殿と私は、わずかな内に起こった勇者に関する出来事について、審議に審議を重ねた。床にある陣もなどは、主にハンクス殿の専門分野なので、私はほとんど何もできなかったのだが。
そして、何もわからなかった。
床にある陣は、ただ指定されている特定の術を増強するものであり、私達も使う事がしばしばあるようなものだった。
まあ、緻密さが俄然違ったが。果たしてこれを書くにはどれほどの時間がかかるのだろうか。
口が勝手に動いてしまうことは、ハンクス殿と意見は同じで、女神に操られたのだろう、ということになった。とても信じ難いが。
どうやら、勇者が例の部屋に転移されて来た時、私を妻のいる家から部屋まで転移させたのも、女神がした事のようだ。
術は、女神の力を借りることで発現する力。その力量は、この世に漂う女神の力との親和率。それから、術者の精神力に由来する。
女神の力を使う時、意識を持っていかれそうな感覚に陥るので、それに耐えなければならないからだ。それは使う術が強ければ強いほど、陥りやすい。
休む暇もなく、戦場の負傷者に治癒をかけれる力量を持つ私と、恐ろしいまでに術の制御を行えるハンクス殿の精神力は、常人とははっきり言って桁が違うと自負している。
その我々が、危うく気絶しそうになるほどの精神力を使う術、いや、使わされるが正しいのか。は、流石禁忌の術と言ったところか。
転移術とは、術者の訪れた事がある場所。更には術を使える力量によって、転移範囲が大きくかわる術だ。
ハンクス殿は隣国まで転移させる事ができるらしいが、それも例外中の例外、かなりの技を持つ事になる。
ましてや、ハンクス殿も一度訪れた場所にしか転移できないのだ。
訪れた事もない、好きな場所、どの距離にあるのかわからない場所へ転移させるなどができるような、万能な術ではない。
あの、ハンクス殿も女神に操られた際、かなりの精神力を持っていかれたらしい。
私ほどでは無いようだが。
一度死んだ人間を生き返らせるなど、禁忌もはなはだしいものだ。
術が発動された直後、気を保てていたことは奇跡に等しい。事実、勇者アランが転移された直後、私は気を失い、丸一日目を覚まさなかった。妻にとても心配を、かけてしまったようだ。とても泣いていた。
この程度で済んだのは、戦場で無茶をして術を使ったのが功をなしたのだろうと考える。
次からは、ハンクス殿が補助の術をかけてくれるらしい。次があれば、なのだが。
まさか、女神があのようなおぞましい手段に出るとは思わなかった。死んだ人間を生き返らせるなど。
もし、そう、これは仮定の話だ。
もし彼が死ぬ度に、こうして復活をさせられるのなら。ある意味では、不死身の戦士となるならば。
彼の心は恐らく保たない。
まだ一度しか行われていない事なので、本当に何度も蘇させられるか、という確証はないのだが。しかし、まだ大神殿に残るように懇願されている事などから、きっと予想は当たっているのだろうと思われる。
死の恐怖に何度も脅かされたり、人の死を近くで沢山見てきた者。そんな、死という存在の近くにいすぎた者は、死に取り憑かれてしまうことが多い。
私は戦場でそんな人間を何人も見てきた。もしかすれば、ずっと前線で治癒にあたっていた私も、どこかおかしくなっているかもしれない。
ただでさえ、実際に死ぬことがなくても、そのようになってしまう者が多いのに、幾たびも死の経験をするなど、常人の精神力では保たないだろう。
もし、彼が本当に、勇者と呼ばれる様な常人とはかけ離れたモノを持つならばわかる。しかし、彼は、一見したところ普通の青年だったのだ。
噂によれば、勇者はとある村で極普通に暮らしていたらしい。そんな彼が何をできるというのか。
なぜ彼が闘わねばならないのか。
なぜ、彼が死ななければならなかったのか。
私はただただ、次が無い事を祈った。妻や産まれてくる子供の為には、魔神退治などとても行くことはできない。
私は自分よりも明らかに年下の青年に、残酷なことをした。自分が卑怯なことはわかっている。
私はただただ祈った。
しかし、そんな祈りは届かない。
*・*・*・
あれからひと月経ち、あの悪夢の様な出来事は本当にただの夢だった、と錯覚しそうになった頃。
ハンクス殿と私は気がつくと、例の部屋にいて。そこには、前回と同じ様に血まみれの勇者が横たわっていた。
前回よりは凄惨な様子ではない。心臓付近に血がべったりとついているだけだ。しかし勇者が事切れていることは明らかだった。
目が開いたままで、その瞳孔は開いたままだからである。
「っ!」
前回のようにえづくことはなかったが、ハンクス殿の顔が青ざめる。
私はそんなハンクス殿の顔を一瞥した。
覚悟を決める。
二人で勇者が横たわる治癒の陣に近づいた。ハンクス殿の両手が私の背中に触れる。
女神の力の負荷を分担する特殊な術を、二人で唱えた。割合は私が7で、ハンクス殿が3だ。
治癒の術は繊細な術なので、他人の力を借りるにはこれが限界になる。
深呼吸をした。
「いきます。」
陣に触れると激しい光があがった。そして光がひけば、やはりつい先ほどまでは死体だったとは考えられない位、生き生きとしている勇者の青年がいた。
「あれ?!また俺ここに?夢??」
あたりをきょろきょろと見回す勇者。
そんな彼に私は冷静に声をかける。
「勇者様、夢ではありません。」
勇者の目がバッとこちらに向いた。
「あ、前にいた美人のお姉さんだ。」
「私は男ですよ。」
思わずといったように呟いた彼の誤解を、しっかりと正しておく。私は言葉を続けた。
「勇者様。あなたは死んで、そして、また、生き返りました。」
勇者が戸惑った顔をする。しかし前回のことに違和感は感じていたらしく、割とすんなりとその事実を受け止めた。
彼に、前回と今回の状況について、詳細を尋ねる。
話を聞けば、彼は故郷では猟師をしていたらしい。魔物を狩ることもしばしばあったらしく、戦闘に慣れていないというわけではないようだ。
前回は初めて遭遇する種類の魔物の大群に襲われ、なす術もなく倒されてしまったらしい。
今回は勇者の噂を聞いた幹部クラスの魔物に襲われ、心臓を一刺しされたとのことだ。
「じゃあ、俺は幾ら死んでも大丈夫ってことか。それなら今すぐ魔神を倒しに行った方が」
「それは愚かな考えというものだよ。」
なにやら焦った表情でとんでもないことを言う勇者に、今まで黙っていたハンクス殿が口を出す。
喋った!と驚く勇者へと、ハンクス殿は言葉を続けた。
「今すぐ倒しに行っても、君はすぐ死んでしまうよ。」
そんなのは知ってるといった表情で、憮然と勇者は反論した。
「でも、俺は生き返れるから大丈夫じゃないですか!」
「前回と、今回は、上手くいきましたけどね。まだ二回しか成功していません。」
そんな勇者に私も口を出す。
そうだ。まだ、二回しか成功していない。
ハンクス殿がまた口を開いた。
「君がこれからも、死ねばここに運び込まれるという確証はないんだよ。
それに、蘇生の術は我々にも負担が大きくてね。そう何度も来られても、術をかけれないかもしれない。
これからも、死ねばそこで全てが終わるという認識は変えない方がいいよ。」
勇者が神妙に頷いた。
まあ、しかし。こう言ったところで、だいぶと死への恐怖は薄れてしまっただろう。
次がないことを願います、と私が切実に勇者に伝えるのを確認した後、ハンクス殿が転移の陣に触れる。
激しい光の後、部屋には勇者の青年の姿は消えていた。
*・*・*・
その後5回ほど、勇者は幹部クラスの魔物に襲われて、この部屋にやって来た。
力が足りないと嘆く彼を慰め、1日に二回も来られた時にはハンクス殿と2人で3日寝込み。その後、また死んでしまってやって来た勇者に平謝りされ。
その5回の間に、私達は勇者の彼を、アランと名前で呼ぶ仲になり。
治癒の術の後、転送できるのは3分後などという事を発見などしたりする内に、アランが幹部クラスの魔物を倒したとの噂が耳に入ってきた。
アランはもう3ヶ月ほど、例の部屋に姿を見せていない。幹部クラスを倒した後、彼には心強い仲間ができたらしい。喜ばしいことだ。
そうする内に、私の妻も元気な双子を産んでくれた。もう、可愛くて仕方がない。
妻も以前より安心して子供が産める事ができた、と勇者の誕生を喜んでいた。
人々は、何度倒れても復活する勇者の姿に勇気付けられ、また士気を取り戻している。
そんな人々の姿をみて、勇者に助力できていることと、非人道的なことをしている後ろめたさが私の心を覆う。
もう彼が死ぬことがなければいいのだが。
そうポツリと私が呟けば、妻は不思議そうな顔をしていたが、私の家に招かれていたハンクス殿は強く同意してくれた。
*・*・*・
ここ最近、アランが2週間に2度くらいのペースで例の部屋に現れる。
それも毎度、沢山の傷を受けた状態で。
転移までの時間に話をきけば、また仲間が増えたらしい。
そしてお人好しな彼は、仲間に当たりそうになった攻撃を、盾となって受け止めているようだ。
ハンクス殿と2人で、アランがそんなことをする必要はない!と叱れば、苦笑いして彼は答えた。
「大丈夫っすよ、致命傷に繋がりそうな攻撃当たりそうなやつを、守ってるだけですから。」
全然大丈夫じゃない!と、また2人で声を荒げる。
誰かが死ぬのなら、まだ生き返る可能性がある俺が。という、間違った優しさと甘さは、3分程度では治らなかった。
嫌な予感がする。
「あ!でも、ミストさんとハンクスさんも大変っすもんね。死なないようにがんばります!」
そう言って元気に、しかしどこか疲れた様子で、勇者アランは光に包まれて消えた。
*・*・*・
それから3日後、また酷い状態で死んでしまっている勇者が私達の目の前に現れた。ハンクス殿のに補助の術をお願いし、治癒の陣に手を触れる。
勝手に口が動くことも、人を生き返らせることにも、何回やっても慣れることはなさそうたった。
もう、何度目かわからなくなってきた復活を遂げたアランは、酷く取り乱していた。
「リズ?!リズが!!!!くそっ!くそおっ!!ああ、早く戻らなきゃ。早く、早く早く早く早く、ハンクスさん、おれ、早く戻らなきゃ、ハンクスさん!」
「アラン!!!!!!!!」
ゴッと鈍い音がした。殴った私の方が痛そうなんだが。
アランの頬が赤くなり、私の手は手首まで痛くなってる。
人を本気で殴ったのは、指で数えるくらいしかない私だ。
「落ち着きなさい。」
痛む手をさすりながら、彼を諭す。
冷静さを取り戻したアランは、私にスミマセンと謝った。ハンクス殿が、何があった、とアランに尋ねる。
「幹部クラスの敵が、久々に出てきて。俺が盾になろうとしたら、リズっていうヤツが、もうやめろって叫んで。いいヤツなんですよ。
それで、そのまま、前に出ようとした俺を庇って攻撃受けちまって。ああ、動かなくなって、それで、それから、ヤヤナが、化け物って。俺を化け物って。
なんでリズが攻撃受けてんだよ、不死身の、化け物って。ほんとにそうだよな、それから、それから、ヤヤナが、おれに攻撃して、
そのヤヤナにも、魔物が攻撃して、みんなヤバくなって、守らなきゃ、おれが。勇者なんだから、おれが」
「アラン、落ち着いて。息を止めなさい。」
だめだ、過呼吸になっている。
私は大丈夫、大丈夫、と言いながら、アランの背中をさすった。ハンクス殿も手招きして、一緒にさすってもらう。
ハンクス殿は、アラン!しぬな!死ぬなよ!と言いがら泣いていた。
過呼吸なのに、不安にさせることを言ってどうすんだ、と思わずハンクス殿へ手がでた。
しばらくしてアランが落ち着いた。
ありがとうございます、すぐ死んですみません。俺、戻らなきゃ、などと言う彼にふつふつと怒りが沸く。
説教をしようと口を開けば、色々と勢いに気圧されていたハンクス殿が、ホイホイと言われるままにアランを転移させてしまった。
私は、そのままハンクス殿を、説教三時間フルコースにしてさしあげた。
*・*・*・
そして2日後、またアランが例の部屋にやってきた。
何度も何度も打撲されたような傷が、全身にある。砂利がたくさんついている。全身が打撲傷で変色していた。
アランを復活させる。
「あの後、戻ったらパーティー全滅してて。今日はその家族の人達に殺されてしまいました。すみません。」
問い詰めてみれば、砂利などは投げられた石や、砂によるものだった。
なんでアランがそんなことされるのだよ!と、泣きながらハンクスが、アランに抱きつきにいく。
そんなハンクスをなだめながらアランが、
「俺が悪いんです。勇者なのに守れなかったから。俺が」
などと言っている様子を見ていた私は、頭の中の何かがブツッと切れる音を感じた。
「お前な!何回も生き返ったくらいで神にでもなった気かああん?!」
いや、神といってもいいくらいすごい事なのだが
「毎回毎回な、大変なんだぞこっちもな!タダで蘇ってる訳じゃねーって、本気でわかってんのかテメェは!簡単に素人にハイハイって殺されてんじゃねーよ!!オ"イッ!
あのなハンクスもな!死体見んの慣れてねーくせに、えずきながら毎回毎回頑張ってんだよ!」
ハンクスが、名前を呼ばれた事でビクッと驚く。
「なんだ?勇者だからって、勇者だったら仲間みんな守れるとかおもってんのかよ!」
いや、物語の勇者ってそうなのだけれども。
「いい気になんじゃねーぞ!お前なんかな!全然強くねーんだからな!?私はもっとつえーヤツ、戦場で見てきたんだ!ちょっと幹部クラス倒したからって、誰かを守れる余裕があるって勘違いしてんじゃねーのか?!あ??!」
一息つく。
口ではきれて、頭の中では冷静などという器用な芸当をしてしまった。
「アラン。」
ハンクス殿が、アランに声をかける。
「そんなに頑張らなくってもいいんだよ。もう止めてもいいんだ。
最初は特別強くもなかった君が、血の滲むような努力をして、魔物を倒そうとしているのも知ってるんだよ。
何回死んだ?なあ、もう終わりにしないかい?」
部屋に沈黙がおりる。
アランが縋る様な、そんな潤んだ目でこちらを見た。そしてうつむく。
「ダメだ。」
唸るようにアランが言う。
「ダメだ。俺が、俺は魔神を倒さなきゃ。女神を、女神を守らなきゃいけないんっす。」
アランの雰囲気が、だんだんと淀んだ濁った色になるような、そんな風に見える。こんな様子は初めて見た。
アランがそんなに熱狂的な女神信者だったなんて、思わず、といったようにハンクスがそう呟いた。
その声に、アランが顔をあげる。
目に光がない。
「そんなわけないっす。」
吐き捨てるように言った彼の言葉に、私達は肩がビクッと揺れた。殺気が漏れている。
かと思えば、今度は泣きそうな顔になるアラン。
「リーが。」
一呼吸。
「婚約者の、ライラっていうやつがいるんっす。リーって呼んでるんすけど。女神が死ねば、そのライラも死んでしまうんです。」
「どういうことですか?」
思わず質問する。婚約者殿は巫女か何かなのだろうか。
「俺が勇者になった時の話なんっすけど。俺、猟師をしてるから、森の近くに小さめの家を持ってるんっす。
それで俺が猟に出たてた時に、リーのやつ。その家に来てたみたいで。
なんか、料理に使う山菜かなんか取ろうとしたんっすかね。
俺が帰ってみれば、そこには魔物に襲われて、血まみれのリーがいて。
全然、全然息してなくて。」
アランの手が、握り締めすぎるあまり白くなっている。
「泣き叫ぶ俺に、女神が囁いたんです。」
「その子を生き返らせてあげる。でもこれからは、私が死ねばその子も死ぬわ。
だから、勇者となって、私を魔神から守りなさいって。
だから俺、女神を守らなきゃいけないんっす。だから。もう、行かなきゃ。」
そう言って転移陣へと急ぐ彼に、私は言った。
「私も行きます。」
隣をみれば、ハンクスも強く頷いている。
「来ないで欲しいっす。」
なぜ。
アランが泣きそうな顔をする。
ほら、君は助けてって言ってるではないか。
「もう、俺、ミストさんとハンクスさんしか頼れないんです。俺が頼れるのは、2人だけなんっすよ。
死んでもらうと、困るんです。」
俺が死んだ時に困るんです。そう言って苦笑すると、ハンクスに目で合図をする。
転移陣が光った。もう、この光を見るのも何度目だろうか。
もう、何度目なのだろうか。
*・*・*・
それから戦場で、死を恐れぬ戦乱狂の勇者の名が轟いた。彼は不死身の勇者で、まるで死神のように、彼が通った後は生きている魔物がいない、と。
魔物は勇者を恐れた。
人々は勇者を恐れながらも、鼓舞された。
次第に人間が優勢になってきていた。
アランが例の部屋に来るのも、仲間などがいた時期よりかは、間隔が空くようにになっている。
しかし、彼は日に日に疲弊していっているようだ。
ある日アランが、もうすぐ魔神がこちらに来るかもしれない、と言った。魔神が力を取り戻し始めていることを、感じるらしい。
そう言う彼の髪の毛は、目に見えるほど白髪が混じっていた。
私は勝手ながら、妻と子供達を国外に避難させた。妻は私にもついてきて欲しいと懇願した。
私は首を振った。
「アランを見捨てられない。」
彼女は涙をその美しい目にいっぱい溜めて、私の頬を張った。
そう言うと思ったわ、そんなことを言って私に守り袋を渡した。
「勇者様に渡して。私は何も出来ないけど、感謝してます。応援してますって。
子供達を、主人を守ってくれてありがとうって。」
私たちは、また会う為に誓いのキスをした。
そして私とハンクスは、とある人に、ある頼みごとをする為に会いに行った。
*・*・*・
アランが例の部屋にやって来る。
何時ものように生き返った彼は、目の前の光景を見て、目を見開いた。
「リー…。なんで、ここに、」
そう言い淀んむ彼に、リーと呼ばれる勇者の婚約者、ライラが抱きついた。
反射的に受け止めて、抱きしめ返すこと数秒。
ハッとした顔になって、アランが私達をドギツイ殺気付きで睨む。
「ミストさん…!なんでリーがここにいるんですか!」
そう言った彼の鳩尾を、ライラが抱きつきながら器用に殴った。
不意打ちの攻撃に、勇者が、グフっなどと言いながら膝から崩れる。
ライラという少女は、少し垂れ目気味の柔らかな眦に涙をいっぱい溜めて「馬鹿!!!心配かけて!!!」と、叫んだ。
言葉はそれだけで十分だった。
大粒の涙を、ボロボロと流す彼女を、アランはそっと抱きしめる。
そうしながら彼は、すみませんでした、と私達に謝った。
よし。と、アランが言った。
勇者の顔を付きになる。
「もう魔神が来てます。俺の猛攻に焦ったのか、魔物達のの力を吸収して、無理やり攻めることにしたみたいっす。お二人は逃げて下さい。」
「僕は逃げないよ!アラン!」
「そうですよ。我々が逃げれば、誰が貴方を蘇らせるのですか。」
ハンクスと私がそう言えば、しょうがないな、と言ったようにアランが笑った。
「 アラン、アラン、私も残る…!」
そう言い寄る少女に、勇者はそっとキスを落とすと、愛してる。と囁いて、転移の術を彼女にかけた。
最近見慣れてしまった光よりかは激しくない光が、部屋を照らす。
いつの間にか、アランは高度な術も身につけたようだ。
ほんとは転移ってこんなもんだよね。そうハンクスが呟いた。
心から同意する。
というよりも、こんなに上達しているのなら転移の陣なんて、後半必要なかったのではないだろうか。
いってきます、そう言うアランへ妻からの守り袋を渡す。
「子供達と夫を守ってくれてありがとう、とのことです。」
ありがとうございます!そう言って、アランは笑顔で出て行った。
大神殿にいる術を使える者を、全員集める。
部屋はかなり狭くなったが、用心に用心を重ねよう。
ハンクスが強力な防護の術を、部屋の周りにかける。流石国一番の術師だ。
彼には、もう転移の術は必要ないので、防護の術に集中してもらう。
神殿が揺れる。
戦闘が始まったようだ。
数十分もすれば、アランが部屋にやってきた。部屋にいる者達が動揺する。
「怯むんじゃねえ!怯えた瞬間に死ぬと思え!!」
そう一喝すれば、さすが大神殿に居るエリート達。大方は真剣な顔つきになり、私の補助をしてくれる。
えずいている者もいる。はじめの頃のハンクスを思い出した。
直ぐに術をかける。
「いきます。」
アランがまた旅立った。
「いきます。」
大神殿が崩れていく。
「いきます。」
周りに倒れている者が増えた。無茶をさせた。申し訳ない。
「いきます。」
私も立つのが辛くなってきた。
「いきます。」
さすがハンクスの術だ。神殿が崩壊しても、この部屋は残っている。
どれだけ凄いのか、再確認した。
「いきます!」
ハンクスが倒れた。
私も、もう限界だ。
壁も天井もなくなった部屋は、禍々しい魔神の姿がよく見える。
そんな魔神へと、勇者が駆けて行く。
飛行の術で、勇者には翼が生えていて、まるで天使のようだった。
なんだ、お前の方がよっぽど天使みたいじゃないか。
ふと、アランの婚約者、ライラのことを思い出した。
彼女の容姿は可愛らしいが、パッとはしない顔つきだった。しかし、彼女の髪の色はストロベリーブロンドで、女神の好きな薄桃色だ。
そういえば、アランの目の色も薄桃色だったな、などとぼんやりと思い出す。
案外、女神は単純な理由で勇者を選んだのかもしれない。
そう考えたのを最後に、私の意識は暗転した。
ある日、女神さまをねらう、悪いまじんが あらわれました。
そんな悪いまじんを、正義の勇者がたおしました。
おしまい。
読んでいただき、ありがとうございました!
ブチ切りエンドが気に入らない方は、私の報告欄に、ハッピーエンドを用意しておきました。
というよりも、ブチ切りエンドを気に入っていないのは私です!!笑