その7
仮想から現実へいち早く戻ったビルが、三つのベッドを傍観する。そのうち一番窓側のベッドを見た。そこにはイルがうつ伏せで、大の字になって沈没している。
「もうひとつはイルにとられちゃいましたからね」
それがさっきのシュールの舌打ちの直接原因だ。イルは早々と、勝者になって戦線離脱したことになる。ロジーナは窓辺から二人が並んでいるところまで戻り、ソファーの広さを横目で確かめた。男性が寝るには狭いが、背の低い彼女なら余裕で眠れる広さだ。
「あたし、ソファーでもいいですよ?」
「敬語を使うな、紛らわしい」
せっかくのロジーナの進言に、シュールが違う面を却下した。さきほどイルにも注意をされたのとまったく同じ点で、だ。イルとシュールは意外と仲良しなのかもしれないと、彼女は勝手に推測を改めた。彼のフォローするように、ビルが口を開く。
「シュールの言うとおりです。女の子をソファーに寝かせて、男三人ベッドでは寝れません」
「おい、俺は別にソファーで寝ることは否定してないぞ」
「別に照れなくてもいいじゃないですか」
「貴様の目に俺がどう映っているのか、詳細を教えてもらおうか?」
仮面の割れ目から、彼の赤い目がゆがむのが見える。ビルは怖がる振りをして、ロジーナの後ろに回りこんだ。おかげで彼女が睨まれることになる。
マイペースなビルは、残りのベッドと残りの二人を交互に見た。それから何かひらめいた顔をする。ポンと手を叩いて、にっこりと笑う。
「名案が浮かびましたよ!」
その言葉にロジーナは期待をこめて、シュールは悪寒を背負って返事をした。ビルはイルの寝るベッドから離れたほうのベッドを指差す。
「シュールはあそこで寝てください」
「・・・で、真ん中は?」
ゆらりとした殺気のもれるシュールを、ビルは完全無視した。彼は前にいるロジーナの肩に手を置いて、もう一方の手でベッドを指差した。
「では、真ん中のベッドは共よ・・・」
そこで入り口付近においてあった彼のカバンが、顔面に打ちつけられて言葉が止まった。シュールが拾って投げたのである。革カバンだったので、なかなかいい音が部屋に響いた。
「セクハラはやめろ。ロリコンか?貴様」
「イヤですねぇ、私たち歳の差あまりないじゃないですか?」
ひび割れた眼鏡と真っ赤な顔で、ビルはあいかわらずニコニコしている。免疫のないロジーナは、いまさらになってビルの発言がセクハラだったことに気付いた。
「二十八が十六に手を出したら、それはまだ犯罪の領域だろ」
「シュールは頭が固いんですよ」
なぜか正論を言っているはずのシュールがたしなめられる。彼は投げつけたビルのカバンを拾って、またソファーに叩きつける。さらにロジーナのカバンを丁寧に真ん中のベッドに乗せて、自分のカバンも一番手前のベッドに置く。それから彼はドアのほうへ歩き、仮面越しにビルをにらんだ。
「不快だ、出てくる」
それだけ言ってから、勢いよくドアを閉めた。
静まり返った室内に、イルの寝息だけが聞こえる。ロジーナは驚いて呆然と立ち尽くしてしまった。親切なのだろうが、彼はどうしてああも威圧的なのかと考える。




