海亀は卵を産む
海亀は卵を産むときにイってしまうそうです。それは小笠原諸島で今まさに産卵のさなかである、美しい海亀にとっても同じことでした。エクスタシーに達したその海亀の快楽は、海中の日光浴の心地よさですら、比較にならないほどでした。
やがてすべての卵を産み落とすと、涙とともに快楽も流れ出てしまいました。そしてイってしまったあとの切なさの中、ふと我に返るとそこは初めて見る(いつか沖縄の海から見た民家よりもよほど大きい!)城の前でした。
予期しない波にさらわれたような感覚に、海亀は混乱しました。(ここはどこ? 海は? 卵は?)
おかしさはそれだけではないような気がして、冷静にならなければならないと考えた海亀は、ゆっくりと深呼吸をし、今置かれた状況を整理するため、周囲を見回しました。
空は雲が点々と見えるものの、おおかた晴れていました。少し先の方に大きな城が建つほか、周囲には背の高い鮮やかな緑色をした雑草が生い茂っています。
視線を落とし足もとを見て、そこでようやく違和感の正体に気がつきました。
きれいな石畳の上で、狂ったことに海亀は二本足で立っています。その様は犬が逆立ちをしているような、とても不安定なものでした。
「うぇぇ……なにこれ」
海亀はそう思っただけのつもりでしたが、声に出ていました。その初めての感覚に、再び混乱しました。
「ああもう! とにかくこのままじゃどうにもならないよね……」
草原の中を断ち切るように敷かれた石畳の上を、城の見えるほうに向かってゆっくりと歩き始めました。
初めは草原の中にぽつんと建っているのかと思っていた海亀は、城に近づいてみてようやく、城周辺には城と比べるととても小さな建物がたくさん建っているのだとわかりました。
しかし小さな建物の並び立つ路上には人の影はまるでありませんでした。
それでもひたすらに歩くほかなかった海亀は、大きな城の前まで歩きました。
「大きなお城……。誰か住んでるのかな?」
白くそびえるとても素敵な城。ところどころに見えるステンドグラスが、美しさを際立たせます。扉も同様に大きく白く、海亀は圧倒されました。
「こんなのどうやって開けるんだろ? 誰かー!」
叫んでみても、なんの反応もありません。
「ああ、もう私、死ぬのかな……」
重い甲羅を背負って、初めての歩行。海亀はくたくたで、お腹も空いてきて、もう限界でした。
前足を地につけて、お腹も地につけて、海亀は生きることを諦めました。