~side episode~「ラーセン=マドラスカ」
開幕を告げる空砲は打ち上がった。
一旦は閉じられた街の大手門が盛大に開かれ、
待機していたパレードの車列がゆっくりと動き始める頃合――
果てしなく伸びる、
一本の直線道路を結ぶのは宮殿と大手門。
それを遮るものはない。
沿道には年に一度の祝賀パレードを一眼見ようと、
大地を覆い尽くさんばかりに大観衆が詰めかけていた。
なにか、が起こる……そんな予感がしていた。
おそらくそれは少数派の意見だったろう。
その証拠として、街の警備は“手薄”とも言えるような布陣だった。
(狙いは〈公王〉陛下。陛下が〈拝賀の儀〉に臨まれる一瞬――)
詰め寄る大観衆に紛れるか。
もしくは東方の国から来た“あの一座”が怪しい。
遠くからの攻撃は、ない。
いや、“無理”なのだ。
戦艦に積んでいるような巨砲を持って来るならまだしも、
簡単に持ち運び出来てしまうような銃では、体の何処に命中しようとも――
かすり傷ひとつ、
〈公王〉が負うことはないだろう。
問題は時機。
彼が得意とする『土』の魔法・《探査》は、
自分を中心とした周辺の生物情報が、手に取るように察知可能な魔法だ。
このような任務には、まさにうってつけであるが、
集積する情報量が今回は桁違いだった。これが通常であれば、
何人かの〈探査者〉を集め、範囲を限定して使用したことだろう。
〈公王〉が民衆の前に顔を出すのだ。
警護する兵の数は充分に足りている。
“魔法を使える者”が、足りないのだ。
それほどに“魔法を使える者”は極めて少数で、
とても貴重な存在であった。
男は意識を集中させる。
《探査》が他の魔法と違うところは、
詠唱するのにさほどの時間を要さない点だ。
こういった類の魔法は、発動中に徐々に〈魔法言語〉を乗せていく。
すると範囲【効果】が広がっていく。
苦しくなって〈魔法言語〉が途切れるところ――
それが術者の能力の限界だ。
歓声が大きくなるにつれ、
笛や打楽器が奏でる楽しげな喧騒が近付いてくる。
見る者に好感を抱かせる眩しい笑顔を振りまき、
一団の先頭を練り歩くのは有名な〈戯芸者〉たちだ。
彼らほど、観衆の心を掴む業に長けている者は居ない。
そういった華やかな第一陣を足元に見やり、
男は本日何度目かの『土』の魔法・《探査》の詠唱を試みる。
すぐにも男の頭の中に、
大量の情報が取捨選択する暇もなく勝手次第に入ってくる。
特に今日のような、人々の感情が上下しやすい日は、
余計に術者に苦痛を強いた。
そして男は、
激しく揺れ動く気配の中で、気の流れが逆行している、
ほんの小さな箇所を眼ざとく見つけた。
それは偶然と言って差し支えなかった。
しかしそれは、どんどん王宮から遠ざかっていくものだった。
彼の使命は第一に、〈公王〉の安全を守ること――この一点に尽きる。
そして彼自身もまた襲撃があるとすれば、狙いはそこだと予期していた。
そうなると、これは無視してよい違和感だったが、
その今にも消えそうな細い流れを辿っていくと、それはどうも、
“西の離宮”から続いているらしかった――