脇役ちゃんと難攻不落の先生
前回の短編を脇役ちゃん視点で見たお話。
私が生きる世界は、所謂乙女ゲームの世界。
私の立ち位置はヒロインの手助けをするただの脇役。
そんな私がゲーム開始前に出会ったのは、攻略対象キャラクターの一人である教師。
ゲーム内で難攻不落とされ、最高難易度を誇っていた彼は、実は…。
この世界がゲームの世界だと知ったのは産まれる前の事。
私がまだ母親の腹の中に居る頃、私の先祖と名乗る人物が堂々と話しかけてきたのがキッカケだった。
先祖はまずここがゲームの世界だということ、私の立ち位置がヒロインの補助であるということを説明してくれた。
しかし残念な事に乙女ゲームというものがわからない。
だから言っている事が理解出来ないと先祖にそう言ってみると、そんなもん一から説明するのは面倒だと言って私の魂を引っこ抜いてしまった。
そして引っこ抜いた魂を、乙女ゲームをプレイしている女性に突っ込んだ。
そのお陰で乙女ゲームについてはなんとなく理解することが出来た。
主役であるヒロインがイケメンと恋をするゲーム、ということでまぁ大体合っているだろう。
理解は出来たがあの体験は恐ろしかった。
胎児から魂を引っこ抜くとは、しかも他人の身体にそれを入れてしまうとは。
後によくよく考えてみれば先祖が堂々と話しかけてきてることも恐ろしかったとは思うのだが。
乙女ゲームというものを理解したうえで、先祖が胎児である私に話しかけてきた理由を教えてくれた。
今から私が生まれようとしている世界は、とある乙女ゲームの世界を中心に回っているらしい。
約百年周期で生まれてくるヒロインや攻略対象キャラクター達が、舞台となる学校で学生生活を繰り広げる事で世界の均衡が保たれているそうなのだ。
もちろん彼等がそれを知る由もない。
彼等はただただ青春を楽しむだけ。
それだけで均衡が保てるなど、案外ちょろい世界なのだな、と思ったのだが、今回ばかりはそうもいかないらしい。
彼等が学校で青春時代を過せば世界の均衡は保たれるが、逆に言えば彼等と学校のうちたった一つでも欠ければ世界の均衡は保たれず、バランスを崩して朽ち果てる。
ちょろい世界ではなく脆い世界なわけだ。
要するに、今回は何かが欠けているということ。
先祖の代ではそんな問題は起きず、平和なもんだったそうだ。
何故私の代に限って…。
しかも欠けているのはヒロインらしい。一番重要人物じゃないか。
ヒロインが欠けるというのはどういう事なのかと先祖に問うと、どうやら ヒロインがこの世界から消されてしまったとのこと。
この世界とは別の世界の人間が無理矢理手を突っ込んできてヒロインを消滅させてしまったんだとか。
ヒロインを消滅させた犯人は女で、この世界を題材としたゲームに並々ならぬ想いがあるようだ。
まぁ軽い気持ちで無理矢理ヒロイン消滅させたりしないよね。…多分ね。
この世界にとってイレギュラーとなる彼女は、ヒロインに成り代わろうとしている。
しかしそれではこの世界の均衡は保てない。
彼女のせいで、この世界は朽ち果てていくのだ。
ちなみに彼女がどうやってこの世界に入り込んできたのかは解っていない。
まだ生まれたわけでもないし、この世界に思い入れがあるとは言えないが、一人のわがままのせいでたくさんの人々が暮らすこの世界を壊されるのはたまったものではない。
この世界の中心ではないが、中心に限りなく近い場所に居る私が何とかするしかないのだ。
私が生まれた家は、神社だった。
世界の中枢と繋がりのある神社で、舞台である学校の次に力を持った場所。
そこで私は幼い頃から巫女をやっている。
…いや、正確には生まれる前からと言っても良いかもしれない。
何故なら、先祖が『英才教育だ』とばかりに私の魂を連れ回して神社内や学校の下見をさせてくれていたから。
産まれる前から世界を見ていたからか、妙に落ち着き払った子供になってしまい、高校生である今に至るまで一切友達が出来なかった。
…巫女の仕事も忙しかったから、仕方ないのだけれど。
世界の均衡を守るために私がやるべきこと、それはヒロインの代理を立てる事だ。
イレギュラーである女はヒロインの位置に立つことは出来ないが、私や私の先祖達が貯めていた力を使い、別の世界からヒロインの代理を呼ぶことは出来る…らしい。
無理矢理入り込んできた人間には世界の均衡を保つほどの力が無いけど、私達巫女の力の補助を得た者ならば、ヒロインの立ち位置につくことが出来る、と。
要するに別の世界から、このゲームに詳しい女性をこちらの世界に引きずり込もうというわけだ。
恐らくイレギュラーは並々ならぬ想いでこの世界に来ているのだから、その人物に匹敵するほどの知識が無ければ対抗馬として不安である。
"ゲーム開始の日"は高校二年生に上がる少し前。
現在高校一年生最後の一週間だから、もう時間が無い。
学校が終わると急いで家に帰り、巫女服に着替えてヒロインの代理を探す作業に入る。
ヒロインの代理の探し方は先祖に教えてもらった。
神社に遥か昔から奉られている御神体の鏡を覗けば別の世界が見えるのだ。
そこを覗き込んで、私達の世界を題材にしたゲームをプレイしている人物を探す。
その中からイレギュラーに匹敵する程の知識を持った人物を…といいたいところだが、どうやらこの世界を題材にしたゲームはメジャーではないらしい。
まずこのゲームをプレイしている人物を探すのが大変だ。
「イレギュラーに匹敵する程の知識の持ち主が居るとは思えないのですが…」
私は私の肩に止まっている雀に声を掛ける。
傍から見ればちょっと頭のおかしい子に見えかねないが、実はこの雀、中身は先祖なのだ。
「ちゅん。」
こうやってさも普通の雀のように囀っているわけだが、私には人語として聞こえている。
簡単に言えば、そこらへんに居た雀に先祖の幽霊が乗り移っている状態なので余程霊感が強い人間以外には人語など聞こえない。
余談だがこの先祖雀が常に私の側に居るので、私は近所の住人から雀の巫女様と呼ばれている。
「この人ですか?」
『その女性なら、このゲームの全てのシナリオを記憶している。』
「…でも、この人明らかに女子高生じゃないですけど。」
『問題ないよ、こちらに連れてくるのは魂だけ。器は既に準備してある。』
器とはヒロインそっくりの肉体とその家族、さらにはその一家が住む家のこと。
その全ては先祖の力で何も無かった場所に突如出現した。
まだゲーム開始前なので、家の中の時は止まっている状態らしい。
少し覗いて見たが、無人の家にヒロインとその母親の肉体…というか物凄くリアルな人形にしか見えないものが転がっていて凄くホラーテイストだった。
それらは彼女の魂をこちらに呼んだ時に動き出すそうだ。
「それでは"ゲーム開始の日"に、この女性の魂をこちらに呼びましょう。」
私はそう言って、御神体の鏡を元の場所に戻した。
こちらに呼ぶ人物が決まってしまえば、少しは楽になるだろう。
肩の荷が下りた、そんな気分で一日を終えた。
さてさて終業式も終り、春休み。
高校二年生も目前に迫っている。
ゲーム期間は高校二年生の一年間なのだが、"ゲーム開始の日"は二年生に上がる直前となっている。
このゲームの仕様で、ヒロインが二年生に上がる前に出会う攻略対象キャラクターが居るからだ。
私は御神体の鏡にヒロイン代理予定の女性を映し、彼女を目掛けて思いっ切り鏡に手を突っ込んだ。
こちら側に引っ張り込むと、彼女の魂はふわふわとどこかへ飛んで行ってしまう。
器として用意した肉体の元へ向かうのだろう。
念のため、先祖雀に後を追ってもらった。
今から、私達の戦いが始まるのか…。
私は、この世界に到着して困惑しているであろうヒロインの携帯に電話を掛けた。
すぐに出てくれた彼女に、
「ようこそ、こちらの世界へ。」
そう告げる。
状況を説明するから、と私は彼女を彼女の家の近所の公園へと呼び出した。
彼女には、この世界が危ないと言うことと、イレギュラーに対抗して欲しいと言うことを掻い摘んで説明する。
あまり深い話まで知ってしまったら元の世界に戻せなくなると先祖が言っていたので、それをそのまま告げると、元の世界に戻りたいので喋るなと言われた。
突然、予告も無くこっちに引っ張り込んでしまったので、彼女は不満を述べていた。
不満があるのも当然だろうし、私は暫くその不満を聞く。
でも、私はこの世界を助けてくれるのは彼女しか居ないし、彼女ならきっと協力してくれるはずだと思ったから、謝らなかった。
その後、彼女にこの世界で重要なアイテムとなる日記帳を渡す。
攻略対象キャラクター達の基本データが記してある。
ちなみにその情報を集めたのは他ならぬ先祖雀。
先祖雀が、というか先祖が攻略対象キャラクター達に一旦憑依して集めたデータなんだそうだ。
今後、ヒロインが攻略対象キャラクター達に遭遇すると愛情度メーターが表示されるシステムなのだが、それも逐一先祖が憑依して調べてくれるらしい。
わざわざ憑依する必要があるのか、と尋ねたら、世界の滅亡が掛かっているので正確に調べた方が良いのだと言われた。
ごもっともですね。
しかし攻略対象キャラクターは、同級生、後輩、先輩が各二人ずつと教師が一人の合計七名居る。
それら全ての情報を一羽…いや、一人で調べるのは大変なんじゃないだろうか…。
とは言え私は他人に憑依する力なんて持ってないから手伝いようがない。
そしてこの日記帳、私用もある。
ヒロインの代理さんのゲーム進行状況をチェックするために。
ぺらりと捲ってみると、ヒロインの代理さんに渡したものと同じように攻略対象キャラクターのデータが載っている。
ヒロイン用のものと違うのは、最初から空のメーターが二つ載っていることだろう。
ヒロインと各攻略対象キャラクターとの愛情度を示すメーターと、同じようにイレギュラーと各攻略対象キャラクターとの愛情度を示すメーターが。
ヒロインの代理さんの頑張りによってヒロインのメーターがどれか一つでもマックスになれば、世界は守られる…というわけだ。
ヒロインの代理さんに文句を言われながら一通り説明をした翌日、境内の掃除をしようと外に出るとそこにはスーツ姿の男性が居た。
早朝から神頼みとは、余程叶えたいことがあるのだろう。出世でも願うのかな?
必死な様子で拝んでいた彼は、願いを唱え終えたのか、顔を上げてくるりと振り返る。
私に気付いたようだったので、
「おはようございます。」
と、挨拶をした。
挨拶をした後に気付いたのだが、彼はうちの学校の教師だ。
しかも、攻略対象キャラクターの一人。
「…おはよう。」
浮かない表情で挨拶をされる。
早朝の神頼みといいこの表情といい、余程気に掛かることがあるんだな。
なんて思っていると、彼は砂利を踏みしめながらこちらへ歩いてくる。
何事だろう。
「あー…お前、友達が居ないらしいな。」
…何故ご存知なのだ。
「はぁ、まぁ…居ませんけど。」
本当のことなので素直に返事をする。
「今のところ外に漏らしていい話じゃないんだが…俺はお前のクラスの担任になる。」
知っている。
攻略対象キャラクターである彼がヒロインの担任になるのはゲームシステム上決定事項だし、ヒロインと便利脇役である私が同じクラスなのも決定事項だから。
と、まぁそんなこと先生には言えないんだけど。
「…で、お前はいじめられているのか?」
何故そうなるんだ。
「そういうわけではありませんよ。職業柄…とでも言うのでしょうか、色々と不具合があって友人を作っていないだけです。」
私は着ていた巫女服の袖を広げて見せる。
「あ…あぁ、もし、もしいじめられたらすぐに俺に言うんだぞ。あと、もし寂しかったら、俺が話し相手になるからな。」
ふ、と私から視線を逸らしたかと思えば、急に私の肩を掴んでそう言った。
「…親切なんですね。」
そう言ってクスクス笑うと、
「い、いや、俺、担任って初めてなんだ。」
と、どこか照れた様子でそう言う先生。
言われてみれば若いし、教師歴も短そうである。
その後、先生は少しだけ世間話をして帰っていった。
どうやら新しいクラスに問題が起こらないように祈っていたようだった。
というか、私に友達が居ないと知った先生がわざわざ私に会いに来てくれて、そのついでに祈っていたらしいのだが。余計なお世話である。
その日、部屋に戻って驚いた事がある。
私用の日記帳にある変化が起きていたのだ。
変化一つ目は、ヒロインの代理さんと攻略対象キャラクターである同級生その1との愛情度メーターが動いている。
確かヒロインと同級生その1は同じ家に住むことになるはずだったので、おそらく予定通り遭遇したのだろう。
それは通常だ。それはそれで良いんだ。
今私が気付いてしまった最大の謎。
それは、何故か私と先生との間に愛情度メーターが出現していたこと。
私は、脇役のはずなのに。
「過去にもこんなこと、あったんですか?」
と、私は先祖雀に問う。
『いや、私が知る限りでは初めてだ。まぁイレギュラーが入り込んだ世界だからね、私にも何があるかわからないさ。』
先祖雀はあっさりとそう言ってのけた。その後、そんなに深く考える事はないよ、と続けられたのでそれ以上の質問は出来なかった。
それにしても…ヒロインよりイレギュラーより愛情度が高い。
その事をヒロインの代理さんに言ってみるかどうかを考えていたら、いつの間にか数週間が過ぎていた。
ちなみに、数週間過ぎているのに、私は彼女の事をヒロインの代理さんと呼んでいる。
彼女も私を脇役ちゃんと呼ぶし、名前で呼ぶタイミングが解らない。
…だって、今まで友達なんて出来た事なかったから。うーん、霊との対話は簡単なんだけど、人間関係って難しい。
そもそも、彼女だって友達と呼べるかどうかは解らない。
その日、私はヒロインの代理さんと空き教室で昼食を摂りながら情報交換をしていた。
どうやら、ヒロインの代理さんは同級生その1以外と遭遇出来ていないらしい。
その事については自分用の日記帳で確認していたのだが、何故遭遇出来ていないのかは今日初めて知った。
遭遇出来ていない理由は単純に、イレギュラーに邪魔をされていて出会いイベントが起こせなかった、とのこと。
「イレギュラーちゃんの狙いは逆ハーレムなんじゃないかなぁ?」
と、ヒロインの代理さんは言う。
逆ハーレム、ということは攻略対象キャラクター全てを狙っているということ。
イレギュラーが全員を狙ったとして、もしもそれが成功してしまったら完全に私達の負け。
イレギュラーの隙を付いて、それを阻止しなければならないのだ。
『対策としてヒロイン用の日記帳にもイレギュラーのメーターを表示させる。ちょっとアンタ、ヒロイン代理の日記帳に手を翳してみな。』
と、先祖雀。
もちろんヒロインの代理さんにはその声は聞こえていない。
ヒロインの代理さんから日記帳を借り、先祖雀の言った通りそれに手を翳す。
彼女が日記帳を開くと、イレギュラーのメーターもきちんと出現していた。
しかし出現したのはイレギュラーのメーターだけで、私用の日記帳では先生のところにぽつりと出現したはずの、私のメーターは出現していない。
ヒロインの代理さんは、両者のメーターを見比べながら、
「今のところ難易度の高い先生はお互い同率、同級生その1と先輩は私が優勢みたいね。」
と言う。
だから、私は言った。
「その三人を重点的に狙おう。」
と。応援するとも言った。
ただ、やっぱり先生と私の間にメーターがあるということは言い出せなかった。
それから暫くはヒロインの代理さん、イレギュラー、攻略対象キャラクター達の行動を観察することに専念した。
ヒロインの代理さんもなんだかんだと文句を言っていたが、しっかりと動いてくれている。
頼もしい人物を味方に選んで良かった。
ある日の昼休み、私はイレギュラーの動向を観察するべくお弁当を手に廊下へ出た。
すると、そこには先生と会話をしているイレギュラーが居る。
「せーんせい、」
なんて猫なで声で先生に話しかけているイレギュラー。
逆ハーレムを狙っている可能性がある、ということは、先生の好みの女性を演じているのかもしれない。
…先生ってあんなぶりぶりした子が好きなのだろうか…。
この遭遇でメーターに動きがあるのかどうかを確認したかったので、私は観察をやめて空き教室へと走り出した。
空き教室へ入ると、私は急いで窓を開ける。
先祖雀が入ってこられるように。
先祖雀の姿を確認し、私は大きな溜め息を一つ零す。
自分で恋愛をしたことも無いのに、他人の恋愛模様を観察するのは難しいのだ。
勉強より頭を使う。神経も使うし気も使う。
先祖雀にそんな愚痴を零そうとした時、教室の外から足音が聞こえてきた。
雀と話してるとこなんて見られたら完全にヤバい奴だと思われる、そう思った私は急いで愚痴を飲み込んだ。
「…こんなところに居たのか。一人で弁当持って走り出すから、便所飯でもしてるのかと思った。」
そんな失礼な事を淡々と言いながらこちらに近付いてきたのは、なんと先生だった。
てっきりイレギュラーと喋っているとばかり思っていたので意外だった。
「あ、えーっと、雀に餌をあげようと思って。」
咄嗟に出てきた言い訳がこれだ。雀は餌なんか与えなくたって自給自足出来るだろうに。
「あぁ、流石は雀の巫女様だな。」
先生はそう言ってクスクスと笑った。
「知ってたんですか、その呼び名。」
「あの辺じゃ結構有名なんだろ?」
…まぁ近隣住民にはそう呼ばれているけれど。
どう話をつなげて良いのかわからず、私は俯いてひたすらお弁当を眺めていた。
「あの転入生と仲良さそうにしてたから、弁当は一緒に食べてると思ったんだが…」
ふと先生が口を開く。
「たまに一緒に食べてくれています。優しいんですよ。私の事、嫌がらずに一緒に居てくれますし。」
私がこの世界に引きずり込んだのだから、少しは嫌がられる事も覚悟していたのだ。
でも、彼女はそんな事しなかった。
「ふぅん…。」
先生の相槌を聞きながらふと考えた。
今、彼女を売り込むのに適したタイミングなのではないか、と。
丁度彼女の話も出たのだから、間違えてはいないはず!
「先生!あの転入生の子、可愛いですよね。」
気合いを入れすぎた私の声は、さっきより少し大きくなってしまった。
その事に驚いたのか、先生は目を丸くしている。
「…ま、まぁ顔の造詣は可愛いほうだと思うが…?」
「ですよね!先生は、ああいう子、好きですか?」
そう言って首を傾げると、先生も同じように首を傾げる。
「そ、それとも、さっき喋ってた子みたいな子のほうが…好きですか?」
ヒロインの代理さんが可愛いのは当然だが、イレギュラーも顔だけは可愛いのだ。
ヒロインに成り代わろうとしていただけあるな、といった顔の造詣で。
「…さっき?喋ってた?」
「ほら、さっき廊下で。あの子も可愛い顔してますし…」
そう言うと、イレギュラーのことだと気付いた先生はあぁ、と小さく呟く。
「見てたんだな、さっきの。俺はー…その、あの手の女子は苦手で。肉食系ってやつ?…苦手なんだ。まぁ、そもそもあの子も転入生の子も生徒だし好きとか嫌いとか、」
「なるほど。良い情報を聞きました。」
後でヒロインの代理さんに報告しなければ。
「…情報?」
と、首を傾げる先生に、こっちの話ですと告げておく。
「ふーん…お、俺は、大人しい子の方が好みだぞ?」
「へぇ、そうなんですね。何故肉食系が苦手なのか、聞いても良いですか?」
先生がまだ居座るようだったので、ついでに他の情報も仕入れておこうと口を開く。
「あー…ほら、この顔のせいか言い寄られることが多くてな…」
と、先生は自分の顔を指差して言う。
「…先生って、ナルシストなんですか?」
つい、思った事が口を衝いて出てしまった。
すると、先生は衝撃を受けたように固まってしまった。
「あ、あ、すみません、悪気は無いんです!つい思った事がそのまま口から出ちゃっただけで…!」
霊以外の他人とこんなに長く会話することなんて滅多に無いので、おしゃべりするの苦手なんです!…とは流石に言えなかった。なんか、恥ずかしくて。
「いや、大丈夫…」
そう言って苦笑を漏らす先生に向け、
「あ、でも私別にナルシストって嫌いじゃないですよ…」
その顔で謙虚に出られると逆に腹立ちます!と続けそうになったが、これは悪口かもしれないと思ったので思い切り飲み込んだ。
「…ふ、ふはは、面白い奴。じゃあ俺は職員室に戻るな。早く食わないと時間無くなるぞ。」
先生はそう言って私の頭をぽんぽんと撫で、空き教室から出て行った。
その後、日記帳を確認すると、私と先生の愛情度メーターが上がっている。
「…ご先祖様、私は何を間違えたのでしょうか?」
『色々。』
…解らない。私悪口しか言わなかった気がするんだけど。
それから数日後、ヒロインの代理さんにイベントの手伝いを頼まれた。
イベントとやらの内容は聞かされなかったが、屋上庭園でタオルを持って待機していてほしいとのこと。
何が起きるのかと観察していたら、彼女は先輩その1と楽しそうに昼食を摂った後、先輩その1のファンとやらから水をぶっ掛けられていた。
助けに入ろうとしたのだが、彼女は後ろ手でそれを止めた。
イベントの邪魔を…してはいけない。
先輩その1のファンとやらが去った後、私は彼女にタオルを手渡した。
「こんな感じだけど、先輩その1との愛情度メーターは順調よ。」
と、彼女は言った。
彼女がこうなったのは殆ど私のせいだ、そう思うと申し訳なくなって、またしても私と先生のメーターについては言い出せなくなる。
彼女と先生のメーターも、イレギュラーと先生のメーターも、全く動かない。
それなのに私と先生のメーターはもう半分程上がってしまっている。
どうしよう…。
その日から数日、今現在、イレギュラーは先生との愛情度を上げようと必死になっているようだ。
日記帳で確認したところ、先生と先輩その1があまり上がっていないようだったから、暫くはその二人を重点的に狙うつもりなのかもしれない。
イレギュラーの狙いが的確なので、あの人ももしかしたら日記帳を持っているのだろうか?
先祖雀に尋ねてみると、日記帳そのものは確認出来ていないとのこと。
ただ、愛情度メーターは何らかの形で確認している可能性があるそうだ。
その日、先生や先輩その1との愛情度が全く上がらないからか、イレギュラーは目に見えて苛立っていた。
ヒロインの代理さんを睨みつけていたり、私を睨みつけていたり…可愛い顔が台無し。
そういえば、今までイレギュラーが私に接触してくることは無かったが、彼女はこのゲームに詳しいのだから、私がヒロインの手伝いをしている脇役ポジションだということは、きっと知っている。
今後、何かしらで接触してくる可能性はあるんだろうなんて思っていた矢先、私はイレギュラーに声を掛けられた。
使用頻度の低い人気の無い廊下の片隅で、私はイレギュラーに捕まった。
イレギュラーの観察に行こうとしたところを逆に捕獲されてしまったのだ。
「アンタ、アイツの手伝いをしてる脇役よね?」
凄く冷たい目で私を見下ろし、私の頬を摘む。じりじりと引っ張られ、綺麗に整えられた爪が私の頬に食い込む。
「ねぇ、先生の情報を知らない?愛情度が全然上がらないの。アンタなら何か知ってるでしょ?教えなさい。ほら、早く。」
それは狂気に満ちた瞳だった。
「私、貴女に教える情報は持ってない…。」
この廊下には窓がないので、先祖雀の助けは得られない。でも、どうにかして逃げないと。
「何生意気な事言ってるの?脇役の分際で、」
イレギュラーの手にもっと強い力が篭り始めたので、強行突破を考えていた時だった。
「…何を、しているんだ?」
「せ、先生!私、この子とちょっとおしゃべりしてたんです!ね?」
急に顔が変わった…。さっきまで私の事見下して凄い顔してたくせに、先生が来た途端かわいこぶって…
首を横に振って否定してやろうと思っていたら、先生は急に私の手を掴んだ。
「進路指導についての話がある。来い。」
そう言った先生は私の手をぐいぐいと引っ張り、その場から連れ出してくれた。
ずかずかと歩いていく先生に、必死で付いて行くと、先生はこの前の空き教室に入った。
周囲を確認してみるが、イレギュラーはどこにも居ないようだ。
「…先生?進路指導?」
こんな空き教室で?
「…嘘。」
そう呟いた先生は空き教室の内鍵を閉める。
そして、大きく息を吐きながら、私にしがみ付いてきた。
いや、抱き付かれた…のかな?
「いじめられてるなら、俺に相談しろって言ったろ?」
ギュっと強く、抱きしめられている。
おかしいな、なにをしているんだろうせんせいは。
ふと窓の外を見ると、先祖雀がこちらを見て笑っていた。
『ご先祖様、これはどう言う事ですか?』
言葉には出さず先祖雀に問い掛けると、先祖雀はただただクスクスと笑っている。
先生に、何か言った方がいいのだろうかと思っていると、先生のポケットの中で携帯が震えた。
「クソ、こんな時に…。ちょっと電話してくるから待ってろ。」
と言って空き教室から出て行く先生。
先生が居なくなったのこの隙に、私は急いで日記帳を確認した。
もしかして、もしかして、そんな思いで頭がいっぱいだ。
ぺらぺらと、少し震える指で先生のページを開く。
するとそこには…
「ご、ご先祖様…」
『ここはゲームの世界だと言ったが、絶対にゲームのシステム通りに動くとは限らないってことさ。彼等だって、アンタと同じように生きて、ちゃんと生活しているんだよ?』
そんな、そんな事があったとしても、
「私、脇役なのに…、脇役の私に、」
『目が向く事もあるんだろうね。』
先祖雀はそう言った。手元の日記帳をもう一度見てみると、私と先生の間にある愛情度メーターは…マックスになっていた。
ガラガラ、とドアが開く音がする。
「お待たせ…って、ど、どうした?顔が真っ赤だぞ…?」
聞こえてきたのはもちろん先生の声。
「…せ、せんせい…もしかして、私の事好きですか?」
ぽつりと零すように問い掛けると、先生は目を瞠った。
「は!?そ、ど、どうして、」
「…そういえばこの前、大人しい子が好きだとか…言ってたような、」
私がそう言えば、先生の顔も赤く染まり始める。
赤くなるってことは、まさか、もしかして、本当に…
「それはそのー…それ、あれだ…何だ、お前の事、好き…だ。あの、」
私は先生の言葉を最後まで聞かずに逃走した。
だってありえないでしょう!私脇役なんだから!
脇役の私と攻略対象キャラクターが恋に落ちるなんて!
ありえないから!!
先生とそんな話をした数日後の日曜日。
先生は私の家である神社にやってきた。
「学校じゃ逃げられるからな…。その、別に逃げなくても、お前が卒業するまでは手を出さないし、安心してほしい。」
そういう問題じゃないんですっ!!
登場人物皆名前無しで貫いてみた。
先生の愛情度メーターが全然動かなかった理由でした。