その9
あまりに唐突だったため、反射的に車内の二人は従った。出入りの際に掴まる棒が、各々の前にあるのだ。慌てて掴まったものの、数分経っても変化がない。思わずビルが口を開いた。
「あの、ロジーナさん?これはどういう・・・」
「来るよ!口閉めて!」
叫んだロジーナが口を閉じるや否や、アルバートが急ブレーキをかけた。掴まっていたおかげでなんともなかったが、もしそうでなかったら相当痛い目にあっていただろう。天井にいるイルを心配し、そこで二人は彼女がイルをアレだけ心配していた理由がわかった。
奎婁は一瞬にして猛スピードを出すことの出来る天霊だ。しかしそのためか、止まるときも一瞬で止まるのである。これに慣れないと、少々痛い目を見る羽目になるのだ。ロジーナも慣れるまで、いろんなところに頭を打ちつけたものだった。
すこししてから、アルバートが扉を開ける。平然とした表情の彼と、急ブレーキに呆然とする車内に温度差が見えた。
馬車が止まったのは村の入り口だ。三人は馬車から降りると、眼前に広がる村を眺めた。そこから見える村は、馬車が村の中に入れないほど散々に荒れている。すべてあの、二尾のモグラの仕業だ。
「これ以上は行けないのね・・・」
ロジーナが深刻な顔で呟くと、アルバートがしおしおとうなだれた。申し訳なく思っているようだ。失言に気付いた彼女は、わびと礼を告げる。謝られたアルバートはわたわたと忙しなく動いた。それすら申し訳ないと思っているようだ。
急ブレーキに何とか屋上で堪えたらしいイルが、よろよろと降りてきた。髪の毛がぼさぼさで、疲労が伺える。体力回復どころではなかったのが、一目瞭然だ。そんな彼を見て、シュールが鼻で笑った。
「ひどい有様だな」
自業自得だと嘲笑する彼に、イルは負けじと皮肉たっぷりの笑顔を見せた。
「へっ、落ちなかった分だけマシだろ。てめぇなら落ちてたな」
「貴様のような馬鹿な真似は、はなからしないがな」
二人は険悪なムードでにらみ合い始める。顔を合わせたらまず喧嘩のようだ。そんな時間はないのだが。




