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ラウンジ

ラウンジ -another-



「ケータイばっかいじってないで本でも読んだら? 少年」


 あたしは何の前振りもなく文庫本から顔を上げて、後輩くんににっこり笑いかけた。


 ちょうど2限が空いてる日だっていうのに、今日は雨。というか、昨日も一昨日もその前も雨だった。そう、梅雨。だからあたしはラウンジでゆっくり本を読んでた。可愛い後輩くんが途中でやってきて正面に座ったのには気付いてたけど、あえて黙っててみた。

 でもこの子ってばちらちらあたしのこと見ながらケータイ触ってるもんだから、ちょっとちょっかい出してみようかな、とまあそんなわけで。


 彼はひどくびっくりした顔をして、いよいよじっとあたしを見てきた。


「……何よ。あたしの顔そんなに変?」

「い、いえ、すみません」

「ま、いいけど。それで、君は本とか読まないの?」

「いや、人並みには読みますけど……先輩こそ、貴女が読書なんかしてるところ、初めて見ましたよ」

「梅雨だからよ」


 あたしは、断言した。


「もう6月でしょ。雨も続いてる。つまり梅雨よ。だからあたしは本を読むの」

「梅雨、だから、本を読む?」

「そ」


 あたしが笑うと、彼は、ほんとうに唖然としているようだった。


 せっかくスタイリッシュにセットした髪もちょっとへたれて見えて。

 黒地のポロシャツの襟が中途半端に折れていて。

 両手はケータイを握っているのに妙に行き場がなさそうで。


 彼は、困っていた。


「だから君も本を読みなさい。そうじゃなきゃそのステキなケータイねじ切るわよ」

「ねじ切る、って……」

「こう、画面のほうとボタンのほう持って、ぐいって」


 雑巾を絞るみたいに手を動かしてみせると、本気にしたのか何なのか、彼はケータイをさっと鞄の中に突っ込んだ。

 ああ、もう、ほんとに可愛い。でも、可笑しい。あたしは声をあげて笑い、本を伏せて置いた。


 後輩くんは耳まで真っ赤になりながら、あたしの本を指さして訊く。……照れ隠しだ。


「先輩は、何を読んでらっしゃるんですか」

「んー? なかはらちゅーや」

「…………」

「知ってるでしょ、汚れっちまった悲しみに……って。ぴったりじゃない」


 言ってから、何がぴったりなんだか、って内心で自己突っ込みを入れてみた。

 これが梅雨の詩じゃないし、あたしはちっとも孤独じゃない。


 ――だってあたしには、可愛くて素直な後輩、あたしの大好きな彼がいるから。



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