建国祭.4
「ダメだ、全然見えないよお」
ウィルフレッドは沿道に詰めかけた大勢の大人たちの足元で、
せわしなく飛んだり跳ねたりしていた。
かろうじて〈飾り車〉は見えるものの
その前でパフォーマンスをして歩く〈戯芸者〉たちの姿を
確認することは出来ない。
ドンドンドン、と腹に直接響いてくる太鼓の合間に
時折歓声で、ワッと盛り上がる瞬間がある。
それは各劇場のスカウトマンの眼に留まるため、
この日、国中から集まった〈技者〉
【〈戯芸者〉をプロとするなら、彼らはアマチュア】たちの
素晴らしい妙技に、人々は絶えず感嘆の溜め息を洩らすのであった。
彼は考えてもいなかった。彼にとってこれは、想定の範囲外。
パレードが始まる前に、すいすい向こう側の区画へ行き、
そして前もって見つけておいた集合住宅地の屋根に上って、
〈湖魚の天ぷら〉を食べながら観賞するつもりでいたのだ。
しかし、パレードが始まる前から、
こんなに大勢が沿道を塞いでいようとは、まったく思いもしなかった。
その様子たるや、鼠一匹潜り込む隙間もないほどだった。
「まずいなあ……これじゃ見られない。
僕にとっては初めての〈建国祭〉なのに」
父親に肩車されている子供の姿を見かけると、
ウィルフレッドは悔しくて泣きそうになった。
ここには父も、母も居ない。
頼る伝手のない王都は、いとも容易く彼の心を曇らせる。
だがウィルフレッドは一時、それら全てを忘れてしまった。
通り過ぎたパレードの車列も終盤に差し掛かる頃合、
それまでの〈飾り車〉とはまったく趣の異なる
一行を見かけた時だった。
それまで時折上がっていた歓声は、すっかりなりを潜めた。
沿道に押し寄せた人々は、ただただ声にならない溜息を洩らしている。
「なんて綺麗な人だろう……
きっとあれが東の大陸から来た〈サティ一座〉だ……」
果たして、その彼の予想は正しかった。
うっとりしたウィルフレッドは、薄いヴェールを身に纏い、
優雅に舞い踊る〈女戯芸者〉の姿を見て、
『創世神話』に伝えられる豊穣の女神〈シャラザード〉を思い出した。
人々の信仰を集める女神の石像は
礼拝堂の中と、宮殿前の大広場に存在する。
初等科に通うような幼子と、
木笛を手にした若い男が手綱を引く台車の上に、何百と木板を並べて
拵えた急ごしらえの大演場は、四方八方から見えるようになっていて
この国にはない造りをしていた。
そこへ、純白の衣装に身を包んだ美しい妙齢の女性が一人……。
その一団の誰しもが、金や銀の髪色が多いフェルド人には、
およそ馴染みのない、綺麗な黒髪をしていた。
ポン、ポン、と、可愛らしい小鼓に合わせ、女人が大演場で舞う。
まるで遠い異国の大地の清水が、こちら側の大地に染み入るように。
それは、神々しい光景だった。
男も女も、子供も老人も――
通り過ぎ行く異国の〈女戯芸者〉に心奪われた。
その後に続く〈飾り車〉など見向きもしないで、見えなくなるまで
彼女の姿を追い続けた。
今見た夢のような時間は少なくともここ一週間、
人々の話題に上らない日はないだろう。
すっかり夢見心地のウィルフレッドは熱に浮かされたように、
宮殿前の大広場へと進み出る東方の一座の後ろを
危なっかしい足取りで追っていった。