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ナシナの実

深い深い森を歩いていた。

木々が完全に生い茂って何の光もない。

そして、生き物たちがいるのだろうか、そう疑問に思うほど、静か過ぎる。

ただ、歩くたびに自分が草を踏みしめる音と、自分の呼吸しか聞こえない。

まるで、森の生物は自分しかいないのではないか、と思うくらいだ。

ここが、森のどこか分からない。

だけど、見えていた。そして、どこへ向かっているのかも分かっていた。

森の中、誰も知らないような場所へ行くのだ。

あの建物だ。

そしていつもそこが見えた瞬間、夢は終わるのだった。




「今何時だろ…」

未来塔第一塔のとある男子寮で空大は布団の中で目を開けた。

すぐそばのカーテンがうすいピンク色に染まっている。

「…朝か。…変な夢だった」

布団から出て寝巻きから普段着のTシャツとゆったりとしたズボンに着替え、カーテンのすきまから外をのぞいた。

すぐ下には湖、そしてそれを囲むように森が続いている。

太陽が少し出てきて、黄色くなりかけていた。

あの森の中に、夢の続きがあるのだろうか…。ここ何日もあの夢だった。

何かあるのか…そう思い、寝室を振り返る。

空大と同じ位の年の少年たちが寝室に散在していた。


…すごく、すごく、むさくるしい。なんでこんなに寝相が悪いのか。

どうすれば、部屋の右端にいたやつが、左端に行くんだろうか。

あいつなんて壁に倒立しながら寝てる…怪物かよ。あぁ、あれは銀二か。

騨のやつ、どこだ。

おっ…、あいつ、服を着ていないではないか。

いや、昨日たしかあいつはちゃんと寝巻きを着ていたが…


空大は、仲間の無邪気な姿を見ると、夢なんて少しも気にならなくなった。

第一、この俺がそんな夢ごときで恐れるのは自分でもどうかと思う。

悠にだって、また馬鹿にされるだろう。

空大は、そう考え直して、自分の布団をたたみ、寮を出て、そして湖へむかった。








ツーン…


「夏ナシナが焼ける臭いだ!」

かすかに、甘くそして何か焦げ付くような香りがする。

空大は自分の鼻を研ぎ澄ました。


ナシナは数年に一度、水底に根をはり少しずつ成長する木だ。

ナシナには幹に実をつくり、木々の成長とともに水中から空気に触れ、太陽の光を浴びると実は完熟し、独特の果実の香りを放つのだ。

味はとても良いのだが、数年に一度しか実をつけないので、とても希少なのだ。

どこだろうか、ととりあえず湖面を一周走って探すことにした。

うす明るい朝のランニングは、寝起きの肌にひやりとした風がぶつかって気持ちがいいものだった。

息が上がっても、まだもっと速くと、走り続けた。

まだ何も見えてこないが、間違いなくナシナの香りはしている。

しばらく走っていると

遠くに、水面から少し顔を出している木がある。

空大は、そこへ向かって走った。



湖岸から、十メートルほど沖の方にナシナの木はあった。

普通の木と比べると、一回りほど小さいが、実はしっかりとしていて、成人の頭ほどの大きさで、うすい赤色っぽいものと、赤または茶色っぽい色の実が6個ぐらいあった。

ナシナの実は湖の養分で成長し、十分に熟れて赤色になり、日光を浴びると焼けて茶色になるのだ。

「食べごろだ。」

空大は、服を脱ぎ捨て、水に入った。

さすがに、寝起きなので、湖の冷たさに少しうめいたが、少しすれば慣れてきたのでナシナの木に向かって泳ぎ始めた。

水中に浸かった部分が、空気に触れるとヒヤッとして、眠気がふっとぶ。

走って火照ったた体が、冷たさで中和されていくようだった。


だんだん近づいていくと、ナシナの香りが強くなってき、それもまた空大には魅力的だった。

いつだったか空大が、ナシナの実を始めて口にしたのは、彼が4歳の頃だ。

昔よく散歩に連れて行ってもらった英瑚という老人とだった。

ナシナの実は、きれいな水にしかならない、未来塔の森も湖も、空も、ここの自然はどこよりもきれいなのだと、そう言っていた。

あれ以来、ずっとナシナを探し続けてたけど、今日ようやく見つけた。


空大はナシナの幹に捕まってその中から茶色の一つをもぎとった。

熟れて、ちょうどいいころだったので少しひっぱるだけで簡単に取れた。

実を抱えて、木にのぼり、大きめの枝に腰かけ朝日を見つめた。

一口実をかじった。



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