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伝令物語  作者: 真里谷
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第二話 任務

 俺の名を呼ぶ声がする。デュランの記憶にもある声だ。これは……看護兵のリンダ・コニガーのものだ。

 果たして、赤髪の気の強そうな顔が現れた。ピンク色の衣服は返り血が飛び散っていて凄惨ですらある。

 俺はベッドから起き上がり、あせあせとやってきたリンダを興味もなしに見つめていた。

「よく生きてましたねぇ!」

 開口一番、リンダが言った。

「驚くほどのことか?」

 頭に手をやって、目の前に持ってきた。血はついていない。意識がグラグラするようなこともなく、至って健康だ。

 触っちゃダメです、とリンダが言った。

 彼女は相方の毛づくろいをするのように、俺の髪をかき分けて覗いている。

「生きているのが不思議なくらいですよぅ。どういう体の構造をしてるんですか」

「頑丈なんだ」

 まさか、お前が知っているデュランはもう死んだよ、と言うわけにもいかない。

 狂ったと思われるだけならまだしも、いわゆる魔女裁判にかけられる可能性だってある。この世界にそんなものがあるかどうかはわからない。デュランが知らないだけで、そういうことは公然と行われていた可能性を否定できない。

 十三歳の伝令兵の記憶に何もかも頼りきりじゃあ、いつか痛い目を見るだろう。

「治療しますから、ちょっと来てください」

「大げさな。ツバつけときゃ治るよ」

「そういう次元の問題じゃないんですぅ!」

 もしや「中身」が見えているのかな?

 俺はそう考えながらもリンダに従った。

 兵舎から医療隊の隊舎に映る。どちらも戦陣に設けられた簡易建築の建物だ。大型の台風が上陸したら、根こそぎ吹き飛ばされちまうだろうな。

 もっとも、中の様子はさらにひどい。すでに大型台風がやってきた後みたいだ。ただ、俺の知っている台風は人間を切り刻みはしなかったし、あたり構わずに血を撒き散らしたりはしなかった。

 この世界の医学や細菌学はまだまだ発展していない。元の世界の歴史でいえば、それこそクリミア戦争のあたりで止まっているんじゃないか。

「魔法で治るかなぁ……」

 俺を椅子に座らせ、リンダが両手をかざした。

 怪しい仕草だ。ハンドパワーとか気功健康法とか、そういう胡散臭さを感じさせる。

 だが、その手にはほのかな燐光が生まれて、俺の体を包み始めた。それが看護兵の使う治癒魔法だということはわかった。

 じゃあ、魔法って何だというと、専門的な知識はデュランも持っていなかった。仕方ないな。俺だってどうして蛇口をひねると水が出て、スイッチを押すと電気がついて、薬を飲むと頭痛が治るのかを知らないんだ。魔法学という体系だった学問を修めていなきゃ、「そういう役立つものがある」で止まるってわけだな。

 リンダの治癒魔法はかなりのレベルに達しているらしい。これも記憶の受け売りだ。彼女の力があったからこそ、ほとんど死にかけていた人間が、腕一本失うだけで済んだ事例もあったらしい。

「うん、よし!」

 手応えがあったようだ。

 やれやれ、俺としては何ともないんだが。

 どっちかというと、替えの服が欲しいところだった。

「デュラン、いるか?」

 誰かがやってきた。俺の知らない奴だ。俺が知らないというのは、もちろんデュランの記憶も含めて知らないということだ。髪型がモヒカンなので、仮にモヒカンと命名しておこう。顔が妙に縦長いから、モヒカン芋の方がいいか?

 まあ、軍隊ってのは大所帯みたいだから、知らない奴もいるだろう。高校の同級生の顔や名前をいちいち覚えていないのと同じだし、それこそブラック企業並みに「死ぬほど」忙しいのが戦場ってもんだろうからな。

「ローカリス公がお呼びだ。急いで来い」

「待った! まだ傷を塞いだばかりなんだよねぇ。一日くらい安静にして様子を見ないと」

「我々は戦争をしているのだ」

 モヒカン芋が訳知り顔で言った。

「動ける奴は親でも子でも使わねばならん」

 いいことだ。

 人間ってのは、そういう性質を持ってるからな。

 元の世界でイヤというほど思い知らされた。性善説なんぞクソ食らえだ。

「リンダ、俺なら大丈夫だ。行くよ」

「でも……」

「傷が開いたらまた来る」

「開くっていうか、空いてたんだから!」

「そりゃあ大変だ」

 他人事みたいだって?

 まあ、そうだろう。俺が来る前のデュランなんて、文字通りの他人だからな。今はまったくもって爽快な気持ちで体を動かしている。昔はひどかった。家での布団で眠れることすら稀。重い体を引きずって通勤するくらいなら、会社で寝ていたかった。その会社の仮眠室さえも取り上げられて、災害用避難キットに入っていたエアマットに寝ていた。そら死ぬわ。

 異状があったらすぐに戻ってくるよう、リンダは何度も何度も俺に言ってきた。わかってる、わかってるよ。

「俺は大丈夫だ。かっこいい男は無様に死なないもんだぜ?」

「デュランがおかしくなってる!」

 ああ、デュラン・スクルトゥヌスはこういうキザな言い回しをしないのか。

 でもよ、俺は元の世界では決してイケメンじゃない……むしろブ男に入るようなツラだったんだ。精悍で端正な顔立ちになったんだから、これくらいの二枚目なことを言ったって許されるはずさ。ハリウッドが夢見たヒーロー像だ。

 俺はモヒカン芋を促し、早足で野戦病院を後にした。リンダはかわいかった。あまり心配をかけたり、はたまた疑念を持たれたりしたくなった。かわいい子は旅をするものだが、かわいい女の子には傍にいて欲しいもんだ。疑いを持たれるってのは辛いからな。

 モヒカン芋は……モヒカン芋って言いづらいな。「芋+モヒカン=芋ヒカン」でいいだろう。

 で、モヒカン芋あらため芋ヒカンは、俺を連れて大天幕へと向かっていった。帝国軍の本営だ。ついさっき帰着の報告をしたばかりだが、またまた渋い顔をしたメンツとツラを突き合わせなきゃならないらしい。

「デュランを連れてきました!」

 芋ヒカンがやや丁寧さを加えた声の高さで報告した。

「入れ」

 女の声だ。記憶にあるぞ。モートルード伯の声だ。背が高く、マントが似合う美人。黒髪には若干の緑のグラデーションが掛かっている。

 その記憶に間違いがないことを、俺は中に入って確信した。他にもローカリス公やレオノラや、他の将軍や参謀連中が揃っていた。どいつもこいつも戦争戦争で消耗している。自分が正しいかどうかという疑念、戦略が間違っているのではないかという焦燥、そんなものが現れている……レオノラを除いて。

 軍師殿は実に落ち着いていた。目は澄んでいて、いかなる未来をも受け入れるという決意にあふれていた。いい女だった。まだ少女だというのに、人生の辛苦の味を知っているような顔つきから、堪らない魅力が発せられていた。

「デュラン。戻ってきて早々に悪いが、仕事を頼みたい」

 ローカリス公が言った。俺はこの人の側近として、未来の将軍候補として活動していた。

 彼は善良な人間だ。

 どういう意味かって?

 戦争にとことん向いてないってことさ。元の世界の俺みたいなこき使われ方をしたら、バックレずに悩み悩んで自殺するタイプだ。

「どのような任務ですか」

「使者だ」

 モートルード伯が口を挟んできた。彼女はローカリス公を見下していた。それを軍の中で知らない者はいない。

 ああ、ここにいる上層部の人間は別かもしれない。雲の下のゴシップは、雲の上まで届かないものだ。加えて、雲の上の人間は足元をおろそかにするのが定石と来ている。だから、過労死だのコンプライアンス違反だのが起きるんだ。

「この書状を渡して欲しい」

 モートルード伯が丸めて紐で結わえた書状を差し出した。

「了解」

 俺がそれを受け取ろうとすると、伯爵殿は突然それを引いた。

「一つ尋ねたい」

「何か?」

「お前とともに出た伝令は皆死んだ。お前が命令を伝えに行ったスーリオス隊も、一部を残して全滅した」

 モートルード伯は俺の目をまっすぐに見てきた。

「なぜその報告が遅れた?」

「頭に穴が開くほどの怪我をして、気を失っていました」

「気を失っていた。そうか、なるほど」

 モートルード伯は右に左と歩き、それからまた俺の前で立ち止まった。

「ローカリス公がお前に託した命令を、スーリオス隊に伝えるべき言葉を覚えているか?」

 デュランは健忘症ではなかったようだ。ちゃんと覚えている。

「ここで言ってもよろしいんですか?」

「構わん」

「貴公の軍は突出している。速やかに周囲の部隊と歩調を合わせるよう」

「そうだ。案の定、そこを敵軍……龍爪公の異名で知られるザルモニア公の部隊に捕捉され、無残に討ち果たされた」

「自分も巻き込まれました」

「ふむ……その通り」

 モートルード伯はまた左右にうろうろし、上を見たり下を見たりしている。

 俺を試す理由などあるのだろうか?

 まさか中身が入れ替わったことが、何らかの理由でわかっているとか……。

 この魔法なるものがある世界だ。魂やら意識やらの判別方法があって、それを使用している可能性も否定できない。

 だが、これは俺としては心外な話である。これからはデュラン・スクルトゥヌスとして生きていこうとしていて、しかも帝国への貢献もぼちぼちやろうと思っているのだから、彼女らにとって不利益はないはずなのである。

 そりゃまあ、ハードワークは二度と御免だから、力の入れどころは選ばせてもらうつもりだがな。

「デュラン・スクルトゥヌス」

 モートルード伯は立ち止まり、ヘビが獲物を睨むように俺に目を向けてきた。

「行け」

 再び書状が差し出される。

 俺は少し迷ったが、これを取った。

「それをザルモニア公に渡せ」

「ザルモニア公に?」

「内容をお前に言う必要はない」

 おっと、やばいな。

 確かにパシリが偉い人の意図を確かめるもんじゃない。どんな時代だって、そういう無理に首を突っ込みたがる輩は死ぬもんだ。死亡フラグってやつだ。俺がフラグブレイカーじゃないことは、きっちり過労死したことでもわかっている。

「デュラン・スクルトゥヌス、書状をザルモニア公のもとに届けて参ります」

 周囲を確かめる。

 ローカリス公は血色の悪い顔を俺に向けている。じっくり観察したいツラじゃない。

 モートルード伯はもういいだろう。

 レオノラ・バルドアトは……笑んでいる?

 俺には一瞬だけだが、彼女が笑みを浮かべたように見えた。少女らしい笑みではない。軍師として、策略家としての峻烈な笑みに思えた。彼女の青みがかった瞳を見ていると、すべてを看破されそうになる。俺が本当のデュランではないこともだ。

 怖いね、怖い怖い。

 俺は踵を返し、大天幕を出た。

 さあて、敵陣に乗り込むという仕事だ。使者ではなく伝令を使うということは、それだけリスクが高い案件だと思わなきゃいけないだろうな。

 モートルード伯の狙いはそれか?

 いや、考えすぎか?

 俺の思考はまとまりきらなかったが、とにかく任務は遂行せねばならない。「生前」のデュランは馬を使っていたようだが、俺は徒歩で行くことにした。なぜって、二つの世界をまたがった俺の肉体は、どうやら馬よりも速く走れることに気がついたからだ。

 味方の目が届くうちはおとなしく普通の速さで走り、鬱蒼とした森の中に入るや否や、どんな地上の生物でも敵わない速度でザルモニア公の陣地を目指した。

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