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王の花嫁  作者: 川本千根
22/50

ポイント.オブ.ノー.リターン

朱国では二年続いた小麦の病気が、その年の発生は見られなかった


数日間、西の穀倉地帯に視察に行っていたカエン様が夕方帰って来て、私の部屋にいらっしゃった


私は、カエン様の髪を縛る黒く染めた麻のひもを神殿から頂いて、それをちょうど良い長さに切り揃える作業を終えたところだった


いつものように早足で私の前にいらっしゃって


「ハナ、手を出せ」

とおっしゃった


私はなにか、怒られる気がして

恐る恐る両手をカエン様の前に差し出した


カエン様は手の甲を上に差し出した私の手首をつかみ、くるっと手のひらを上にさせ、その上に小さな素焼きの壺を乗せた


「視察の途中で子供にもらったのだ」


なんだろうと蓋を開けると、なかにはひとかけらの蜂の巣が入っていた

六角形の部屋に黄金色の蜜が詰まっている


あっと思って顔を上げると、カエン様はもう部屋を出ていこうとしているところだった


カエン様は振り返り


「ユキには内緒だ」


とおっしゃって、マントを翻し出ていかれた

きっとまだご用事が残っているのだ


抜け出して、私にこれを届けにきてくれた…の?


私はこの前リオス様とお話ししたことを思い出していた


「兄上はこよなく姉上を愛していて…」


ああ、多分私が来る前はこの小さな贈り物はユキ様に届けられていたのだ

でも、今は贈り先に私を選んでくれた…


胸が高鳴った



私はあの日の、若く美しい王に左手を取られた時、決してこの人のことを好きになるまいと心に決めた


この美しい王が私を好きになるはずがない

この人を愛していてしまったら私の負けだ

惨めになるだけだ

それでなくても惨めな人生なのだ

私にこれ以上の不幸せは必要ない


この人はたまたま手に入れた眺めるだけの美しい人形でしかない

私はただ、私を選んだ神に与えられた義務だけを果たせばいいのだと


今、その誓いは吹き飛んでしまった


そういえば…

ふと、カエン様と一緒に馬に乗った日が甦る


そうか、学び舎で馬が私を受け入れなかったのは多分飼い主の村長様やサジアさんが私を嫌っていたから馬がそれを感じ取ったんだ


カエン様の馬は私を拒否しなかった!


ああ!

好きになってもいいのだ


カエン様は私の醜い姿など少しも気にしておられない

カエン様も私を大切に思って下さっている


私はカエン様の妻なのだ!


もう自分の気持ちを偽る必要はない



私はその日突然訪れた幸せを、自分には無縁だと思っていた幸せを味わうために、何度も何度もその小さな壷の蓋を開けたり閉めたりして、蜂蜜の金色の輝きを楽しんだ






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