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アヴァロン ~天上の大地~  作者: 中田 春
第一部 ~美しい少女~
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建国祭.6



 その少女は“青い髪の少女”の手を取って、

 前に向かってひたすらに駆けた。



 二人きりだった。



 このまま走って、自分たちは、どこへ向かえばいいのだ。

 〈マイル=エーナ〉とは? 

 それは一体どこにある?

 疑問が絶えず少女に渦巻いた。それに答えてくれる人は居ない。

 幸か不幸か、パレードが掃けた沿道からは大量の民衆が流出していた。

 しかしその所為で少女は、あとの二人を見失ってしまった。


 自分を連れ出してくれた、あの男の姿も見当たらない。



 被っていた帽子がなくなり、露わになった

 連れの少女の“鮮やかな青い髪”が、周囲の注目を集めていた。

 たくさんの人の波に呑まれながら、その少女と、青い髪の少女は

 当てもなく街を疾走した。


「まって」


 すると繋いでいた手を解き、

 青い髪の少女は立ち止まって肩で荒い息をさせる。

 二人は身を強張らせた。

 腰に〈長剣〉を吊り提げた衛兵の姿がそこにあった。



「きっと私たちを探してる。早く隠れないと!」

「こわい……もうやだ、たすけて! ママ、むかえにきてよッ」



 その彼女の大声に、衛兵の一人が気付いた。

 驚いた少女は青い髪の少女の手を乱暴に引き、元来た道を駆け出す。



「もう、はしれない」

「あそこに居たら捕まる! ママに会えないよ!」



 王都の入り組んだ狭い路地は、土地勘のない二人には障害としか

 映らなかった。古い家屋が乱立し、見上げるほどの巨塔が幾度となく

 二人の前に立ちはだかる。見知らぬ住人たちは

 追われる少女を眼にすると、まるで潮が引くように道を空けた。



「居たぞ、こっちだ! 女の子が二人!」



 とうとう青い髪の少女は泣き出してしまった。

 その涙は頬に溢れ、滴った雫は風に流れる。

 少女らにとって、この街は見知らぬ土地だった……。



 前方を塞ぐ太った衛兵を見、咄嗟に彼女らは狭い小路に身を躍らせる。




 どこだ

 あそこの脇に入っていった

 もっと応援を呼んでこい、お前は反対側に回れッ



 男たちの怒声が背後に迫る。それが何より恐ろしかった。



 (もう、捕まってもいい)



 疲れ切った少女は、とうとう小路の真ん中で足を止める。

 その後ろからは両手を広げた小太りの衛兵が

 まるで【立ち兎】を捕獲するかのように、じりじりと距離を詰めてくる。


 ――その時だ。


 ふわっと少女の“金色の髪の毛”に、

 通り抜けた微風が優しく触れていった。



 少女は誘われたように、遮るもののない紺碧の空をふと見上げる。



「こっち!」



 差し出されたその手は彼女のものと同じくらい、

 あどけない手のひらだった。


「ほら登って、早く!」


 差し出された手を握りしめ、自身も懸命に家の壁を蹴り上げる。

 馴染んでいない真新しい靴がもどかしい。

 心臓が激しく鼓動する。


 

 真っ青な空を背景に、少年の顔を少女は見た。



 それはまるで……これから起こることに期待で胸を躍らせるような……

 しかし、ひどく緊張している。



 少女は初めて出会ったその少年に、

  まったく別の世界を垣間見たのだった――



 そしてようやくのこと、少年は自分の手元へ少女を引き上げる。

 その美しい少女を彼は向こうへ押しやると、

 またすぐにも手を差し伸べた。



「君も!」



 青い髪の少女も少年の手に縋る。

 だが彼女は慌てて駆け寄った衛兵に、あっさり抱きかかえられてしまう。

 小太りの衛兵は、腕の中で必死にもがく青い髪の少女に手を焼きながら、

 民家の屋根に上った少年と少女を忌々しげに見た。




「イ――」



 遠い記憶が、脈絡もなく少女の脳裏をよぎった。


 彼女の泣いた顔。

 怒った顔。笑った顔。

 とても甘え上手だった女の子。

 いつも面倒を見ていたのは――“私”だった。




 少女はどうしたことか、必死に助けを求める“青い髪の少女”の名を

 もう思い出せなかった。




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