その2
ビルは伸びをしながら、暴れるモグラを見上げた。モグラはそれに気付くことなく、丘や崖に体当たりをしては瓦礫を生み出している。興奮度合いはかなり激しいと見えた。ビルはモグラの喉に照準を合わせる。
「あなたの相手は私ですよ」
ピルは右手の袖から、ピッと何かを投じた。モグラに刺さったそれは、一般的に使用されている、あのカッターそのものだ。土でできたモグラの喉にナイフを刺しても、まったく効かない。とはいえ土の体に異物を入れられたモグラは、初めてビルを認識した。ひどい興奮状態で、その目の焦点は合っていない。その前で、ビルは堂々と足をそろえて立った。彼の足元に紋が浮かび上がる。
「開通、『朱雀宮・祝融』」
その合図で光り出した紋から門が浮かび上がり、開いた奥からトカゲが姿を現す。とても巨大な大きさで、その体は焦げたように黒かった。トカゲは子供とはいえ自分の何十倍もある体躯の、興奮したモグラを見た。それからビルに目を向ける。表情は訝しげ顔だった。
『童、輿に陽は効かなんぞ?』
輿は土、陽は火を表す、天霊たちの用語みたいなものだ。童はビルを指す。教えてくれるわけでもないので、契約して何年も経ってから、ビルはそのことを理解した。彼は笑って後ろの水壁を指差す。イルの結界だ。
「解ってますよ、蜥炎。時間つぶしが必要なんです。水がここにある今、苟芒は呼べませんので」
天霊は魔法に二種ある剋性のうち、一種が魔法の相性と反転する性質がある。そのため火属性の魔法は土属性に微塵も敵わないものだが、天霊なら勝らずとも互角の戦いができる。逆に、葉属性の天霊は水に弱くなる。そのため、葉属性の天霊、苟芒を呼ぶことができないのである。
納得した蜥炎は、体格に似合わない、しかしトカゲならではのすばやい動きで子モグラに向かって行った。子モグラはぎょろりと開いた瞳で、それを追いかける。
子モグラが自分を目で追ってきていることに気付いた蜥炎は、速度を上げた。天霊がみな足が速いわけではないが、祝融という種の中でもそれなりの動きができるほうだと、彼なりに自負している。
速度を増した蜥炎に、更に混乱し出した。が、思ったよりも頭がいいようだ。子モグラは結界がなくなるのを待つビルに、標的を変更したのである。それは大きく鳴いてから、その口から土の塊を吐き出した。それは泥団子なんてレベルの代物ではなく、瓦礫と呼んだほうが妥当な質だ。さすがの蜥炎もこれには驚いた。
『避けろ、童!』




