表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アヴァロン ~天上の大地~  作者: 中田 春
第一部 ~美しい少女~
2/129

建国祭.1

SFCの「バハムートラグーン」の世界観が大好きです!



 〈魔導学園通り〉を一陣の風が吹き抜けた。



 尋常でないスピードで急加速した少年は

 危うく三度も通行人とぶつかりそうになった。

 生徒が下校する前の、この時間帯はいつも静まり返っているが

 今日は休日で、それも〈建国祭〉のパレードを見るついで、

 物珍しさに訪れた親子連れの姿がちらほらあった。




 〈魔導学園通り〉はその名称と違い、

 他では売っていない珍しい道具がある訳ではない。

 それに加えて集合住宅地が密集している

 区画の反対側にあるために、どうしても人々の足が向かないのだった。




 そういった理由でこの通りは、

 ほとんど人目につかず、陰気で、薄暗く、

 そして、いかにも怪しげな、

 皆が想像を膨らませるような、

 〈魔法使い〉たちが住まう区画となったのである。




 だがそれも学校の授業が終わると、

 途端に賑やかな場所へと変貌するのであった。









 街に数ヶ所点在する〈簡易施療院〉の前で

 通りを闊歩する少年は、しわがれた声に呼び止められた。



「そんなに急いで、どこへ行くんだい? んん、ウィルや」



 その少年――ウィルフレッドは

 〈簡易施療院〉の暗がりに潜む人物を臆することなく見上げた。



「ああ、アナスタシアさん」

「なんだか随分とご機嫌じゃないか。楽しいことでもあったかい?」


「楽しいことなんて、そんな、とんでもない。

だって、ついさっきまでラスが、けちな因縁をつけていたんだから。

でもいつものように、僕が簡単にやっつけたけどね。

僕が楽しそうに見えたのは、もしかしたらそのことかもしれないよ」




 ゆっくりと店の奥から姿を現した老婆は、

 子供向けの絵本で紹介される通りの、恐ろしい容貌を秘めている。

 アナスタシアは口元に皺を寄せると

 眼の前の少年に朗らかに笑いかけた。



「へええ、やるじゃないかウィル。

ラスってえのは、〈ラルザック家〉の次男坊の

ライル=ラルザックのことかい? あそこは親がなっちゃいないからね。

〈貴族〉だからって、いつも私たちを馬鹿にする。

一体、ヤツらになんの権利があってそうなるんだい」



 アナスタシアは、ふう、と長い息を吐いて

 改めて小さなウィルフレッドを見つめた。



「……でも、なんで〈ラルザック家〉の次男坊は、

あんたにそう因縁をつけるんだい。あんた、ヤツになにかしたのかい?」


「それは、僕が落ちこぼれだからだって」

「誰がだい?」

「だから、僕だよ」


「お前が落ちこぼれだって? 

もしもそうなら〈ラルザック家〉の連中は、

池の【鈍足蛙】よりも揃って低脳さ! 

畜生の方こそ、連中と比べられて気の毒ってもんさね!」


「でも」




 ウィルフレッドは真剣な表情になる。

「僕が魔法を使えないのは本当なんだ」



 それを聞いたアナスタシアは、驚いて眼を丸くさせた。



「……使えないって

 魔法を使えない生徒が、魔導学校に入学出来るもんかね。

なんてバカなことを言っているんだ」


「『風』の魔法しか出来ないんだ。

『火』の魔法なんて、初めの段階から上手くいかない。

きっと僕は初等科を受けてなくて、

いきなり中等科から入ったからだと思うんだけど。

たぶん、基礎が上手くいってないと思うんだ」



 なあんだ、と呟き、アナスタシアは緊張していた表情を緩め、

 呆れた様子でウィルフレッドに語りかける。



「お前の〈守護精〉は、『風』の精霊・シルフだね。

いいかい、よく覚えておきな。

シルフは、『火』の精霊・サラマンダーが大の苦手だよ。

だからお前が『火』の魔法を使う時、シルフが意地悪するんだ。

それから、お前が『土』の魔法を使えないのも、

『土』の精霊・ノームが、

お前の体を流れている『風』の〈気〉を嫌うからだ。

それじゃあノームは力を貸してくれないだろ?

 それで、四大精霊は何が残ってる?」



「『水』の精霊・ウンディーネ」



 アナスタシアは人差し指を立てて、「正解」と言った。



「ウンディーネは、外傷をたちどころに治す〈治癒〉が得意だ。

私の〈守護精〉は、この『水』の精霊のウンディーネ。

私だって『火』の魔法と『土』の魔法は使えないよ。

つまり、私とお前が扱える魔法は、

『風』の魔法と、『水』の魔法だけだってこと。

まったく! こんな基礎中の基礎を、今の学校では教えないのかい」



 ウィルフレッドは首を振る。



「でも出来ないんだ。『水』の魔法さえも僕は」



「――いいかいウィル。魔法ってのは誰でも使える力じゃない。

ほら、辺りを見てごらん。あの金物屋のハゲじじいの、

リヒャルト=ゲルスマンは、お前が持っている力の一割だって

持ち合わせちゃいないよ。

向こうで揚げ物菓子を作っている太っちょのバーグマンは無論そうさ。

そのバーグマンの揚げ物菓子を買うのかどうか悩んでいるあの親子も

きっとそうだろう。これは魔法だけの話じゃなくて、

体をよく動かせる子の、頭のよし悪しは分からないだろう? 

誰にだって得意、不得意はあるもんさ。

お前さんは頭がよく働く。

今日だって、〈ラルザック家〉の次男坊をとっちめたんだろ?

ほうら、ウィルには立派な頭があるじゃないか」



 そうして、照れたようにウィルフレッドは笑うのだった。



「ああそうそう」



 すると一転して、アナスタシアも楽しそうな表情になる。



「この間、お前のお父さんが来て、

大きな“マルドラ”を置いて行ってくれたよ」



 ウィルフレッドのくりくりした瞳が急に見開かれる。



「父さんが……いつ? いつ来たの!」

「そうだねえ、あれは確か……一月(ひとつき)前だったかねえ」


「アナスタシアさん。

“マルドラ”の実は〈流水の季〉の直前に収穫する果物だよ。

それを一ヶ月前なんかに持っていったら、

種しか残ってないよきっと。

いつ? ねえ、いつ?」



 “マルドラ”は、ウィルフレッドの頭ほどもある巨大な果実だ。

 中の果肉は歯ごたえがよくシャキシャキで、

 蜜がたっぷりと含まれた種の周りが特に美味。

 二月のこの時期は盛んでないが今頃マルドラ農家は、

 枝の剪定(せんてい)作業に追われていることだろう。



 アナスタシアはずっと首を捻っている。

 その様子では、本当に覚えていないようだった。



「ほら、お前が風邪をこじらせて、

薬を煎じて治してやったことがあったろう。

確か……そのお礼にって。

はて、いつのことだったかねえ」



 ウィルフレッドが最後に父と会ったのは、

 半年前の中休暇で帰省した際にまで遡る。

 その時に話したことを父は覚えていたのだろう。

 学期末の終休暇は、一年生から二年生に昇級するための

 細々とした雑事と試験に追われて結局は帰れなかった。




 しかし今、始休暇が建国祭とともに始まろうとしている。

 そこへアナスタシアの話が出て

 自宅の農園いっぱいに広がる青草の匂いが不意に甦った彼は

 望郷の念に駆られた。




 やがて、彼は帰郷を決意する。

 家までの旅費は、学校の事務局に相談しようと考えた。




「ウィル。じゃあそのお礼のお礼に、

お前にとっておきの物をやろうじゃないか。私の大事な宝物だ」



 そう言うと、アナスタシアは奥の暗がりに引っ込んでいった。



「――ねえ、どうしてアナスタシアさんは、

そんなに僕によくしてくれるの?」



 奥に行くにつれ、段々と小さくなるアナスタシアの声がする。

「いたずら好きのシルフィを

お姉さんのウィンディは放っておけないのさ」



 ドン、ドンドン!  

 ドン! ドン!



 遠方の空に空砲が鳴り響いた。

 するとようやくウィルフレッドは大事な、

 とっても大事な用事があることを思い出す。



「あ、アナスタシアさん、僕もう行かなくちゃ!」



 奥の方で、なんだってえー、と聞こえる。



「早くしないと、〈建国祭〉のパレードが始まっちゃう」



 今度こそ、前方に人が居ないことを確かめる。

 ふわりと土埃が舞い上がる。

 そこに漂っているのは通常の『風』ではない。




 魔法――

 それは人々にとって最も身近な

 “神”の存在を確かめられる奇跡の業に他ならない。



 そしてウィルフレッドは

 『風』の魔法・《加速》の詠唱を始めた――




「やれやれ、あんなところにしまっていたとはね」




 頭を覆うスカーフが白くなっている。

 すっかり埃まみれになったアナスタシアが店の奥から出て来ると

 〈簡易施療院〉の前には人っ子ひとり居なかった。



「……まったく。

今から沿道に出たところで、いい場所は取れないだろうに」



 その皺くちゃの手には

 塗料の剥がれた万年筆が大事そうに握られている。



 アナスタシアは

 少年が風のように駆け抜けていった方向を見やると、クスリと笑った。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ