男の人と女の人
「あなたは死にたいと思ったことがある?」
女の人が男の人にききました。とてもまじめな声で、とてもまじめな目でした。
男の人は、ちょっと驚いた顔をして、またすぐに微笑みました。
「あるよ」
男の人はゆっくりと言いました。
「僕は何度もあるよ。この手にナイフやロープを持って首にあてた回数は、数えきれない。
でも今こうして生きているのは、怖いからなんだ。
死ぬ痛みを想像すると涙が出るし、死ぬことを考えただけで両手は震える。
死ねば君の笑顔は二度とみることができないし、僕という人間はこの世界から消えてしまう。
そう思うと、とても悲しいし、さみしい」
だから、と男の人は言いました。
「君も、死なないでいてほしいな」
今度は女の人が驚く番でした。
男の人をじっと見つめるけど、男の人はそれ以上は何も言いません。
女の人の目から、涙があふれました。それは悲しみの涙ではありませんでした。
うれしかったのです。
何もきかずに自分のことをちゃんとわかってくれて、ただのおしゃべりのように自分のことを明かしてくれて。
そして女の人に死なないでい欲しいと言って、それ以上は何も言わない男の人のことが。
本当に、どうしようもなくうれしかったのです。
女の人は、男の人に泣いているのを見られたくなかったので、下を向いて、でもはっきりと言いました。
ありがとうって。




