その4
ジェシカをなぐさめること二十分、ついにロジーナの順番がやってきた。落ちこみ気味のジェシカに碧空院でないよう祈られながら、中央堂に案内される。
中央堂に向かう道は、静かなほどに真っ白だった。壁に均等に並ぶ黄色のドアも、ただのデザインじゃないかと思うほど、人の気配が見られない。凹凸もまったくなく、ただただまっすぐな廊下のようだ。歩いているのかいないのか解らないほど変わらない風景に、妙に長い時間が過ぎている錯覚まで覚える。
寡黙な案内人に続いて、無愛想な廊下を抜けると、円形の空間が見えた。広く開けたその先に、金色の巨大な扉が目に入る。その前に立たされると同時に、彼女を後ろから見張っていた魔道士たちが離れた。案内人がこちらに向きを変える。そのまま書類を持った体勢で淡々と話した。
「この奥が、中央堂と呼ばれる部屋です」
入る直前に、今まで黙っていた分を取り戻すかのように、注意事項をさんざん聞かされる。おかげでロジーナの中にあった彼の寡黙なイメージは、綺麗さっぱり吹き飛んだ。何とか叩きこんだ注意事項を脳内で繰り返しながら部屋の中に入る。
中央堂が特別視される理由は、その中の人たちのせいだ。先ほど大雑把に説明した偉い人たちは、七重宝樹と呼ばれている。彼らは数千人といる魔道士の頂点に立つ魔道士たちだ。しかし同時に殺されかねない立場にいるため、中央堂という特別室に全員がこもっているのである。
なんでたかが新人の派遣先申告を、こんなお偉いさんにしてもらうのかと彼女は気を落とす。緊張して手が震えていた。まるで裁判所のような内装の中心に立たされる。本当に、なにか悪いことでもしたかのようだ。恐る恐る顔を上げると、顔を布で隠している七人の人間がいる。確かでもないのに、見下ろされている感が消えない。
七重宝樹の頂点である黄金が、口を開いた。
「汝、ロジーナ・エヴァンスを、蒼藍に任命する」
その御言葉を賜ったロジーナは、これ以上ないほど目を丸くした。
内院、四院の魔道士には、独特の呼び名がある。ロジーナが言われた蒼藍がそれで、蒼春院の魔道士だけがその名を得られた。つまりは、四院である蒼春院に行けと言われたのである。ちなみに黄央院の魔道士は、黄壌といわれている。
ロジーナが驚いたのはそれだけではない。先ほど四院はほとんど平等だといったが、それはあくまで総合的な結果だ。一人単位の能力で言えば、蒼春院が四院最強で間違いない。なにせ魔道士の人数が、他の四院の四分の一以下しかいないのだから。
彼女は自分の成績と蒼藍という高位を比較する。だが、どのように考えても釣り合うはずもなかった。軽い混乱状態に陥る。
そんなロジーナに、黄金は厳かな声音で更なるおいうちをかけた。
「今期唯一の四院への派遣となる。汝の働きに期待しているぞ」
最高権威達の期待が、彼女の頭に重くのしかかる。エリート路線に乗ったにも関わらず、喜べないまま静かに退室させられた。
外で待っていた案内役の黄壌が、茫然自失のロジーナににこりと事務的な笑顔を向けてくる。
「おめでとうございます。蒼藍としてしっかり働いていただけることを、期待しています」
しっかり働く、という言葉に、つい苦笑いが出た。きちんと役に立ってくれということだと解釈したためである。その場で蒼春院に「十日以内に新人が着く」と連絡すると、彼はもう一度、作り笑いを追加した。